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「美しく勝て」國學院久我山、前線に「虎」を据えた技巧派集団

平野貴也スポーツライター
センターフォワードの塩貝は、10番で主将。注目の点取り屋だ【筆者撮影】

 見る者を魅了する鮮やかなコンビネーションと、たった一人で相手の守備を打ち破る個性を兼ね備え、國學院久我山高校(東京)は、第101回全国高校サッカー選手権(28日、開幕)に挑む。

 今季は、都道府県大会から多くの波乱が起きた。その中の一つが、夏のインターハイで全国準優勝だった帝京高校(東京)の都大会準決勝敗退だった。破ったのが國學院久我山だ。前半で逆転されて押し込まれる嫌な流れだったが、後半に主将を務めるFW塩貝健人(3年)の2点目で追いつくと、後半20分過ぎに塩貝のスルーパスから左FW中山織斗(3年)、MF高橋作和(3年)の連係で華麗に崩してゴールを奪い、3-2で勝利した。塩貝は「インターハイ(の都大会)で帝京に負けて、相手が全国準優勝。正直、難しいのかなと思っていたが、そこに勝って、自分たちが全国でもやっていける証明になった」と振り返った。決勝戦でも3-1で実践学園高校を撃破。全国大会の出場権を勝ち取った。

 全国レベルの強豪の多くが、最高峰のプレミアリーグ(EAST、WEST)や全国9地域のプリンスリーグを戦う中、國學院久我山は東京都1部の所属だったが、18試合でわずか2敗と安定した成績で優勝。プレーオフも勝って、来季のプリンスリーグ関東2部昇格を決めている。夏以降は、攻守の切り替えを意識して守備の強度を上げてきた。チームを率いる李済華監督が「絶対的な強さとまではいきませんが、どこにでも勝てる力はあると思っています」と話したように、混戦模様の全国大会を勝ち抜く可能性を十分に秘めている。

伝統の美しいパスワーク、李監督絶賛のMF高橋の憧れはモドリッチ

中盤で攻守に関わるMF高橋は、状況判断の良さが光る。李監督も高く評価する【筆者撮影】
中盤で攻守に関わるMF高橋は、状況判断の良さが光る。李監督も高く評価する【筆者撮影】

 個々の技術が高く、相手に飛び込ませない正確なボールコントロール、4-3-3の布陣でピッチを広く使って組み立てる攻撃は、伝統だ。今季は、守備でも大きな存在感を発揮する最終ラインのDF鷹取駿也(3年)の左足、中盤の底に位置するMF近藤侑璃(1年)の右足から質の高いパスが送られて前進する。後述するように、3トップがチームの大きな武器となっているが、中盤ではMF高橋が神出鬼没のプレーで相手を混乱に陥れる。都大会の準決勝、決勝、プリンスリーグプレーオフと大事な試合で得点。李監督も「中盤の核として定着した。守備も頑張る。彼は、サッカーが上手い。よく理解してやっている。状況判断が正しく、テクニックの安定感がある。派手なプレーヤーじゃないけど、非常に堅実で、チームに大切な選手」と絶賛するキーマンだ。

 高橋が参考にしているのは、クロアチア代表MFルカ・モドリッチ(レアル・マドリー)。高い技術と的確な判断力、守備にも貢献する豊富な運動量と多彩な武器を揃え、2018年にバロンドール(フランスフットボール誌が選定する世界年間最優秀選手賞)やワールドカップMVPを受賞した実力者で、今冬のワールドカップでは日本代表も苦しめられた。

 高橋は「モドリッチ選手は、賢くて攻守で相手より一歩先を読める選手で尊敬している。僕はあんなに上手くないですけど、(パスワークが身上の)久我山の中盤でボールを取られていたら話にならない。攻守において自分が起点となって存在感を出すことを意識している。李監督は『テクニックとは、ポジショニング、ボールコントロール、状況判断の3つ』と言っている。常に、どこでボールを受けるかを考えて、その中で技術を生かして状況判断をする部分は高校で向上したし、今後も必要な部分」と名手の背中を追いかけている。

前線の速さは例年以上、強力な高速3トップ

左FW中山は、高速アタックからクロスもシュートも狙える。相手にとって危険な選手だ【筆者撮影】
左FW中山は、高速アタックからクロスもシュートも狙える。相手にとって危険な選手だ【筆者撮影】

 國學院久我山は、高橋ら中盤を経由して、例年通りに攻撃の組み立ての美しさを持つチームだが、今季は特に前線が速い。右FW八瀬尾太郎(3年)は小柄だがスピードがあり、運動量が豊富。左FW中山は178センチとサイズもある選手。縦突破からのクロスだけでなく、中へ運んでカットインシュートをちらつかせながら、ラストパスも狙う。中央の塩貝は、高速で力強く前進するドリブルだけでなく、身体を盾のように使ったボールキープから、ターンを仕掛けることもあれば、ポストプレーで味方を使う場面もある、相手にとって厄介な選手。主将で10番でエースストライカーといくつもの看板を背負うにふさわしい、強力な点取り屋だ。

 組み立てだけでなく、前線3人のスピードを生かしたカウンターの精度も高く、攻められていてもチャンスが訪れれば仕留められる力を持つ。左利きのFW金山尚生(3年)が178センチ、MF洪潤紀(2年)が182センチとサイズのある選手もおり、攻撃の手札は豊富だ。

最前線に配する10番、主将の塩貝は「虎」

塩貝の野性味が、チームの連係とかみ合うか注目だ【筆者撮影】
塩貝の野性味が、チームの連係とかみ合うか注目だ【筆者撮影】

 中でも、大会得点王を個人目標とする塩貝は、注目に値する。横浜FCジュニアユースに所属した中学時代は技術勝負のボランチだったが、高校でプレースタイルを一変。狭いピッチで技術が磨かれるチーム練習とは別に、身体作りに取り組んで強靭なフィジカルを手に入れた。チームの大きな武器であるのは、間違いない。春の関東大会予選の時点では、負けている状況で時間がなくなると、塩貝が単独攻撃に偏り、チームの連係とかみ合わなくなる部分もあったが、少しずつ解消されている。李監督は、苦笑いを浮かべながら、エースを次のように評した。

「選手を育てるのは難しく、どの監督も自分の枠にはめたがる。でも、虎の牙を抜いて猫にしてはいけない。今の時点では、野性味があるという意味で、彼は虎なのでしょう。どこまで、スピードやパワーで通用するか見守るしかない。今の時点で高校生が彼を抑えるのは難しい。欠点もあるけど、今の時点ではそれを上回るプラスを出している。安定感を求めるより、10回のうち何回成功するか、それでいいんじゃないか」

 塩貝の牙は、いろいろな場面で見られる。相手に囲まれても力強く単独突破を仕掛けるプレーばかりではない。高校卒業後、大学へ進学してどのような選手になりたいかと聞くと、塩貝は「この大会で活躍して高校選抜、世代別の日本代表も入って、大学リーグでは点を取りまくりたい。次のワールドカップを目指している。今回の日本はFWが迫力不足だったと思うので、オレが行きたいなと思っています」と言い、ニヤリと笑った。学業の成績は優秀。1年生のときから雑用も率先してやれるタイプが、生意気な発言だと意識して言っているあたりに、何かを企んでいる雰囲気がにじみ出る。ピッチでも、強引なプレー頼みと思わせて相手を引き付け、得意のループパス、スルーパスを繰り出すいやらしさを見せる。

 組み合わせ抽選に参加した塩貝は「国立(開幕戦)を引きたかったけど、強いところとたくさんできそうなので楽しみ」と話した。国立競技場でプレーできる準決勝に進むには、プロ内定2選手を擁する履正社高校(大阪)やプリンスリーグ中国2位の岡山学芸館高校(岡山)などが属するブロックを突破しなければならない。初戦の相手は、前回大会の1回戦で前評判の高かった流経大柏高校(千葉)を破るアップセットを起こした近大和歌山高校(和歌山)だ。國學院久我山の過去最高成績は、2015年度の第94回大会で準優勝。今回は3年ぶりの全国出場だが、悲願の初優勝を虎視眈々と狙っている。

スポーツライター

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。サッカーを中心にバドミントン、バスケットボールなどスポーツ全般を取材。育成年代やマイナー大会の取材も多い。

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