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近隣トラブルを見事に解決する米国NJCとはどんな組織? 現地調査および担当者ヒアリング結果報告

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
筆者撮影

 このタイトルをいきなり見た人は、一体何の話なのか戸惑うのではないかと思います。ここまでのテーマの流れを理解するため、事前に前々記事「騒音トラブルで起きた最も悲惨な事件とは? ちなみに、ピアノ殺人事件ではありません」、および前記事「近隣とトラブルになった時、あなたはどうしますか? 日本での解決システムとは」に目を通して頂いた方がよいと思います。それでは、今回の内容に入ります。

 近隣トラブルの解決システムに関して米国は先進的です。人種問題等に起因する紛争の多発という状況を抱える国としては必然の成り行きだったのでしょうが、その紛争解決の中心となっているのが全米各地に設置されているNJC(Neighborhood Justice Center、直訳すれば近隣司法センター)です。このNJCという組織と解決システムの詳細を取材するため、現地を訪問し、担当者へのヒアリングを実施しました。もう10年ほど前のことですが、その結果をもとに、我が国での現状と比較してどうなのか、単なる外国礼賛ではなく、本当に理にかなった消火設備かどうかを検証したいと思います。

米国におけるNJCの成立と展開

 1970年当時のアメリカの裁判所は、訴訟事案数の増加に伴う審議の遅延、手続きが厳格であるため柔軟な対応ができないこと、あるいは訴訟の費用が高額であることや立地的な不便性など多くの問題を抱えており、それらの解決策が模索されていました。アメリカではもともと少額裁判所というものが都市型の小規模訴訟の処理機関として設けられていましたが、これが一般人に対する取立て裁判所と化しているという反省も見られ、更には、牧師や保安官、近隣の世話役など地域社会の中核となる人々が、日常的な紛争の処理を行うという社会的統制が機能しなくなり、一層、裁判所への負担が大きくなるという問題が表面化する状況にありました。

 このような紛争処理制度の問題解決を考えるため、1976年4月にミネソタ州セントポールに全米から200人を超える法曹界のリーダーたちが集まり、21世紀に向けての司法制度のビジョンについて議論が行われました。この会議はパウンド会議と呼ばれ、その中で、小規模紛争解決のための全く新しい概念、すなわち当事者同士の話し合いに基づく裁判外の前置処理システムが模索され、その新機構としてNJCが提案されました。NJCという名称も、このパウンド会議において初めて統一的に用いられものです。

 この提案に基づき、翌1977年に司法省によってロサンジェルス、アトランタ、カンザスシティの3ヶ所にNJCが試験的に設置され、裁判所に代わる紛争解決機関として活動を始めました。結果は大変に良好であり、申し込み件数の多さだけでなく合意率も83%に達し、利用者への面接調査の結果でも9割近くが紛争処理の結果に満足し、再び紛争が起こった時はまたNJCを利用したいという人が7割を超えました。このようにNJCの有効性が実際に認められたため、このシステムが法律化(紛争解決法:The Dispute Resolution Program Act)されて全米各地にNJCが作られることになりました。

 NJCは、州や郡が住民に対して無料で紛争解決サービスを提供するための公的な機関です。運営の費用の大部分を州や郡が負担しており、それゆえ、NJCの活動についても州や郡への報告が義務付けられ、機密保持も徹底しています。NJCが取り扱うのは、近隣での紛争、消費者トラブル、家主と借主間の争議などの他、ルームメート同士や学生と教師間、親子間の争いなどの個人的な争いなど様々です。内容は、損害賠償問題、騒音問題、契約不履行問題、ハラスメント、ペット苦情などであり、これらの紛争を訴訟以外で効率的かつ効果的に解決しようというものです。

 現地調査先として2つのNJCを訪れましたが、そのうち充実した調査ができたネバダ州クラーク郡のNJCについて詳細に報告します。なお、このNJCは調査当時は独立した組織として活動していましたが、現在はラスベガス司法裁判所の一部門になっています。以下では取材当時の内容をそのまま紹介しますが、活動内容に関しては現在も大きな変化はないといえます。

Clark County Neighborhood Justice Center (CCNJC:ネバダ州・クラーク郡NJC)

 ネバダ州クラーク郡のラスベガスにあるNJCの概要を以下に示します。ネバダ州では、州法により40万人以上の郡にNJCの設置を義務付けています。ネバダ州には10の郡がありますが、これに該当する郡は2つあり、周辺人口含めて200万人のラスベガスを要するクラーク郡も、この州法に基づきNJCを設置(設立年1991年)しています。

 CCNJCの建物はラスベガスの郊外にあり、RC造3階建てで、1階は待合と手続きカウンターのあるスペース、2階が職員の事務スペースになっていました。床面積は1階当たり500~600m2程度の大きさです。建物入り口には空港と同じ門型の金属探知機があり、係官が入館のセキュリティ・チェックを行っていました。ここでは、武器などのチェックはもちろんのこと、録音機などの装置類も全てスクリーニングされます。更に、当事者には、調停の際にはメモを取らないという合意書に署名をもらいます。

CCNJCの建物と取材相手のsupervisor(何れも筆者撮影)
CCNJCの建物と取材相手のsupervisor(何れも筆者撮影)

米国式現代調停とボランティア調停員

 NJCにおける解決法は、基本的に当事者の自主的な議論を尊重し、これをサポートするというものです。すなわち、訴訟のような報復的な解決システム(retributive system)ではなく、関係修復型のシステム(restorative system)として、当事者間の自由な意見交換により相互理解を深め、敵対 (confrontation) から和解 (conciliation) への変換を目指しています。この作業は用語としてmediation(調停)と呼ばれていますが、日本の調停のように調停委員が当事者に調停案を提示するというようなことは殆どなく、日本とは全く異なるプロセスです。NJCの調停者は、公平中立的な第三者の立場で解決の場と助言を提供するというスタンスであり、これにより、両者の関係を悪化させることなく円満に問題を処理することを目指すシステムです。このような手法は、いわゆる「米国式現代調停」と呼ばれるものですが、この調停技術などの要点は後述します。なお、このような調停の形を、日本では「自主交渉援助型調停」と呼ぶこともあります。

 当然ですが、NJCでの調停の基本は同席調停であり、当事者同士が、何が起こったか、何が問題か、何をして欲しいか、などをface to face で徹底的に話し合い、その中から相互に新しい状況認識、すなわち「紛争の構造の再構築」を行うことが目標です。調停者は、そのための場を提供し、話し合いがスムーズに進むように手助けをします。最終的な目標はwin-win resolutionであり、お互いが問題解決のために譲歩したり、我慢するといったfifty-fiftyの決着ではなく、双方がともに満足できる解決策を自らの手で見つけ出すことです。自分自身で見つけ出した解答は他から与えられたものより満足度が高く、また、自分で決めたことは守られやすいということが、大きなメリットになります。ちなみに日本の場合には、前回記事で述べた通り「互譲の解決」が目標であり、米国式現代調停とは根本的な違いがあることが分かります。

 このようなNJCの処理には、調停トレーニングを受けた調停員があたりますが、この調停員は民間ボランティアが中心であり、全てボランティアという組織もあります。CCNJCの場合には、NJCを運営するスタッフはフルタイムが11名、ハーフタイムが6名ですが、調停ボランティアの数は、実際に活動している人だけでも100名ぐらいおり、殆どが退職者やコミュニティ・サービスをしたいという人だということでした。このNJCでは調停は全てボランティアが行っていますが、これは全くの無報酬であり、手数料なども全くありません。

 調停ボランティアには事前の調停トレーニングが行われますが、その内容は、調停技法に関する40時間のトレーニングのほか、3時間の調停の見学と4時間の実地訓練の47時間が義務付けられており、これを通して、的確に調停を行えるように指導してゆきます。トレーニングは無料であり、無料で調停トレーニングを受けられることがボランティアとしての一つのメリットとなっています。調停のトレーニングは、NJCが作成した独自のプログラムに則って行われています。紛争解決に関する博士号を持った人が作ったトレーニング・マニュアル(100ページぐらいで、受け入れ方法から調停の方法などが書かれている)があり、これに基づいて実施していました。ボランティアは、1年の間に最低4回は調停を担当しなければならず、また、1年に8時間の自己研鑽のトレーニングを受けなければならないことになっています。

 市民がCCNJCで調停を利用する場合、料金は無料です。これはトラブルの早期のピックアップのために大変重要な条件であり、この点も日本とは大きく異なる点です。また、既に述べたようにNJCの解決プロセスは当事者の話し合いによる状況改善のための相互理解が目標であるため、法律的な処置は全くといって必要ありません。したがって、法律知識を持たない民間のボランティアでも十分に紛争の解決が可能となるのです。すなわち、米国式現代調停という紛争処理プロセスが、ボランティアを活用したNJCの存在を成り立たせているわけであり、これは重要な点です。因みに、NJCの担当者によれば、米国では、調停に関しては法律家が優れた仕事をするとは考えられていないということです。弁護士などは、こうしなさいというようなアドバイスや指示を行うが、そのような形でない方が紛争はよく解決するそうです。法律家よりは心理学者の方が紛争解決の潜在能力があるというのが米国での一般認識です。

米国式現代調停の技法

 米国式現代調停の手法や実際の内容については、紛争処理の専門家が著した書籍が沢山出版されているので、そちらを参照頂ければ十分ですが、調停技法に関する主な用語だけは、米国式現代調停の理解のために以下に記しておきます。

 調停技法に関する用語としては以下のものがあります。

・パラフレージング : 調停人の主観を入れずに、当事者が語った言葉を別の表現で言い換えること。

・リフレーミング : 当事者が語ったことを、調停者の理解をもとに別の表現で言い換えること。

・コーカス : 調停の途中で行う当事者と調停者との個別の話し合い。コーカスを行う場合には当事者両方について同程度の時間を取ることが原則で、別室で行います。

 米国式現代調停とは、これらの技法を駆使して、当事者同士の話し合いをスムーズに進めるための全体的なシステムです。パラフレージングやリフレーミングは、対立する当事者の感情的な言葉を、客観的な表現として双方に伝えるための技法です。例えば、犬の鳴き声のトラブルに関して具体的な例を説明すれば、

パラフレージングとは、

「犬は泥棒よけの番犬として飼ってるんだ。番犬が鳴かなかったらしょうがないだろう。泥棒が入ったら弁償してくれるのかよ」という発言に対し、

「犬を飼っているのは盗難などを予防するための手段なので、この点を理解して欲しいとおっしゃっているのですね」、と調停員が言い換えることである。

リフレーミングでは、

「番犬だといっても、いつも吠えまくっているじゃないか。1時間も、2時間も吠え続けられたら、聞かされるこっちは、たまったもんじゃないよ。なんとかしろよ。」との言葉に、

「飼い犬が長時間鳴き続けるのには、何か理由があるのではないかとおっしゃっているのですね。それで宜しいでしょうか」と言い換えることです。

 このような調停者の仲介がある場合と、当人同士が上記の発言を直接言い合った場合の結果の差については、改めて言うまでもないでしょう。

 コーカスは色々な理由で用いられ、個別に伝えなければならない場合や、個別に意見を聞く必要がある場合だけでなく、当事者の心理状態を冷静にするためのブレイクタイムに使うなど、調停を円滑に進めるための道具として用いられます。この場合にも、当事者双方に同じ時間のコーカスをとるなど、公正中立の原則が守られます。また、当事者の話に頷かないことなども公正中立のための注意点だということです。調停者を目指す人は、このような調停技術を習得するため、上述のように数十時間に及ぶトレーニングを受けることになります。

調停への手続きと流れ

 CCNJCにおける苦情やトラブルの受け入れに関しては、警察官やアニマル・コントロールなどが4枚綴りのカーボンコピーのカード(調停照会票)を持っており、苦情があった場合には、それを苦情当事者に書いてもらい、当事者がその写しを調停事務所へ郵送するかFAXするシステムになっていました。当事者が連絡しない場合には、警察から回ってきたカードによりCCNJCの方から連絡をする形になります。すなわち、当事者2名、警察等、CCNJCのだれもがこのカードを共有する形となっていました。カードは、はがき半分ぐらいのサイズで、住所や氏名、内容などが記載できる簡単なものです。これは取材当時の状況ですが、確認はしていませんが現在は多分もっとデジタル化された方法になっていると思います。

 当事者の一方が話し合いに応じようとしないような場合、例えば犬の鳴き声の問題の場合で、飼い主の方は話し合いを拒否するという事例がよく見られるが、このような場合には、CCNJCのケース・マネージャーから、裁判に掛からないよう話し合いに応じるよう説得が行われ、調停に持ち込むことになります。ケース・マネージャーが当事者双方に調停を行う意思があるかどうかを確認し、合意すると実際の日程を調整します。その後、CCNJCのディレクターにあたる人が、適当なボランティア調停員を人選して調停を開始するという流れになっている。

 調停はチームで行われ、通常は2人で組んで調停を行い、お互いの意見をフィードバックし相互にチェックする形となります。調停者には守秘義務があり、調停室での内容は他では一切公開してはならない規則です。守秘義務に違反した場合の罰則というのは特にないということですが、調停者の場合には、二度と調停をしないように言い渡され、調停者失格の烙印を押されることになります。

 典型的な事例では、1つの調停に約2時間から4時間かかります。取り扱う内容は、既に述べたように多様ですが、賠償問題に関しても、単にお金の問題ではなく、その紛争の元になっている深い部分の解決が本来の目的であり、当事者が和解することが最も重要な点だといいます。大事なことは、状況が改善されることが必要であることを、お互いに認識してもらうようにもってゆくことで、それによりお互いの考え方が変化してきて合意に至るというものです。

 最も重要な調停の和解率ですが、CCNJCでは毎月集計を出すそうですが、取材訪問時の直近の月の和解率は89%、1年の平均では76%でした。和解率が9割に近い月があるというのは、日本の結果(前回記事参照)と較べて驚異的です。年平均で25%ぐらいは和解に至らない結果になっていますが、その場合でも、状況が現状より更に悪化しないということには注意しているとのことでした。

CCNJCの紛争解決システムの構成とその広報

 CCNJCの紛争解決システムを纏めたものが下図です。トラブルが発生し、警察官などに通報があると、その情報がCCNJCケース・マネージャーに伝えられ、トラブル当事者に話し合いの場に参加するように説得されます。調停は無料であるため説得がしやすく、トラブルの早期ピックアップにも役立っています。調停の場では、当事者同士が同席し、ボランティア調停員2名の仲介により、2~4時間をかけて話し合いが行われ、関係の修復をベースとした解決策を当事者同士が見つけ出すというプロセスが行われます。

CCNJCの紛争解決システム(筆者作成)
CCNJCの紛争解決システム(筆者作成)

 トラブルを早期に検出して、拗れる前に仲介すれば解決率は当然高くなります。近隣トラブルは火災と同じと前記事で書きましたが、CCNJCの解決システムは正に初期消火を目指したものであり、そのために積極的にトラブルに介入します。CCNJCは新聞やパンフレットなどで、トラブルを調停で解決することを勧める広報活動を実践していますが、そのパンフレットの表紙に、「We’re looking for trouble・・・、私達はトラブルを探しています」というキャッチフレーズが書かれていたのはとても印象的でした。

 以上がNJCの現地調査報告です。これ以外にも細かな点は様々ありますが、紙面の都合で省略しました。大変有効な社会システムだといえますが、このNJCの解決システムを日本に導入するためには、様々な課題があります。法的な位置づけや条例の制定問題、運営予算と社会コスト削減の関係、調停ボランティアや調停トレーナーの確保の問題、解決システムと国民性の整合性などですが、一方で、現在の日本には近隣トラブルに関する有効な消火設備がないことも厳然とした事実です。課題は山積していても、前向きに考える価値はあるのではないかと考えています。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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