Yahoo!ニュース

逆境から這い上がるボートレーサー大山千広「失敗が一番良い勉強、心を鍛えるチャンス」

平野貴也スポーツライター
【提供:一般財団法人BOAT RACE振興会】

 2019年の賞金女王は、苦しみの中から這い上がる。人気女子ボートレーサーの大山千広が、8月のお盆特選レースで1年2カ月ぶりの優勝を飾った。男子レーサーも走るハイレベルなレースでの勝利で自信を取り戻し、その後は復調の気配を見せている。

 2015年のデビュー以降、順調に成績を伸ばして女子の頂点に立ち、男子と一緒に走るレースでの戴冠を目指す彼女だが、昨年は何度もフライングを切って出場停止になるなど苦しんできた。

 人気が高まる一方で思うように勝てず、注目と実績の乖離を感じる日々を過ごす中、彼女はどのような考え方で巻き返しを図ってきたのか。インタビューから見えてきたのは、多くのスポーツやアスリートに通ずる思考やメンタルコントロールだった。

苦境が続く問題の半分以上は、メンタル

――まず、8月19日に地元で行われたボートレース福岡「お盆特選レース」で1年2カ月ぶりの優勝を飾りましたが、そこから好調に転じた印象があります。復調のきっかけになった感触はありますか

 お盆特選の優勝戦は、今までで一番というくらいに緊張しました。男子選手も一緒に走る混合戦で厳しいレースだったので、勝てば、最近の調子の悪いところを払拭できるかもしれないという気持ちがあって、ここは絶対に失敗できないぞとかなり自分にプレッシャーをかけて臨みました。

 勝ってホッとしましたし、その後のレースでの走りも、今までに比べるとだいぶ良くなりました。悪い流れを変えきれずに1年近く走ってきましたけど、やっぱり、調子が戻るきっかけにはなりました。勝てたのが、お盆特選という特別なレースで、それが(復調の)きっかけになったというところで、目に見えないメンタルに、問題の半分以上はあるのだろうと思います。

――19年に賞金女王になるまでは、比較的、順調に勝ち進んできた印象でした。昨年から勝てない時期が長く続いた原因は、思い当たるところがあるのでしょうか?

 フライングを多く切ってしまったので、それが、かなり足かせになってしまいました(※)。出場停止で休んだ時期も長く、勘が鈍って乗りにくかったことが一つ。スタートの事故(フライングや出遅れ)を繰り返せないという足かせが一つ。あとは、エンジンに関して、抽選で良い状態のものが引けなかったり、調整でも直し切れなかったりと苦しんだことが一つ。この3つが大きかったですね。

ボートレースは、規定時間から1秒以内にスタートラインを通過する、フライングスタート方式。フライングや出遅れは欠場となり、当該艇に関する舟券は全額払い戻し。オッズも変更となる。購入された舟券、レースの売上への影響が大きく、選手には出場停止のペナルティが課せられ、繰り返すほど停止期間も長くなる。そのため、フライングをした選手は、思い切ったスタートを狙えなくなる。

――期待が膨らむ一方で、なかなか成績が出せないギャップを、どう感じていましたか

 賞金女王になった19年までは、自分が思っている以上に、トントン拍子に進んだ感じがありました。期待に応えられるというか(期待の膨らみと)一緒に波に乗っていけるだけの運とタイミングがあったと思います。でも、実力よりも大きな結果を期待されるようになっていて、釣り合っていないなと思うところは、すごくありました。

 その中で、エンジンに苦労したり、フライングによる足かせが生まれたりしたときに(期待の大きさに)まったく付いていけなくなってしまいました。「走るときは自分一人。周りの声は関係ない」と自分に言い聞かせていたのですが「最近どうした?」と言われて、苦しいなと思う時期もありました。

 もっとGIやSG(最高峰のスペシャルグレードレース)に出て活躍したいとか、女子だけのレースなら圧倒的に勝てるようにならないといけないといったプレッシャーとか、やっぱりどこかで(期待との乖離を)気にしていた部分はあったかなと、今は思います。気にしないでおこうと思っても、どうしても耳に入ってきます。でも、言われるうちが華かなと思っています(笑)。

失敗が一番良い勉強、鍛えにくい心を鍛えるチャンス

【写真提供:一般財団法人BOAT RACE振興会】
【写真提供:一般財団法人BOAT RACE振興会】

――苦しい中で、どうやって気持ちを切り替えるのですか

 失敗した直後は、すごく気にします。でも、スポーツ、競争の世界では、どれだけ早く切り替えて、良い方向に行けるかが大事です。私は、次の日までは絶対に引っ張らないようにして、全部、良い勉強、経験だと思うようにしています。

 成功よりも失敗の方が学ぶことが多いです。だから、失敗が一番良い勉強。私は、デビュー後、初めて1着を取るまで1年近くかかっていて、ほかの選手と比べると少し遅かったのですが、当時から目の前の勝利ばかりを考えるのでなく、5年後、10年後に生きる土台、下積みを作っていくという考え方をしていました。(元選手の)母からは「そういう考え方ができるのは、羨ましい」とも言われました。

――しかし、今回は苦しい時期が長く続きました。期待との付き合い方で、変わってきた面はありますか

 だいぶ変わりましたね。スポーツは、おそらくどの競技でも同じで、一番は自分のメンタル。心が左右する世界だと思っています。でも、メンタルは目に見えないものなので、鍛えるのが一番難しい部分。今は、これをすごく鍛えていける時期なんだと思うようになりました。

 元々、早い段階からそんな風に言い聞かせてはいたのですが、少し悩んだくらいで調子が戻っていれば、本気でそう思えるようにはならなかったと思います。長い時間をかけて悩んで、工夫しても調子が戻らないといった時期を繰り返すうちに、考え方が変わったように感じます。

 自分が周りに期待をしてもらいたいと思っても、簡単にはしてもらえませんから、普通では経験できない経験です。これを5年、10年先ではなく、早い段階で経験できる時期が巡ってきたのは、すごく良いチャンス。それに、新たに気付いたこともありました。調子が良い時期に1回賞金女王になっただけなのに、すごく調子が悪くても変わらずに応援してくださる方がたくさんいて、ファンを大事にする気持ちは、以前よりも強く芽生えました。

陸上部で作られた、メンタルの土台

オンラインインタビューに答える大山。高校時代は、陸上部で七種競技に取り組んだ【キャプチャー画像】
オンラインインタビューに答える大山。高校時代は、陸上部で七種競技に取り組んだ【キャプチャー画像】

――どんな選手もすべてを勝ち続けることはできないものです。期待と現実の乖離が起きたときこそメンタルコントロールが大切だと思いますが、大山選手は他競技など何か参考にしているものはありますか

 私が影響を受けたのは、近畿大学付属福岡高校の陸上部で指導してもらった藤井崇先生の教えです。私が今、女子レーサーとして活躍の場をいただけているのは、藤井先生のおかげ。高校時代に部活をしていなかったら、絶対に今の私はいなかったと思っています。

 先生に教えてもらった(心理学者の)ウィリアム・ジェームズの言葉「心が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる」は、今でもノートによく書いていますし、レース用のヘルメットのデザインにも入れています。何事も最初は気持ち。それに、最後に運命が変わる前には、人格が変わらないといけない。どれだけ練習で動きを習慣化させても、心、人格が変わらないと結果には結びつかないと思っていますし、それを忘れてしまったら、この先も大きなことを成し遂げることはできないだろうと思っています。

――高校時代は、陸上部で七種競技をされて、九州大会などに出場していますよね。レースに生きている部分はありますか?

(母と同じ)ボートレーサーになりたくて、試験に色々な種目があったので、運動が万能にできた方が良いと思って七種をやっていたのですが、技量の面では役に立ってはいません(笑)。ただ、競技に関しては、他人に勝ちたければ他人の2倍の練習をやらなければいけないと陸上部で教えてもらったことは、影響しているかなと思います。

 私自身はボートに乗る、練習するということが好きだという自覚があって、これは当たり前のことだと思っていました。だから、レーサーを目指していく、勝利を目指していく中で、ほかの人が少しずつ練習に来なくなったときに「なんで? 勝ちたかったら練習しないとダメじゃん」という気持ちになるのですが、そういう人もいるということは、おそらく陸上部で習慣化した感覚であって、私が自力で持てるようになった気持ちじゃないんだなと思うようになりました。そういう意味では、陸上部で培ったことは生きていると思います。

課題の旋回力を磨き、レース界の頂点グランプリ挑戦を目指す

――男子選手と一緒に走るレースで勝つことが目標と言い続けていますよね?

 せっかく一緒に走れる機会があるので、勝ちたいと思っています。男子選手と一緒に走ると、自分は下手だなと思わされることが多くて、壁を感じるばかりですけど、その分、逆に伸びしろがいっぱいあるなと思うようにしています。

 根本的に、動体視力や反射神経、視力で男性の方が優位な部分があって、レース中、瞬時に相手の動きに対してどう動くか判断、反応する感覚は、一般的に女子の方が劣るかなと感じます。女子は、体重の面で軽くて有利ですが、やはり勝つには、技術が必要です。

 旋回(ターン)、整備、スタート。「3S」と言われるボートレースの重要なテクニックがありますが、その中でも7~8割は旋回力。私は、整備とスタートの方が得意ですけど、スタートで(攻めて)行かなくても勝てるだけの旋回力があれば、スタートで勝負しなくても勝てますし(フライングを繰り返す中で)スタートじゃないところで勝負しないといけないなというのも思いました。旋回で劣っていると思っているので、少しでも近づけていきたいです。

――最後に、今後の目標を教えてください

 年末に福岡で行われるクイーンズクライマックス(PGI)が一つの目標ですが、10月はフライングによる出場停止期間になるので、賞金ランキングで出場資格を得るのがかなり厳しい状況になっています。

 でも、休み明けに走れるレースもいくつかありますし、福岡は大好きな水面なので、諦めずに目標にしています。今は、調子が悪いですけど、これを良い下積みにして、SGやGIで優勝できる選手になりたいと思っていますし、長期的な目標としては、男子選手も含めた賞金王決定戦のグランプリに出てみたいと思っています。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

大山は、愛らしいキャラクターで人気を集めているだけでなく、男子と競える実力派女子レーサーとしても注目の存在だ。人気選手として期待を受けているだけに、成績が伴わないときの苦しさは、大きい。その中で、失敗を次の前進の力とする、頼もしい思考とメンタルで大きな目標に向かい、突き進んでいる。11月、フライングによる出場停止が明けてレースに戻る。逆境を経験したからこそ強くなった、その姿を見せていく。

■大山千広(おおやま ちひろ)

1996年生まれ、福岡県出身。母は、元選手の博美さん。2015年にデビュー。ボートレース界初の母娘選手として注目を集める。母が引退した18年に、女子では史上3人目となる最優秀新人を受賞。19年はPG1(プレミアムGI)第33回レディースチャンピオンで23歳6カ月の史上最年少優勝を飾り、賞金女王に輝いた。

スポーツライター

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。サッカーを中心にバドミントン、バスケットボールなどスポーツ全般を取材。育成年代やマイナー大会の取材も多い。

平野貴也の最近の記事