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糖質制限の現在形−満腹になって糖質量はたった40gのウェディングフルコース料理

畑中三応子食文化研究家/料理編集者
糖質量はよく角砂糖で換算して説明される。ご飯茶碗1杯は角砂糖14個分にもなる(写真:イメージマート)

もはや日本人の習慣になりつつある糖質オフ

 糖質制限がブームになって、もう10年以上が経つ。もともとは糖尿病患者用の食事療法だったが、即効性があり確実にやせやすいダイエット法として浸透した。

 厳格な実践者は主食を完全に断つが、そこまでいかなくても「太りたくないから夜は避けておこう」「健康のために1週間に一度は抜こう」程度の“ゆるセイゲニスト”は結構な割合に上るのではないだろうか。半菜食主義者のことをフレキシタリアンと呼ぶが、その糖質版というところ。

日本初の低糖質ウェディングメニュー

 東日本の8エリアで展開する結婚式場「ヴィラ・デ・マリアージュ」(プリオホールディングス)が、今年9月から低糖質のウェディングフルコースを提供するという。おそらく結婚式場初の画期的な試みだが、ウェディングというハレの日のための非日常の料理にその必要はあるのか、糖尿病患者以外は控えなくてもよいのでは……半信半疑で試食会に参加してみて、認識を新たにした。

コースの2皿目は葉野菜とハーブをたっぷり使った味も見た目も健康的な緑のスープだった(筆者撮影)
コースの2皿目は葉野菜とハーブをたっぷり使った味も見た目も健康的な緑のスープだった(筆者撮影)

失明や足の切断にいたるこわい病気

 あらためて、糖尿病はどんな病気か簡単に確認しておこう。

 糖質が消化吸収されるとブドウ糖に分解され、血液中に入る。これが血糖だ。血糖値が上がると膵臓(すいぞう)からインスリンが分泌され、ブドウ糖はエネルギーとして利用されて血糖値は下がる。糖質をたくさん摂ると、インスリンもたくさん分泌され、余ったブドウ糖を脂肪として蓄える働きをする。これが、太るということだ。

 インスリンが不足したり、働きが悪くなったりして血糖値が高い状態が慢性的に続くのが糖尿病。神経障害、網膜症、腎症などの合併症を引き起こし、ひどくなると失明や足の切断に至る。動脈硬化や脳卒中のリスクも高めるこわい病気である。

食事の喜びを損なわない「ロカボ」

 メニューを監修した北里大学北里研究所病院副院長・糖尿病センター長山田悟医師のレクチャーで、多くの疑問が解け、腑に落ちること大だった。山田さんは、無理せずに続けられるゆるやかな糖質制限を「ロカボ」と名づけて提唱し、著書と監修書合わせて30冊を超える専門医である。

 まず、婚礼メニューでロカボが採用された理由について。こうした式場では制限の必要がある客には1人だけ別の料理を提供するのが常だが、1食当たりの糖質量を40グラム以下に抑えるだけで脂質、たんぱく質、カロリーは制限しないロカボなら、必要のある人もない人も全員が同じ料理が食べられ、会食の喜びを損なうことがない。

 これから子どもを持つ可能性のある新郎新婦に、ロカボについて知ってもらうのも目的のひとつ。というのは、出産の高齢化などが原因で近年、妊娠糖尿病が増えている。母体のみならず胎児の発育にも悪影響を与え、生まれた子どもは将来、肥満する可能性が高まってしまうため、若く健康でも糖質に対しては敏感でいてほしいという思いがあるという。

コースの魚料理は南仏風のブイヤベース。一般的なジャガイモのかわりに豆を添えている(筆者撮影)
コースの魚料理は南仏風のブイヤベース。一般的なジャガイモのかわりに豆を添えている(筆者撮影)

6人に1人、40歳以上は3人に1人が糖尿病と予備軍

 衝撃的なデータを紹介すると、人口約1億2500万人の日本で、現在、糖尿病およびその予備軍が2000万人いるといわれる。なんと6人に1人、40歳以上に限定すると、3人に1人が血糖値に異常を抱えている。一般的な健康診断では空腹時血糖値を測るが、これが食後血糖値となると、2人に1人が高血糖を示すという。

 もはや、糖尿病は日本の国民病なのである。しかも日本人の三大死因、がん、心臓病、脳卒中は、血糖異常からはじまることが多い。

太っていなくても糖尿病になる日本人

 「たくさん運動しているから大丈夫」と思っている人にはショックだが、運動量と血糖値の因果関係はない。また「太っていないから大丈夫」は、日本人には当たらない。日本人のインスリン分泌能力は、欧米の白人の約半分と低い。欧米人は糖質を大量に摂るとインスリンも大量に分泌され、余った糖は速やかに脂肪細胞に貯蔵されてどんどん太り、やがて肥満が進むとインスリンの作用が十分に発揮できない状態になり、やっと糖尿病を発症する。対して、日本人は肥満していなくてもインスリンの分泌能力が追いつかなくなるため、太る前に高血糖になりやすい。

 いま世界中で糖尿病患者が爆発的に増えている。国際糖尿病連合が2021年に発表した糖尿病人口ランキングでは、1位が中国で1億4000万人を突破し、2位インド、3位パキスタン、4位アメリカ、5位インドネシアと続き、日本は9位。糖尿病患者は20年間で3.6倍も増加し、5秒に1人が世界のどこかで亡くなっている。もはやパンデミックと呼べる状態だ。

油脂を控えた低カロリー食がいちばん太る

 糖尿病の深刻な状況を理解しても、好きな食べ物を我慢するのはつらい。が、ロカボでは1食当たりの糖質摂取量20〜40グラム+間食10グラム、計1日70~130グラム許容するので、あんがいご飯とパンも食べられる。ご飯だったら茶碗半分、パンは8枚切り1枚、麺やパスタは半人前が適量だ。

 そのかわり、おかずは制限しない。糖質以外はすべて血糖値上昇のブレーキ役になってくれ、おなかいっぱい食べても太らず、脂質とたんぱく質は満腹感を作る効果もある。

 ロカボはダイエットにも有効だ。最新栄養学では、脂質を制限しても肥満の予防にならないことがわかってきた。それどころか、油脂を控えたカロリー制限食がいちばん太りやすいというショッキングな研究もある。植物性だけでなく、これまで嫌われてきた動物性脂肪もしっかり摂るべきとするのが現在の趨勢だ。ロカボで太った人はやせ、太っていない人は筋肉質で引きしまった身体になるそうだ。

デザートはチョコレートのテリーヌ、チョコレート味のチーズケーキ、チョコレートシフォン(筆者撮影)
デザートはチョコレートのテリーヌ、チョコレート味のチーズケーキ、チョコレートシフォン(筆者撮影)

健康と文化と食料安全保障からロカボを考える

 まったく糖質を摂らないストイックな糖質制限には、ケトン体が発動して頭が冴えるなどのメリットがあるが、糖質を多く含む根菜は食べられないため食物繊維が不足するなど栄養が偏りがちで、サプリメントで補う必要がある。食事から米、パン、イモ類を排除するのは、精神的にも、食文化の面からも厳しいと私は思う。

 さて、試食したロカボのウェディングフルコース、想像した以上に満腹になった。大豆粉などを配合し、糖質を抑えたパンに大量のバターをのせたのも、満腹感につながった。前菜から食後のチョコレートのデザート盛り合わせまで7皿とウェデングケーキをしっかり食べたのに、食後に血糖値を測定したところ、ほとんど上昇していないので本当に驚いた。

 これほどストレートに数値として突きつけられると納得せざるをえない。これまで糖質制限関連の書籍を多数読んできたが、実際に試してみて、おなかがいっぱいになっても血糖値が上がらないロカボの威力に、身体は素直に反応した。

 食料自給率向上の面から米をもっと食べるべきと考えてきたが、ほどよい量の主食を楽しめるロカボは、健康と食文化と食料安全保障が共存できる、持続可能なすぐれた食べ方かもしれないと、いまでは思っている。

食文化研究家/料理編集者

『シェフ・シリーズ』と『暮しの設計』(ともに中央公論社)の編集長をつとめるなど、プロ向きから超初心者向きまで約300冊の料理書を手がけ、流行食を中心に近現代の食文化を研究・執筆。第3回「食生活ジャーナリスト大賞」ジャーナリズム部門大賞受賞。著書に『熱狂と欲望のヘルシーフード−「体にいいもの」にハマる日本人』(ウェッジ)、『ファッションフード、あります。−はやりの食べ物クロニクル』(ちくま文庫)、『〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史』『カリスマフード−肉・乳・米と日本人』(ともに春秋社)などがある。編集プロダクション「オフィスSNOW」代表。

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