「あと1勝で五輪」の夢追い米国へ バドミントン元代表の福万が指導者に

日本代表として活躍したが、リオ五輪出場を「あと1勝」で逃した福万(左)、與猶(写真:松尾/アフロスポーツ)

 手の中からすり抜けた五輪出場の夢を、形を変えて海外で追いかける。2015年バドミントン世界選手権女子ダブルスの銅メダリスト、福万尚子(山陰合同銀行)が28日、今季で選手生活を引退し、年末に渡米してサンフランシスコにあるシナジー・バドミントン・アカデミー(https://www.synergybadminton.com/)が新設する五輪カテゴリーのヘッドコーチに就任することを明かした。当地で10~20代の若い選手を対象に指導を行うという。

米国の選手を2024パリ、2028ロス五輪へ

 当面は、2024年のパリ五輪が目標。評価が高まれば、米国開催となる2028年ロサンゼルス五輪も見えてくる。福万は「自分が、米国から五輪選手を輩出できるようにしたいです。しばらくは、アカデミーの選手とペアを組んで一緒に国際大会に出場するかもしれません。特に、日本の大会は(遠征プランに)組み込んでいきたいと思っています。日本でやってきたバドミントンの文化や素晴らしさを米国の選手に伝えて、向こうの選手が、少しでも体つきが良くなったとか、精神面で落ち着いたとか、言ってもらえたら良いなと思っています」と新たな挑戦にかける思いを語った。

昨夏にアカデミーオーナーから打診

全日本総合選手権に横山恵里香とのペアで出場した福万尚子(右)【著者撮影】
全日本総合選手権に横山恵里香とのペアで出場した福万尚子(右)【著者撮影】

 福万は、1992年生まれの27歳。パナソニック、ルネサス、再春館製薬所、ヨネックスとチームを渡り歩き、ルネサスに所属した2014年には與猶くるみとのペアで全日本総合選手権を優勝。日本一に輝いた。今季は、ヨネックスから山陰合同銀行に移籍。新たなキャリアを歩み始めたが、より大きく環境を変えたい思いが募り、夏ごろに米国行きを決心した。

 最後の個人戦と覚悟を決めて臨んだ第73回全日本総合バドミントン選手権大会は、横山恵里香(山陰合同銀行)とのペアで出場。28日に行われた2回戦で、世界ランク11位の志田千陽/松山奈未(再春館製薬所)に0-2で敗れた。試合後、取材を受ける中で「最後の個人戦で、思い切りぶつかれたことは良かったと思います」と話し、今季限りで現役を退くことを明かした。昨年の夏にUSオープンへ出場した際、アカデミーのオーナーからヘッドコーチ就任の打診を受けたことが、米国行きのきっかけだという。

「あと1勝」で夢に届かなかったリオ五輪

 福万といえば、4年前の五輪レースは忘れられない出来事だ。與猶くるみとのペアで世界ランキングを9位まで上げ、レース最終戦のアジア選手権で優勝すれば、リオ行きの切符を獲得できるところまでこぎ着けた。しかも、決勝戦に進出。五輪は「あと1勝」のところにあった。しかし、高橋礼華/松友美佐紀(日本ユニシス)との日本勢対決に敗れて五輪出場を逃した。日本の選手が、日本の選手の五輪出場を阻む形になった、無情の一戦としてバドミントンファンの脳裏に刻まれている出来事だ。福万は「私は、五輪には出場できなかったですけど、大きな目標であった五輪のベンチに座りたいという新しい目標ができたので、日本の代表として米国で頑張りたいと思います」と指導者に形を変えて五輪出場を目指す決意を示した。

セカンドキャリアに変化

 3年前にNTT東日本を退団した樽野恵が同じく27歳で日本での現役生活に終止符を打って米国ロサンゼルスで指導を始めているが、日本の選手のセカンドキャリアは、今後変化していくのかもしれない。日本バドミントン界は近年、目覚ましい成長を遂げている。福万が主戦場としている女子ダブルスだけを見ても、2012年ロンドン五輪で藤井瑞希/垣岩令佳が銀メダル、2016年リオデジャネイロ五輪で高橋礼華/松友美佐紀(日本ユニシス)が金メダルを獲得しており、世界選手権でも松本麻佑/永原和可那(北都銀行)が2連覇中という輝かしい成績を誇る。ほかに福島由紀/廣田彩花(アメリカンベイプ)といった世界ランク1位経験者もいる。

 トップオブトップの争いに入り込めない選手たちは、実力が高くても目立たない。福万は「今は、実績ある選手がたくさんいて、すでに実績ある指導者もたくさんいる。私自身は知恵も知識もなく(先輩たちと比較して)『自分なんかでは……』と思ってしまうところがある。そんな状況のまま、国内で指導を行うのは、良くないと思いました」と海外を活動の場に選んだ背景を語った。

国外で高まる「日本バドミントン」の価値

 バドミントンは、東南アジアや東アジアで盛んなスポーツだ。インドネシアやマレーシア、インド、そして中国、韓国、日本といった国が世界ランク上位の常連として存在する。一方、ほかの地域では個人単位での強豪選手はいるが、選手層は薄い。日本は、これまで韓国人の朴柱奉ヘッドコーチの下、中国やインドネシアからもコーチを招へいして日本代表を強化。バドミントン強国の一つに成長した。福万が自身で指摘したように言語の壁は存在するだろうが、日本人指導者が持つ技術、戦術は、かつての日本のような成長途上の国にとっては大きな価値がある。

「国内で5つのチームを経験して、自分はまだまだだと感じさせられました。たくさんの監督、コーチに出会い、すごく苦労していることを知ったし、私自身がすごく苦労をかけてきました。自分がコーチになったとして、自分のような選手を助けてあげられるとは、思えません。海外で頑張ることで成長して、身に付けた力を日本に持ち帰って、トップレベルの下にいるような選手たちを守ってあげられるようになりたいです」(福万)

最後の全日本総合

横山に助言する福万(左)。今後は、米国の若手選手とペアを組み、実戦を通じて教える姿が日本でも見られるかもしれない【著者撮影】
横山に助言する福万(左)。今後は、米国の若手選手とペアを組み、実戦を通じて教える姿が日本でも見られるかもしれない【著者撮影】

 求められるところで価値を発揮する。その努力が、自分自身を成長させてくれると信じている。最後の全日本は、勝つだけでなく、自分の価値を残したいという思いも持ってコートに立っていた。ペアを組んだ横山恵里香(山陰合同銀行)については「私は(強打を)打ってくれるパートナーでないと苦しいタイプなので、たくさん打ってくれてありがたかった。こんな私でも、組んで良かったと言ってくれたので、小さい光が(今後も)輝いてくれたら嬉しい」と話し、勝った志田/松山については「私が(2014年に與猶くるみとのペアで)優勝したとき、すごく苦労して勝ち上がりました。全日本総合には、全日本総合なりの戦い方があって、勝った方は、負けた選手の気持ちを背負って戦っていくと思います。だから、少しでも苦労させることができれば、勝ったペアにとって、次につながる1日になると思っていたので、後は、思い切って頑張ってくれたら嬉しいです」とエールを送った。国内では、やり切った。次の挑戦は、米国。まだ「外の世界に出る」ことが決まっただけだが、あと1勝で届かなかった夢を、もう一度追いかける。