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不安の中を進む桃田、事故後初の会見で金メダル宣言解禁の覚悟

平野貴也スポーツライター
6日に記者会見に臨み、1月の交通事故後、初めて公の場で話した桃田【筆者撮影】

 言葉に強さを感じた。東京五輪まで1年を切った中で交通事故に遭い、貴重な調整期間を失った不安の中、桃田は、以前よりも強い言葉で目標を語った。バドミントン男子シングルス世界ランク1位の桃田賢斗(NTT東日本)が6日に記者会見に臨み、1月の交通事故後初めて公の場で話した。

 事故以前、事ある毎に東京五輪の金メダル候補としての抱負を聞かれ、その度に「先のことを考えず、目の前の大会を……」とかわしていた桃田だったが、記者会見では「今まで、東京五輪は(日頃の練習や大会の)延長線上にある大会と思っていたのですが、いろいろな方に応援をしてもらって、激励の言葉をもらい、今は、東京五輪、本当に金メダルを狙っていきたいなと思いました」と、これまで封印していた金メダル宣言が飛び出した。

 事故とケガにより目標の難度は上がってしまった。それなのに、目標はより強く言い切った。その背景には、多くのサポート、激励への感謝があった。

激励に感謝を示すため、自ら希望して記者会見

 桃田は、1月にマレーシアで行われた大会を優勝した直後、帰国のために空港へ向かう途中で運転手が死亡する交通事故に見舞われた。当初は顎部裂傷、眉間部裂傷、唇裂傷、全身打撲などの診断で、3月11日開幕の全英オープンでの復帰を見込んでいた。

 しかし、2月4日に始まった日本代表合宿で物が二重に見えるなど右目の不調を訴えたために再検査を受け、右目の眼窩(がんか)底骨折が発覚。手術を受け、全治3カ月で復帰は先延ばしとなった。回復が順調でも、試合の復帰は5、6月。復帰してすぐに、以前のようなプレーができるのか。その不安を強く感じていることは、想像に難くない。

 練習復帰までの間、多くの激励を受けた。以前に訪問した小学校の生徒からの手紙や、所属するマネジメント会社を通してトップアスリートから送られた励ましの言葉、尊敬するマレーシアのレジェンド選手リー・チョンウェイや国内外のファンがSNS上から投げかけたメッセージ……。会見は、激励に対する感謝を示す目的で桃田の希望によって設けられた場だった。

「この時期に試合に出られないのは、すごく致命的」

 五輪までに復調するのかという不安と、励ましによる後押し。この2つの押し引きは、言葉の端々に表れていた。金メダル狙いを明言したことについて質問を受けると、桃田は「正直、この時期に試合に出られないのは、すごく致命的。もしかしたら、前みたいにプレーすることはできないかもしれない、今は分からない状態。そういった中でも期待して下さっている方がたくさんいて、すごくありがたい言葉をかけていただいた。恩返しをしたい気持ちがすごく強いので、今後のバドミントン界のためにも、誰もが注目する大会で結果を残して、いろんなことを伝えられる選手になれればいいと思い、金メダルを獲りに行くと言いました」と待ち構える厳しい現実に警戒心を示しながら、激励に応える最上の結果を求めていく気持ちを表した。

視力や感覚への影響は否定も実戦はまだ先

実戦復帰には、まだ課題がある【筆者撮影】
実戦復帰には、まだ課題がある【筆者撮影】

 焦ってはいけないが、急がなくては間に合わない。昨季、桃田は主要な国際大会で11勝と破格の活躍を見せたが、それは、多くの選手にターゲットにされる連戦で体力が落ちても、苦手な選手のペースに持ち込まれても勝つために、強靭な心身を求め、鍛えてきた成果だ。

 この2カ月、練習ができない生活を強いられた上、五輪まで139日しか残されていない今もまだ試合形式の練習ができないコンディションであることが、どれだけ厳しい状況か痛感しているはずだ。積み上げたものが大きい分、取り戻す大変さを感じずにはいられない。

 久々に練習をした感触については「今はもう(目が)しっかり見えているので、すごく楽しいですし、今はもっと上手くなりたいという純粋な気持ちで練習に取り組むことができていると思います」と話し、視力や感覚に影響が出ていないことを明言したが、当然のことながら、筋力や体力は確実に落ちるため、まだ試合を行えるコンディションには戻っていない。

 練習復帰の段階で前向きな感触を得られたのは好材料だが、強度の高い運動、精神的なストレスを伴う試合ともなれば、話は別だ。会見に臨んだ桃田は、終始落ち着いた表情だったが、試合復帰について聞かれ「正直、今、自分が試合に出られる状態には全然、戻っていないので、やらなければいけないことは、たくさんあります。先は長いですけど、一つひとつ、焦らず、取り組んでいくことと、今まで以上に、手厚いサポートをしてくれる方々への感謝の気持ちは忘れずに、いつかコートに戻って、コートの中で自分を表現して恩返しできるように、1日1日を無駄にしないように取り組んで行けたらいいと思います」と語った言葉には、実戦の感触を確かめられていない不安が見え隠れしていた。

復帰予定だった全英OPは、ライバルから刺激を得る大会に

 不安を抱えれば、嫌な考えが脳裏をよぎる。しかし、桃田は、激励の後押しで前進し、コートに戻れた喜びと、バドミントンを楽しむ気持ちを純粋にエネルギーに変えているようだ。11日からは、当初復帰戦と見込んでいた全英オープンが始まる。東京五輪で対戦する可能性があるライバルが勢ぞろいする大会だ。

 見れば、焦る気持ちが沸いても不思議ではない。そこで、ほかの選手の動向が気になるかを聞いてみたが、桃田は「(ほかの選手の試合は)気になります。どんなプレーをして、どんな試合をするのか。ライバルでもありますが、選手たちを尊敬していますし、この人とこの人が対戦したら、どんな試合になるのかなという気持ちもあるので、見られる限り、全試合見たいと思います」と答えた際、にんまりと笑顔を浮かべていた。

 楽しめるならば、ライバルの姿を見たとき、桃田の心には、焦りだけではなく、今度はオレの番だという前向きな気持ちも訪れるだろう。

「スケールの大きい選手になってコートに戻れたら」

記者会見は、桃田の希望で行われ、初めと終わりには自らあいさつを行った【筆者撮影】
記者会見は、桃田の希望で行われ、初めと終わりには自らあいさつを行った【筆者撮影】

 記者会見の最後、どんな姿でコートに戻ってきてくれるかと聞かれた桃田は、答えに少し時間を費やした。完全復活の難しさと、期待に応えたい気持ちの逡巡に見えた。

「今回は、すごい経験をしました。この経験によって、伝えられることもたくさんあると思いますし、それなりの責任もあると思いますので、すべて受け止めて、自分の力に変えられるような、スケールの大きい選手になってコートに戻れたら良いと思います」

 今後の道のりは決して楽観できるものではないが、この苦境から金メダルへ駆け上がる覚悟を持って、桃田は先へ進む。

スポーツライター

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。サッカーを中心にバドミントン、バスケットボールなどスポーツ全般を取材。育成年代やマイナー大会の取材も多い。

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