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東京に新名所誕生、牧場の丘に立つ農家カフェ「TOKYO FARM VILLAGE」

畑中三応子食文化研究家/料理編集者
TFV「磯沼ミルクスタンド」の一番人気はジャージーミルクのヨーグルト(筆者撮影)

“地元農家のおすそわけ”がコンセプト

 10月8日、東京・八王子の小比企(こびき)地区に「TOKYO FARM VILLAGE(トウキョウファームビレッジ、以下TFV)」がグランドオープンした。この地で70年間酪農を営んできた「磯沼ミルクファーム」をハブに、近隣の農家と職人が一緒になって運営し、地域を盛り上げていこうというコミュニティ型カフェだ。

 以前から磯沼ミルクファームはだれもが見学ができ、直売所で牛乳や乳製品を販売し、乳搾り体験などのイベントを開催してきたが、牧場につながる「おもてなしの基地」に位置づけられたTFVでは、居心地のよさと飲食メニューの充実度が一段と上がった。

「ファーム・バーゼル」では、クリームとフルーツをふんだんに使ったカントリースタイルのケーキをラインナップ(筆者撮影)
「ファーム・バーゼル」では、クリームとフルーツをふんだんに使ったカントリースタイルのケーキをラインナップ(筆者撮影)

作りたての乳製品、朝採りの野菜が買えるスタンド

 牧場の納屋をイメージさせる広々とした建物のなかには、「磯沼ミルクファーム」の乳製品を販売する「磯沼ミルクスタンド」、13,000坪の畑を持つ江戸時代からの農家「中西ファーム」でその日の朝に収穫した旬の野菜、珍しい品種の野菜を販売する「中西ファームスタンド」、八王子で1969年創業の「バーゼル洋菓子店」が手がけるカフェ「ファーム・バーゼル」が出店。オープンキッチンのカフェでは、三者の力が集約した名物料理が作り出される。

 これまで直売所の氷菓はアイスクリームだけだった。今回はじめてソフトクリームの販売が実現したことも、すでに話題を呼んでいる。牧場で飼育する希少な品種の乳牛のミルクをブレンドしたソフトクリームは、「コクがあるけどさっぱりしてキレがいい」おいしさだ。

搾りたての牛乳で作ったヨーグルトやミルクプリンなど、ファームメイドの乳製品。ヨーグルトにはジャージーミルク100%のもの、多品種のブレンド牛乳で作ったもの、乳脂肪率の高い特濃タイプの3種類(筆者撮影)
搾りたての牛乳で作ったヨーグルトやミルクプリンなど、ファームメイドの乳製品。ヨーグルトにはジャージーミルク100%のもの、多品種のブレンド牛乳で作ったもの、乳脂肪率の高い特濃タイプの3種類(筆者撮影)

コーヒー豆とカカオ豆の殻の寝床で快適に過ごす牛たち

 牧場では、通常なら産業廃棄物になる食品工場から出た野菜やビール粕、あんこ粕、おからなどを牛の餌に、コーヒー豆やカカオ豆の殻を牛舎の床に敷き、利活用している。敷材で糞尿の臭いが抑えられ、牛たちが気持ちよく暮らせるうえ、牛糞堆肥を作るときに発酵熱が高くなって発酵が促進され、栄養豊富な堆肥ができるという。

 牛糞堆肥は「牛之助」と名づけられて、地元の農家で愛用されている。中西ファームもその1軒で、スタンドで販売し、カフェの料理に使われるのは、牛之助を肥料に育てた野菜。もし、客の食べ残しなどが出た場合はロスにはせず、飼料や堆肥に再利用する。カフェ内で循環型農業が達成されているのが素晴らしい。

「東京ファームビレッジバーガー〜フレッシュハーブ&ヨーグルト〜」。パティの力強い肉の風味と野菜のみずみずしい食感が印象的(筆者撮影)
「東京ファームビレッジバーガー〜フレッシュハーブ&ヨーグルト〜」。パティの力強い肉の風味と野菜のみずみずしい食感が印象的(筆者撮影)

おいしいミルクは、健康なかあさん牛から

 京王高尾線・山田駅から歩いて5分の磯沼ミルクファームは、以前からよく知られる都市近郊型牧場だ。TFVの「村長」で、2代目牧場主の磯沼正徳さんは、24歳のとき研修で訪れたオーストラリアで牛が放し飼いでのびのびと過ごしているのに感銘を受けた。そのときから「アニマル・ウェルフェア(動物福祉)」という考えを乳牛飼育の基本に置いている。

 牧舎では、牛をつながず、自由に歩き、餌を食べ、寝ることができる「フリーバーン」という放し飼い方式を採用。ストレスが少なく、健康的な生活をおくる牛たちは、よりおいしいミルクを出してくれる。

 また、一般的なホルスタイン種以外に、搾乳量は少ないが乳質が非常にすぐれた希少な品種の乳牛を飼育しており、おなじみの白黒ブチだけでなく、褐色や薄茶色、まだら模様など、いろいろな色や模様の牛が見られるのが楽しい。放牧場でのんびりと草を食む牛を眺めているだけで、思わずなごんでしまう。

TFVの村長で、磯沼ミルクファーム牧場主の磯沼正徳さん。この建物は構想10年の夢だった。スライスしているのは「磯沼牛」、赤身肉でかみしめるとうまみがじわりと出る(筆者撮影)
TFVの村長で、磯沼ミルクファーム牧場主の磯沼正徳さん。この建物は構想10年の夢だった。スライスしているのは「磯沼牛」、赤身肉でかみしめるとうまみがじわりと出る(筆者撮影)

品種によって異なるミルクの味を生かした乳製品

 現在ミルクを搾っているのはホルスタイン種18頭、ジャージー種18頭、ブラウンスイス種4頭、エアシャー種4頭、ミルキングショートホーン種3頭の計5品種。ほかにモンペリアード種もいるが、まだ子牛なので搾れるようになるのは1年先。今年はガンジー種の受精卵移植を予定しており、計7品種になる日も近い。それぞれミルクの味が違い、その特性を生かした乳製品を作れるのが、酪農家だからできる特権だという。

 なかでも、牧場の「顔」になっているのがジャージー種だ。日本で飼育されている乳牛の99%を占めるホルスタイン種は大型で乳量が多いのに対し、ジャージー種は小柄でホルスタイン種の半分しかミルクを出さない。そのかわり、ミルクには濃くてまろやかなコクがあり、乳脂肪分が高い。とても賢い牛でよく人になれて、手搾りもしやすいそうだ。飲んで本当においしく、乳製品の材料としても最高品質のミルクである。

テラスの前に広がる放牧場。左手に褐色のジャージー牛が見える(筆者撮影)
テラスの前に広がる放牧場。左手に褐色のジャージー牛が見える(筆者撮影)

乳酸菌の数が通常の50倍から100倍のヨーグルト

 毎朝、搾りたてのジャージーミルクで作るヨーグルトは、磯沼ミルクファームいちばんの看板商品。いまでこそ牛を飼ってミルクを搾り、チーズやアイスクリームなどの乳製品を製造販売している牧場は全国に少なくないが、磯沼さんがはじめたのは1994年と早かった。

 だれもまだ手がけていない先駆的な試みで、乳酸菌をフランス、イタリア、アメリカから取り寄せるなど、試行錯誤を繰り返して完成した。

 ジャージーミルクは乳糖の含有量が多く、乳糖を餌に増える乳酸菌の数も多くなる。一般的なヨーグルトの50倍から、ときには100倍の乳酸菌が検出されるそうだ。その数、1ミリリットル中5億から10億個。ということは、100ミリリットルのヨーグルトを食べると、500億から1000億個の乳酸菌が摂取できることになる。さぞや腸内環境改善に役立ってくれることだろう。

「ジャージープレミアムヨーグルト」は1頭の牛のミルクだけで作る限定生産品で、蓋にはかあさん牛の名前が入っている。「生産者の顔が見える」はよく聞くが「牛の顔が見える」ヨーグルトは他に聞いたことがない。

 3種類のヨーグルトはすべてホモジナイズ(乳脂肪の均質化)をしない、低温殺菌しただけの搾りたて生乳を使用している。そのため表面にクリーム分が浮き上がってねっとりと固めの層が形成される。パンに塗ったりスープに浮かべたりすると、とてもおいしい。

表面にクリーム層が浮かぶのが、ノンホモジナイズ牛乳で作るヨーグルトの特徴。サワークリームのようにスープに溶かし込むのもおすすめ(筆者撮影)
表面にクリーム層が浮かぶのが、ノンホモジナイズ牛乳で作るヨーグルトの特徴。サワークリームのようにスープに溶かし込むのもおすすめ(筆者撮影)

日帰りで楽しめる「グリーン・ツーリズム」の拠点に

 牛を飼い、ミルクを搾って飲むという文化は、東京ではじまった。東京は近代酪農の発祥地で、いまでは信じられないような話だが、明治初期の都心部には牧場がたくさんあった。明治後半になると都市化にともなって牧場は周辺部に移転し、大正時代にかけては池袋エリアが約60軒の牧場が集まる酪農王国だった。

 第2次大戦後は多摩地区が東京の酪農の中心地になり、磯沼さんによると現在も38軒の牧場があるが、昨今の輸入の穀物飼料とエネルギー価格の高騰で、廃業に追い込まれるケースが増えているそうだ。従来のように牛乳だけ生産しているだけでは、小さな牧場は続けていくことがますます難しくなった。

 そのなかで、いち早く六次産業化(第一次産業の農林水産業者が、第二次産業の食品加工と第三次産業の流通・販売までを行うこと)を進め、個性的で高品質な乳製品を打ち出した磯沼ミルクファームは、東京の酪農文化を次世代につなぐ頼もしい存在だ。

 新宿駅から京王高尾線特急で、わずか40数分で到着。地域の自然や文化にふれられ、地産地消のおいしいものが味わえるTFVは、日帰りで手軽にグリーン・ツーリズムが楽しめる場所。と同時に、持続可能な都市型酪農業の新しいかたちが体感できる、未来志向の空間だと感じた。

「ファーム・バーゼル」の広々としたオープンキッチン(筆者撮影)
「ファーム・バーゼル」の広々としたオープンキッチン(筆者撮影)

TOKYO FARM VILLAGE

住所 東京都八王子市小比企町1673-1

https://www.tokyofarmvillage.com

営業時間 10時〜18時(ファーム・バーゼルのみ土・日・祝日9時〜)

無休(年末年始休業)

食文化研究家/料理編集者

『シェフ・シリーズ』と『暮しの設計』(ともに中央公論社)の編集長をつとめるなど、プロ向きから超初心者向きまで約300冊の料理書を手がけ、流行食を中心に近現代の食文化を研究・執筆。第3回「食生活ジャーナリスト大賞」ジャーナリズム部門大賞受賞。著書に『熱狂と欲望のヘルシーフード−「体にいいもの」にハマる日本人』(ウェッジ)、『ファッションフード、あります。−はやりの食べ物クロニクル』(ちくま文庫)、『〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史』『カリスマフード−肉・乳・米と日本人』(ともに春秋社)などがある。編集プロダクション「オフィスSNOW」代表。

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