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流経大柏サッカー部、新体制で攻撃進化に挑戦

平野貴也スポーツライター
榎本新監督が率いる流経大柏(赤)は、今季から新たな攻撃スタイルを採用【著者撮影】

 年の瀬を迎え、もうすぐ第99回全国高校サッカー選手権が開幕を迎える(12月31日)。出場チームは、厳しい戦いの中で、強い光を放ってくれるだろう。サッカーの技術や戦術と、青春ドラマのような劇的な展開が多く詰まったこの大会は、高校サッカーファンに限らず、大きな人気を誇っている。その背景にあるのは、憧れの舞台にたどり着けなかったチームが、その悔しさや経験の積み重ねと創意工夫によって、次の機会を狙い、次のドラマを引き起こすことにある。都道府県大会で敗れた中にも、進化を求めて新たな挑戦に踏み出していたチームもあった。その一つが、強豪ひしめく千葉県の流通経済大学付属柏高校(以下、流経大柏)だ。

 延長戦の終了間際、自陣ゴールにボールが突き刺さった。勝負を決める1点は、選手権の洗礼だった。第99回全国高校サッカー選手権の千葉県大会決勝戦に臨んだ流経大柏高校は、0-1でライバルの市立船橋高校に敗れ、全国大会の出場を逃した。

 流経大柏は、チームを全国トップクラスの強豪に引き上げた本田裕一郎監督が勇退(東京都、国士舘高校サッカー部のテクニカルアドバイザーに就任)し、榎本雅大ヘッドコーチが新監督に昇格して1年目。攻撃の進化に着手したシーズンで、手ごたえを得ていたが、厳しい結果が待っていた。選手権は、別物。多くの指導者が直面する壁が、立ちはだかった。

守備だけでなく、攻撃でも主導権を

流経大柏の榎本監督。全国屈指の強豪に引き上げた恩師・本田裕一郎前監督の後を継ぎ、チームの進化に取り組んでいる【著者撮影】
流経大柏の榎本監督。全国屈指の強豪に引き上げた恩師・本田裕一郎前監督の後を継ぎ、チームの進化に取り組んでいる【著者撮影】

 新型コロナウイルスのまん延により活動が制限され、一つの目標だった全国高校総体(インターハイ)が中止になるという異例のスタートで船出した新体制で、榎本監督は新たなカラーを打ち出した。ようやく公式戦が始まった9月に高円宮杯JFAU-18サッカープレミアリーグ関東の開幕戦を見ると、近年の特徴だった速攻主体の攻撃が、ショートパスをつなぎながら突破を仕掛けるスタイルに変わっていた。

 榎本監督は「残したい部分は(積極的にボールを奪いに行く)プレッシング。これは、本当に『流経らしさ』だと思う。あとは、守備で主導権を握るだけではなくて、どうやって攻撃で主導権を握るか。(速攻頼みの)行け行けドンドンだけでは、やっぱりスコアがついてこない。今までは縦に速いサッカーだったけど、(ボールを保持してパスを多くつないで)横も使う選択肢もつけてあげて、選手が判断していけるようになってきている」と手ごたえを話していた。

 主将の藤井海和(3年)が、相手の布陣を見て試合開始5分でフォーメーションを変えたいと訴えて改善するという場面があったのは、一つの証だった。続く第2節の柏レイソルU-18戦でも、選手は3つのフォーメーションをスムーズに使いこなした。活動自粛期間に斉藤礼音コーチが試合のスカウティング方法を選手にレクチャーし、試合の中での判断力も養った。走力や球際の強さといった良さを残しながら、攻撃のバリエーションを増やし、リーグ戦は2勝1分1敗(選手権の県大会前。最終結果は3勝1分3敗)。悪くない出来だった。

選手権ではライバルの市立船橋に惜敗

ボールを奪う流経大柏の主将、藤井海和。積極的な守備は前体制からの継続部分だ【著者撮影】
ボールを奪う流経大柏の主将、藤井海和。積極的な守備は前体制からの継続部分だ【著者撮影】

 選手権の市立船橋戦前には、流経大Bチームに40分1本の練習試合で3-0の勝利。自分たちのスタイルに自信を持って臨めと送り出した。ところが、試合の序盤、早く足下にボールを収めてショートパスで攻撃の形を作りたい流経大柏に対し、市立船橋がそれをさせずに押し込んだ。迷うことなくハイサイドにボールを蹴り込んで快足のウイングがセンタリングを上げ、中央に飛び込む攻撃を徹底。ショートパスをつなごうとするあまり、押し返すのに苦労した流経大柏は、完全にペースを奪われた。ボールを持っても、市立船橋の5バック3ボランチという守備的布陣を崩すことは容易でなく、ほとんどシュートを打てないまま前半が終了。

 後半に入ると市立船橋の運動量が落ち、ボールを握る時間は増えたが、前半を終えて自信をつかんだ市立船橋と、明らかに上手くいかなかった流経大柏の勢いの差は、簡単には埋まらなかった。結局、最後は互いに運動量が落ちた中で攻め合うオープンゲームになり、市立船橋が延長戦の終了30秒前に決勝点を奪って勝利。この試合に限って言えば、流経大柏は戦い方を間違えたように見えた。だが、この試合だからこそ新しい攻撃スタイルを貫きたかったと榎本監督は話した。

リーグ戦では進化に手応え

選手権の県大会決勝から1週間後、プレミアリーグ関東では流経大柏が市立船橋に雪辱【著者撮影】
選手権の県大会決勝から1週間後、プレミアリーグ関東では流経大柏が市立船橋に雪辱【著者撮影】

 話を聞いたのは、選手権の敗戦後ではなく、1週間後。高円宮杯JFAU-18サッカープレミアリーグ関東で再戦の機会があり、流経大柏は1-0で市立船橋に雪辱を果たした。リーグ戦は、勝点を10に伸ばして2位に浮上。この時点では、自力で優勝を狙える位置にいた。対する市立船橋は、2分3敗で未勝利のまま。勝つ力がないわけではないことは、再戦の勝利を見ても明らかだった。

 それでも、榎本監督は、新しい攻撃スタイルで挑んだ理由と、まだ未熟だったという結果について「今日だけは(大事な試合だから)と言っていたら、結局、困ったら(技術と判断を使わずに)前に蹴れば良いとなってしまう。それは、一番ダメ。(ボランチで起用した)藤井や宇津木脩人(3年)が守備をやるだけでなく(相手にロングボールで押し込まれても)もっと味方からのパスを受けに行って、判断してゲームを作っていかないといけない。そういう意味では、選手権の千葉県決勝戦は、良くなかった」と振り返った。

「やっぱり、サッカーは、上手くてナンボ」

 榎本監督が新しい攻撃スタイルにこだわるのは、技術と判断を要するサッカーで、選手個人の育成をより加速させたいからだ。流経大柏は、本田前監督の下でインターハイ、プレミアリーグチャンピオンシップ(前身の全日本ユース選手権も含む)、高校選手権のすべてのタイトルを獲得した強豪で、近年でも17年にインターハイを優勝している。ただ、榎本監督は、コーチとして同年と翌年の高校選手権で味わった2度の準優勝で対戦相手の前橋育英高校(群馬)、青森山田高校(青森)との間に攻撃力の差を感じていたという。

「向こうが横綱で、こっちは格が一つ落ちるという感じがした。やっぱり両方(守備と攻撃のどちらでも主導権を取るサッカー)を達成しないといけない。自分が選手のときから考えていたことですけど、どのチームも選手権になったら(ほかの試合以上に相手にプレッシャーをかけようと積極的に)飛ばしてプレーをする。でも(相手の)それを怖がっていたら、レベルが上がったところでプレーができない。選手権で、市立船橋戦となれば、選手にとってはビッグゲーム。だから勝ったらオールOK、負ければ全部ダメとなりがちだけど、その中から、この戦いから日本代表とかJクラブの中心選手が出てこないといけない。やっぱり、サッカーは、上手くてナンボでしょう」(流経大柏、榎本監督)

避けて通れぬリスクとの戦い

 ビッグゲームだからこそ、進化にトライすることに意味があるというのだ。しかし、すべての選手がプロに進めるわけではない。高校サッカーにおいて、能力の限界ラインで戦う選手もいる。経験がないほど心身両面でプレッシャーを受ける場面で、自陣でのミスを恐れずに技術を用いて相手を制することは、容易ではない。実際、2013年に流経大柏がプレミアリーグチャンピオンシップを制した際、主力選手の一人は「1年生からショートパスをつないで崩すサッカーをやってきて、エノ(榎本)さんから『3年生になったときに選手権でできるか』と言われて、できると答えてきたけど、いざ(その立場に)なってみたら、怖かった」と話していた。

新たな攻撃スタイルへの挑戦は、進化続けた恩師がヒント

 一つの時代を築いた大監督の後任、コロナ過での活動制限、全国トップクラスのライバルとの戦い、結果と内容の両立……。山積みの課題の中で、榎本監督が難しい挑戦を選んだ背景には、恩師である本田前監督の下で歩んできたからこそ抱く思いがある。本田前監督は、榎本監督らを選手として育てた習志野高校では、技術を追及。その中から尚志高校(福島)の仲村浩司監督、昌平高校(埼玉)の藤島崇之監督ら次世代の高校サッカーをけん引する監督も輩出した。

 その後、2001年に私立の流経大柏に移ると、今度は徹底して勝利を追求。榎本監督は「習志野の本田先生も、流経の本田先生も知っている。一番良いのは、習志野と流経のマッチング。それが一番、選手が育つと思う」と恩師とともにたどった挑戦の次のイメージを描いていた。リーグ戦では、新たな挑戦に手応えを得ている。ただ、高校サッカーは選手権の結果のイメージが強烈に強い。やはり、選手権も勝たなければならない。

「監督が代わったら弱くなったなんて、言われたくないよ」

 新たな挑戦は、移りつく時代への対応だけでなく、自らが「存在がでかすぎる」と話す恩師を追い越すための挑戦でもある。

スポーツライター

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。サッカーを中心にバドミントン、バスケットボールなどスポーツ全般を取材。育成年代やマイナー大会の取材も多い。

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