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“和牛のふるさと山陰”の「鳥取和牛オレイン55」「しまね和牛」を極上フランス料理で味わう

畑中三応子食文化研究家/料理編集者
和牛オリンピックで肉質日本一の「鳥取和牛」と「しまね和牛」(ひらまつ提供)

 正月明けの各地では、子牛の初競りが開かれている。繁殖農家が育てた子牛を、肉用に肥育する農家が買い付ける。ご祝儀相場で高い値段がつくと思いきや、平均取引価格は軒並み前年度を下回っている。

 松江市の島根中央家畜市場で行われた初競りでは、2023年より1頭当たりの平均価格が約12万も安い56万6000円あまりだった。競りを訪れた丸山達也島根県知事は「苦しい状況が続くが、関係者の皆さんと品質のよい、しまね和牛の生産・消費拡大に取り組んでいきたい」と話した。

島根県と鳥取県がコラボし、山陰和牛ウィークリーフェアを開催

 コロナ禍で和牛の外食需要が低迷したことに加え、記録的な円安などでエサにする輸入穀物価格やエネルギー価格が高騰している現在、繁殖農家、肥育農家ともに経営が非常に厳しい。取引価格の下落に、子牛を丹精込めて育てた農家は、値段が生産コストを下回ると頭を抱える。

 そんななか、島根県と鳥取県がコラボした山陰和牛のキャンペーン・イベントが東京ではじまった。代官山の「メゾン ポール・ボキューズ」と銀座の「ブラッスリー ポール・ボキューズ 銀座」で1月23日(火)から31日(水)までの期間限定で「山陰和牛ウィークリーフェア」が開催される。

2回続けて「和牛のオリンピック」で品質日本一を獲得

 意外と知られていないが、島根県と鳥取県は古くから牛の飼育が盛んな地域。生産量では日本一の鹿児島県に大きく譲るが、品質は負けていない。

「和牛のオリンピック」と呼ばれる「全国和牛能力共進会」で2022年に「しまね和牛(島根県内で生産される黒毛和牛肉の総称)」が肉質部門第1位、脂肪の質で特別賞を、その前回の2017年には鳥取和牛が肉質部門第1位を獲得した。5年に一度、全国の優秀な和牛が一堂に会し、競い合う権威ある大会で品質トップに輝いたことで、山陰和牛への注目度がますます上がった。

 しまね和牛は2022年、東京都で開催された「全国肉用牛枝肉共励会」では総合1位となる名誉賞も獲得している。

放牧で飼育されるしまね和牛。ストレスなく育つことが肉質のよさにつながる(島根県提供)
放牧で飼育されるしまね和牛。ストレスなく育つことが肉質のよさにつながる(島根県提供)

中国山地の歴史ある「たたら製鉄」が山陰和牛のルーツ

 中国山地では、砂鉄が豊富に採れる。これを原料にする「たたら製鉄」が江戸時代から盛んに行われ、運搬用に牛が使われてきた。江戸時代まで肉食は禁じられており、牛を飼う目的はもっぱら役用。大切な牛を食べるなんて、とんでもないことだった。ところが明治5(1872)年、明治天皇が牛肉を食したことをきっかけに肉食が解禁され、庶民の間にも少しずつ牛肉食が広まっていった。

 しかし肉食解禁の前から、牛肉の需要はあった。横浜居留地に住む外国人は当初、自国の船に生きたまま積み込んできた牛を食べていたが、住民が増えるにつれて、輸入牛では間に合わなくなった。そこで、外国商船が神戸で30〜40頭を仕入れ、横浜に運んで試食してみたところ、味が非常によく好評を博した。これが現在の「神戸ビーフ」のルーツである。集積地の神戸がブランド名になったが、実際の産地はおもに兵庫県の但馬地方だった。しかし、そのなかには鳥取や島根の牛も含まれていた可能性があると私は考える。

 大正9(1920)年、鳥取県は全国に先駆けて和牛の登録事業を開始し、本格的な育種改良に取り組み続けた。昭和41(1966)年、第1回全国和牛能力共進会で1等賞に選ばれた「気高」号は9000頭以上の子孫を残した。現在、日本各地のブランド牛、銘柄牛と呼ばれる和牛の多くのルーツが、この気高号なのだという。

堂々とした体つきの「気高」号(鳥取県提供)
堂々とした体つきの「気高」号(鳥取県提供)

霜降り牛肉は悪玉コレステロールを減らす

 しまね牛と鳥取牛、同じ山陰和牛でも個性はまったく異なる。

「ブラッスリー ポール・ボキューズ 銀座」のシェフ、星野晃彦さんによると「しまね和牛はほどよい噛みごたえがあり、うま味が深いのに対し、鳥取和牛はサシがキラキラして美しく、とろけるように柔らかい」。両県の農家を訪ねた星野さんは、牛たちがストレスなくおだやかに育てられていることを見て感激したという。

 健康志向から、最近は赤身牛肉に消費者の嗜好がシフトしている。霜降りは脂肪過多で不健康だと敬遠されがちだ。しかし、実は牛肉の脂肪は一価不飽和脂肪酸のオレイン酸を豊富に含み、体に悪くない。オレイン酸はオリーブオイルに多く含まれ、血液中の悪玉コレステロールを減らし、善玉コレステロールの働きを促すとされる。オレイン酸の融点は16度と体温より格段に低いため、口に入れるとすっと溶ける舌ざわりの元にもなっている。

液体のような喉越しの「鳥取和牛オレイン55」

 つまり、サシが入っている肉は健康に益し、口溶けがよくなるというわけだ。和牛は脂肪が多いほど高級なお値段になるが、その昔、ビールを飲ませて全身をマッサージするという逸話があったほどで、それだけ手間をかけて育て上げる和牛の値段が高いのもやむなし、である。

 とりわけ、鳥取和牛のなかには、オレイン酸の含有率が55パーセント以上というスーパーヘルシー肉が存在する。このことが突き止められたのは最近で、2011年に「鳥取和牛オレイン55」という新ブランドが誕生した。口に入れた瞬間、液体のような感覚で溶けて流れる、嘘のような食感の牛肉である。前述の気高号との血縁が濃いほど、オレイン酸含有率が高まるそうだ。一方のしまね和牛は一価不飽和脂肪酸の比率が多すぎず、少なすぎないのが特徴。美しく上質な霜降りである。

和牛を食べて日本の畜産を応援

 代官山の「メゾン ポール・ボキューズ」で供されるのは、「鳥取和牛フィレ肉のロースト ソース・ペリグー」。鳥取和牛オレイン55の部位中もっとも柔らかなフィレ肉を、何度も休ませながら高温でミディアムレアにローストする。こうして精細な肉質を最大限に生かし、トリュフの香り高いクラシックなソースを組み合わせた一皿だ。

 「ブラッスリー ポール・ボキューズ 銀座」で供されるのは、「しまね和牛サーロインのポッシェ ソースベアルネーズ」。2ミリに薄切りしたサーロイン肉を65〜70度に温めた牛のだし汁で短時間だけ火入れする。しゃぶしゃぶに近い技法だ。温かいマヨネーズ状のベアルネーズも、クラシックなソースのひとつ。バターたっぷりのソースと霜降り肉の組み合わせだが、非常に軽く食べられる。

 牛の飼育は環境負荷が大きいことから、牛肉食を控える社会的な動きも目立つこの頃だが、和牛を食べることによって、厳しい状況にある日本の畜産を応援するのもまた、農業の持続可能性を高めるひとつの手段になる。フランス料理の巨匠、ポール・ボキューズさんの味を受け継ぐ正統派のレストランで日本の和牛のルーツのおいしさを堪能できる、またとない機会でもある。

「メゾン ポール・ボキューズ」で供される「鳥取和牛フィレ肉のロースト ソース・ペリグー」(ひらまつ提供)
「メゾン ポール・ボキューズ」で供される「鳥取和牛フィレ肉のロースト ソース・ペリグー」(ひらまつ提供)

<山陰和牛ウィークリーフェア開催概要>

期間:2024年1月23日(火)~31日(水)

●東京・代官山「メゾン ポール・ボキューズ」

ディナーコース「MENU BOURGEOIS」24,200円(消費税、サービス料込み)の肉料理として提供

https://www.hiramatsurestaurant.jp/paulbocuse-maison/news/#3612

●東京・銀座「ブラッスリー ポール・ボキューズ 銀座」

「MENU SPECIAL」ランチ7700円、ディナー10450円(ともに消費税込み)のアップグレードメニューとして、追加料金¥1,320にて提供

https://www.hiramatsurestaurant.jp/paulbocuse-ginza/news/#3611

食文化研究家/料理編集者

『シェフ・シリーズ』と『暮しの設計』(ともに中央公論社)の編集長をつとめるなど、プロ向きから超初心者向きまで約300冊の料理書を手がけ、流行食を中心に近現代の食文化を研究・執筆。第3回「食生活ジャーナリスト大賞」ジャーナリズム部門大賞受賞。著書に『熱狂と欲望のヘルシーフード−「体にいいもの」にハマる日本人』(ウェッジ)、『ファッションフード、あります。−はやりの食べ物クロニクル』(ちくま文庫)、『〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史』『カリスマフード−肉・乳・米と日本人』(ともに春秋社)などがある。編集プロダクション「オフィスSNOW」代表。

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