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いまだにマンション管理規約にLL-45が! それどころか間違った資料で検定試験まで

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(提供:イメージマート)

 マンションでの騒音トラブルには様々なものがあるが、その中でも特に件数が多いのが上階から響いてくる足音などに関する苦情やトラブルであり、これを音響学の専門用語で床衝撃音と呼ぶ。床衝撃音問題を騒音トラブルにしないためには、床衝撃音性能についての正確な理解が必要である。

軽量床衝撃音と重量床衝撃音

 まず最も重要なことは、床衝撃音には2つの種類があることを理解しておくことである。すなわち、軽量床衝撃音と重量床衝撃音である。音に重さがあるのかと不思議に思う人もいるだろうが、これは床に衝撃を与える衝撃源の違いを表しており、軽量な衝撃源が床に衝撃を与えた時の音と、重量のある衝撃源が床に衝撃を与えた時の音というのを、それぞれ縮めた表現なのである。軽量床衝撃音の代表的なものは、スリッパで歩く時のパタパタという音や椅子を引きずる音などであり、重量床衝撃音は、子どもの飛び跳ねや走り廻りの音などである。音質に関しては、軽量床衝撃音は「パタパタ」とか「コツコツ」という高い音、重量床衝撃音は「ドスン」や「ドンドン」という低い音になる。通常、マンションなどでトラブルとなるのは圧倒的に重量床衝撃音である。

 なぜ、このような区別をするのか、もちろん、それには訳がある。それは2つの音が持つ性質が異なるためである。軽量床衝撃音は、床に柔らかいものを敷けば音は下階に殆ど響かなくなるが、重量床衝撃音の場合にはこのような効果は殆どない。重量床衝撃音は、床構造全体から発生する音なので、床に何を敷こうとも殆ど変化しないのである。これを理解しないことは床衝撃音に関する「大きな誤解」(過去記事参照)であり、まず、この誤解を解消しなければならない。

床衝撃音の性能表示方法

 次に、床衝撃音の性能は「L等級」で表される。下表は、建築学会が示したL等級と生活実感の関係についての説明である。L等級の値が小さいほど床衝撃音の性能が良く、上階からの音が小さくなることを示している。現在建てられているマンションは、殆どが「L-50」の性能を確保できるように設計されている。

建築学会資料より引用
建築学会資料より引用

 この表は、床衝撃音問題が建築学会等で取り上げられ始めた初期の資料である。この時は、軽量床衝撃音も重量床衝撃音も同じようにL等級で示されていたが、その後は、これら2つの区別をつけて表示するようになった。すなわち、軽量床衝撃音では「LL-50」とし、重量床衝撃音では「LH-50」と表示することとしたのである。2つめのLやHは、それぞれライトとヘビーの意味である。ここで大変に大事な点がある。それは、上記の表の上段は「人の走り回りや飛び跳ねの音」となっていることから分かるように、この表は重量床衝撃音の性能、すなわちLH等級に関するものであるということである。これが誤解されている場合があるので注意が必要である。 

推定LL等級について

 マンションの床仕上げ工法のうち、直貼り床で使われる防音型フローリングや、コンクリート床の上にもう一つの床を組む二重床の場合には、軽量床衝撃音性能にも注意が必要である。では、これらの性能はどのように表示されているのか、以前と現在を比較しながら説明する。

 マンションの管理規約や細則には、床のリフォームをする場合などにはLL-45以上の製品を用いるようにと規定している場合がある。今ではこの推定LL等級という表示方法は使われていないのであるが、昔の規約がそのまま残っている場合もあるので、推定LL等級の意味から説明する。

 推定LL等級とは、このフローリングなどを用いた場合、下室に響く軽量床衝撃音はLL-45ぐらいの音になりますという意味である。では、何を根拠にそのようなことがいえるかといえば、そのフローリングや二重床の軽量床衝撃音性能を実験室(専門用語では残響室と呼ぶ)で測定していたからである。実験室での結果をもとに、現場のマンションでの性能を推定していたのである。ところが、これが問題の多いことが判明した。理由は、測定に用いていた実験室の床と実際のマンションの床とでは、構造が大きく違っていたからだ。実験室の床はPC版というコンクリートの板を何枚か敷いただけであるが、実際のマンションの床はコンクリートを打設して周りと一体化している。また、周りには大梁や壁があるが、実験室にはそれらもない。したがって、両者の性能は大きく異なるが、悪いことに、実験室での性能の方が実際の現場での性能より良くなっていたのだ。したがって、LL-45のフローリングを施工しても、実際の性能はLL-45に満たないということが起きてしまったのである。これでは性能確保の意味がないということで、推定LL等級は廃止されることになったのである。

 このLL等級に関して驚くべき資料があった。下表がその資料であるが、これは(一社)マンション管理員検定協会が実施しているマンション管理員検定試験の公式テキストの中に掲載されていたものである。マンション管理員とは、いわゆるマンションの「管理人さん」のことであるが、このための検定試験があることは初めて知った。もちろん国家試験ではなく民間の資格試験である(注・マンション管理士という資格があるが、こちらは難関の国家資格である)。この検定試験にどれだけの意味があるかは分からないが、それでも関連知識をしっかりと身に着けることは大事なことである。しかし、この検定試験を通して間違った知識を身に付けてしまったのでは元も子もないどころか、大きな混乱を招くことにもなる。

「マンション管理員検定・公式テキスト」より抜粋((一社)マンション管理員検定協会資料)
「マンション管理員検定・公式テキスト」より抜粋((一社)マンション管理員検定協会資料)

 では、この表の何処が間違っているのか。ここまで読んで頂いた方にはすぐに分かると思うが、まず一つは、LL等級というのは今ではもう用いられていないということである。仮にそれは大目に見ても、決して見過ごせない大きな間違いがある。それは、表の一段目に「足音など」が入っていることである。既に説明した通り、足音などの性能を決めるのは重量床衝撃音であり、軽量床衝撃音ではない。表は、軽量床衝撃音のLL等級の説明なのに、性能の期待できない足音について、あたかも効果があるような表示になっている。これは全くの間違いであり、仮に、マンションの管理人さんがこの内容を信じてしまった時には、大変に混乱した状況になる。

 マンションの管理規定や細則ではLL-45の製品を使うようにと決められている場合があり、それに従った住民は、この表により足音は下の階には響かないはずだと思ってしまう。もちろん、管理人さんもそう思う。しかし、実際には足音は床スラブの厚みで決まるため、例えLL-45の製品を使っても床の厚みが十分でない場合には、足音は下の階に響くのである。表によれば、LL-50でも「足音はほとんど気にならない」となっている。下の階から足音に対する苦情が発生した場合、もし管理人さんが、性能は表の通りと考えれば、下の階の住人は神経質で言われもないことに文句をつける人であるという判断になってしまう。このような意識で床衝撃音問題に対応すれば、大きな混乱を招き、些細な苦情が大きなトラブルに発展してしまう可能性もある。

 2つの表の内容を較べてみれば分かるが、この表は、重量床衝撃音に関する最初の表のL等級の部分を、十分な知識がないため、そのままLL等級に置き換えてしまったものであろう。このような間違った内容で検定試験を行っているとすれば、これは大変に問題である。まして、床衝撃音問題はマンションでの生活の質(QOL)を決定する重要問題であり、一番トラブルになりやすい騒音問題である。更には、足音などの騒音トラブルでは多くの殺傷事件も発生している。そんな床衝撃音問題で間違った情報を拡散していることは、一般社団法人としての社会的責務に反するものであり、直ちに内容を修正し、そのことを社会的に広く周知しなければならない。なぜなら、この内容で既に何年も検定試験が行われ、大勢の人がこの検定試験を受けているのであるから。

軽量床衝撃音の性能表示はΔLL等級

 フローリングや二重床の軽量床衝撃音に関する性能は、それまでの推定LL等級に変わって、2008年からはΔLL等級というものが用いられるようになった。ΔLL等級とは、床衝撃音レベル低減量と呼ばれるものであり、その性能の製品を使えば軽量床衝撃音がどれだけ低減されるかを、実際の建物条件に近い実験室での測定により確認して表示したものである。ΔLL等級は軽量床衝撃音用であるが、同じ製品が重量床衝撃音をどれだけ低減できるかを示す場合にはΔLH等級として性能が示される。これを図で示したのが下図である。なお、以前は改善量という用語が用いられていたが、ΔLL等級では低減量という言葉に変わっている。

ΔLL等級、ΔLH等級の決定方法とその例(図内の測定値はΔLL-2)(筆者作成)
ΔLL等級、ΔLH等級の決定方法とその例(図内の測定値はΔLL-2)(筆者作成)

 実験室で測定をして性能を表示するというのは以前と同じであるが、ΔLL等級では実験室での床構造が以前と変わっている。既に書いたように、推定LL等級の場合には床構造はPC版を並べたものであったが、ΔLL等級の測定では、床構造が実際の建物の条件に近いものが使われている。そのため、ここで測定した性能が、実際の建物で施工した場合に同じ性能が期待できるのである。

推定LL-45に代わるΔLL等級の値はどれくらい

 それでは、以前に使われていた推定LL-45という性能は、ΔLL等級ではどれくらいの性能と考えればよいのか。標準的な床スラブ厚200mmの床を考えた場合、床スラブだけの性能(スラブ素面の性能)からの床仕上げ材による軽量床衝撃音の低減量を考えると、LL-45を確保するためには125Hz帯域で約10dB、250Hzで約20dBの低減量が必要となる。これを考慮すると、必要な性能はΔLL-4ということになる。これはかなり厳しい条件である。しかし実際には、推定LL-45の二重床製品を施工しても、得られる性能はLL-50ぐらいであったことを考えれば、現在のΔLL等級に求められる性能は、現実的な条件としてΔLL-3を確保できる製品と考えておけばよい。これなら、現在市販されている軽量床衝撃音に配慮した二重床製品の多くが該当することになり、妥当な条件であると言える。

 重量床衝撃音に関しては、二重床の性能が問題となる。重量床衝撃音は基本的に床スラブ厚で性能が決定されるが、二重床の場合には重量床衝撃音性能を悪化させる場合があるからである。できれば63Hz帯域の性能が悪化しないΔLH-3程度が望ましいが、最低限の条件としてはΔLH-2を確保するということでよいと考えられる。この場合も、多くの二重床製品がクリヤーできる現実的な条件となる。

 以上の結果を纏めれば、望ましいのはΔLL-4、ΔLH-3の性能、最低限確保したいのはΔLL-3、ΔLH-2の性能ということになる。どちらのランクにするかは各マンションの考えによって決めればよい。マンションの管理規定にフローリングや二重床の性能を織り込む場合やリフォームの性能規定を設ける場合には、是非、この値を参考にしてもらいたい。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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