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上階からの騒音トラブルについての「大きな誤解」、お子さんのいる家庭はご確認を!

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
図/freeillust-classic.com、写真/著者撮影

 マンションの上階から響く騒音のトラブルは殺人事件にも繋がりかねない重大な問題です(前記事「韓国でのマンション騒音殺人事件は典型的なケース、他国の話とスルーできない訳」)。

 この上階音トラブルには、他の騒音問題とは異なる幾つかの特徴があります。まず一つは、音の質が衝撃的であり、いつ発生するか分からないことです。そのために騒音のうるささや邪魔感は他の騒音よりかなり強くなります。また、上階音はお互い様が成立しない音であることも特徴です。アパートの隣同士の部屋の場合、隣から騒音が聞こえてきても、自分の所の騒音も相手に響いているかも知れず、この場合にはお互い様が成立します。しかし、上階音の場合には、音を出すのは上階の住人であり、下階の住人は一方的に音を聞かされるだけになるためお互い様が成立せず、そのため被害感が一層強くなります。また、上階音に関しては、お互いの居室が上下階に分かれているため、トラブル防止の最後の砦となる良好な人間関係が作りづらいという特徴もあります。このような多くの不利な点を抱える上階音トラブルですが、それだけではなく大きな誤解も付きまとうため注意が必要です。

写真:yamasan/イメージマート

階下から苦情が来たら防音対策をするという誤解

 子どもの走り廻りなどで上階から響く音を、音響学の専門用語で床衝撃音と呼びます。この床衝撃音には、実は2つの種類があります。軽量床衝撃音と重量床衝撃音です。音に重さがあるのかと不思議に思われるでしょうが、これは床に衝撃を与える衝撃源の違いを表していて、軽量な衝撃源で床に衝撃を与えた時の音と、重量のある衝撃源で床に衝撃を与えた時の音というのを、それぞれ縮めた表現なのです。軽量衝撃源の代表的なものは、ハイヒールのかかとなど軽くて硬いものなどです。重量衝撃源は、重くて柔らかいもので、子どもの飛び跳ねや走り廻りの音はこちらになります。発生する音に関しては、軽量衝撃音は「コンコン」とか「コツコツ」という高い音、重量衝撃音は「ドスン」や「ドンドン」という低い音になります。通常、マンションなどでトラブルとなるのは圧倒的に重量床衝撃音です。

 なぜ、このような区別をするのか、もちろん、それには訳があります。それは2つの音が持つ性質が異なるためです。軽量床衝撃音は、床に柔らかいものを敷けば音は下階に殆ど響かなくなりますが、重量床衝撃音ではこのような効果は全くありません。重量床衝撃音は、床に何を敷こうとも殆ど変化しないのです。簡単な方法で確認してみて下さい。まず、机の表面などを硬い棒などで叩くと「コンコン」と大きな音がします。次に、机の上にハンカチを敷いて同じことをやれば殆ど音がしません。これが軽量床衝撃音の性質です。では、手を握って肉の部分で机を叩いた場合はどうでしょうか。「ドンドン」と低い音がしますが、同じようにハンカチを敷いて叩いてみると、音の大きさは殆ど変化しません。これが重量床衝撃音なのです。これと同じことがマンションの床で起こるのです。重量床衝撃音は、床構造全体から発生する音なので、床のコンクリートの厚みを厚くしない限り音は小さくならず、カーペットや畳など柔らかいものを敷いても殆ど防音効果がないのです。これを理解しないことが上階音に関する「大きな誤解」なのです。

防音製品の宣伝文句にも要注意!

 防音製品の宣伝が、この問題に拍車をかける場合もあります。子どもの足音を小さくする防音マットとして大々的に宣伝している製品の説明書を見ると、成人男性が踵着地で床の上をジャンプして下の階で床衝撃音を計測したところ55デシベルだったものが、このマットを敷いたら25デシベルも軽減されて30デシベルになったと書いてありました。これは、音がガンガン響いていたものが殆ど聞こえなくなるほどの性能です。数字が書いてあると本当らしく見えますが、厚さ数センチの発泡材でこんな夢のような性能が出ることは絶対にありません。おまけに、カタログには子どもが椅子から思いきり飛び降りている写真まで載っています。このような製品の謳い文句を信じて、子どもがどんどん椅子から飛び降りて遊んだら、上下階で悲惨な近隣トラブルが発生することは目に見えています。防音マットを敷くという対策をしても、下の階でどれだけ音が小さくなったかを確かめられない場合が殆どですが、そんな状況につけこんだ製品だと言っても良いかもしれません。くれぐれもこのような宣伝を迂闊に信じないようご注意ください。

本当の大きな誤解とは?

 このような物理的な問題の誤解が上階音のトラブルをエスカレートさせたケースは沢山見られます。上階の住人は、下の階から苦情が来た後、子どもを和室の布団の上で遊ばせたり、フローリングの上に柔らかいカーペットや防音マットを敷いたりと、それなりの配慮をしているのに、下階からの苦情が一向に治まらないことに怒りを覚えます。片や、下の階の住人は、苦情を言っても一向に音が小さくならず、全く配慮が見られないと憤るのです。これによりお互いが被害者意識を持つという矛盾が生れ、その中でトラブルが次第にエスカレートしてゆくのです。

 マンションの上階音トラブルの場合、まず、この物理的な誤解を解くところから始めないと、問題は解決しません。そして、その次にもっと厄介な心理的な誤解を解消しなければなりません。下階の人は、上階の人が無神経な人だと確信しており、上階の人は、下階の人が神経質な人だと確信しています。物理的な誤解は説明すれば理解してもらえますが、この心理的な問題では当人達がなぜか誤解はないと確信しているので厄介です。「誤解はないと確信していること」、本当は、これが最も大きな誤解かもしれません。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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