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近隣とトラブルになった時、あなたはどうしますか? 日本での解決システムとは

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(写真:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

 米国にはNJC(Neighborhood Justice Center)という小規模紛争の解決システム(裁判外での紛争処理制度)があり、近隣トラブルや騒音トラブルの解決に役立っていることを、前回記事(騒音トラブルで起きた最も悲惨な事件とは? ちなみに、ピアノ殺人事件ではありません)で書きました。その内容について紹介する前に、比較するうえで重要なので、まず日本はどうなのか、近隣トラブルが泥沼化しないための解決システムはあるのかどうか、詳細に点検してみたいと思います。これは私達の日々の生活にも関係する話です。

我が国での近隣トラブル解決システム

 例えば近隣からの騒音に悩まされた時、誰もがまず行うことは市役所の苦情相談窓口などに連絡することですが、騒音苦情の場合には、そこから更に市の環境課に相談するように言われます。環境課では、深夜カラオケなど明らかな騒音防止条例違反の事案の場合には、騒音の測定などを実施し、必要に応じて改善の勧告などを行ってくれます。しかし、近隣間の騒音トラブルなどは、基本的に当事者間で解決してほしいというスタンスであり、騒音の測定を行う代わりに、苦情者に騒音計の貸し出しを行うぐらいの対応となります。すなわち、近隣トラブルにはあまり係わりたくないというのが本音です。

 仕方なく警察に連絡して相手に注意して貰おうと思っても、警察もやはり民民の問題には介入しません。アパートの大家さんや地区の自治会長などに相談しても、誰もそんな面倒なことに係わりたくありませんから、形ばかりの対応はしてくれても、真剣にトラブルを解決しようと動いてくれる人はいません。この間に近隣トラブルは悪化の一途を辿り、遂には、敵意を剥き出しにして相手を激しく非難し合う、一触即発の険悪な関係となってしまうというのが通常です。

 このような時に利用できる我が国の主な近隣紛争解決制度としては、簡易裁判所の民事調停、都道府県の公害審査会、ADR法登録事業者などが挙げられます。訴訟については、解決制度というより白か黒かの決着をつける場ですから対象から除きます。また、法テラスや弁護士会紛争解決センターなどもありますが、これらも紛争解決手段として訴訟を慫慂するための制度ですからやはり除外します。また、公害等調整委員会というのもありますが、これは各地の公害審査会を束ねる中央組織なのでここでは省きます。そこで、上記の3つの制度に関して、それぞれの主な内容の比較を表にまとめました。

紛争解決制度比較表(簡易版)、筆者作成
紛争解決制度比較表(簡易版)、筆者作成

 民事調停は社会に広く知られていると思いますが、後の2つは一般にはなじみの薄いものかもしれません。公害審査会とは、主に公害問題(もちろん騒音を含みます)を対象として各都道府県に設置されている調停機関です。最後のADR法認証事業者とは、司法改革の一環として平成16年にADR法(裁判外紛争解決手続きの利用の促進に関する法律、ADR:Alternative Dispute Resolution)が制定され、法務省の認証により、弁護士事務所でなくても民間の機関が和解あっせんなどの法律事務を行えるようになったことにより出来た組織であり、司法書士会などを始めとして各種の団体が登録しています。以上のように、一見、多彩なシステムが用意されているように見えますが、実際はどうなのか、これらの詳細を見てみることにしましょう。

民事調停の近隣トラブル解決能力は

 民事調停の内容を規定している民事調停法の第1条には、「この法律は、民事に関する紛争につき、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した解決を図ることを目的とする」と書かれています。民事調停は、訴訟のようにどちらが正しいかを決める場ではなく、とにかくお互いが譲り合って、何とか両者が受け入れることのできる落としどころを見付けようというシステムです。具体的には、お互いがどこまで譲れるかを簡易裁判所の調停委員会が個別に聞き取りを行いながら調停案を探ってゆくことになります。調停委員会は通常、調停主任と呼ばれる裁判官と、一般市民から審査を経て裁判所に登録されている調停委員の中から2人が選ばれ、計3名で構成されます。しかし実際は、裁判官は聞き取りなどには参加せず、調停委員2名がこの作業に当たります。筆者も一時期、簡易裁判所の民事調停員を務めていたことがあります。

 聞き取りの作業(調停用語では「実情の聴取」)は、お互いに顔を合わせることがないように別々の待合室で待機する当事者を、交互に調停室に呼び出して行われますが(シャトル調停)、大抵の場合、その場には代理人(弁護士)が同席しています。民事調停は本人出頭主義をとっていますが、実質的には訴訟と同様に代理人制度が認められています。酷い場合には、当事者は全く顔を出さず、代理人だけが期日に出席するという場合もあります。本来は、調停委員が当事者と直接話をしたり反応を観察したりする中で、申立人や相手方が本当に欲していること(ニーズ)を探り出し、その上で調停案を考えるべきですが、本人が出てこないのではどうしようもありません。本人が出席した場合でも、弁護士が同席していると、発言の殆どを弁護士に任せてしまうという状況も見られ、結局、自分たちの要求を如何に説得力を持って調停委員に伝えるかという代理人の仕事だけに捉われてしまうことになります。互譲というのは当事者しかできないのですが、代理人が介在するために調停が十分に機能しないということも生じてきます。

 紛争の解決、特に近隣トラブルの解決のための方法としては、当事者同士がフェイス・トウ・フェイスで冷静に話し合い、それにより悪化したお互いの関係を改善するというのが望ましい形と言えますが、現在の民事調停制度はその形からは程遠いと言わざるをえません。当事者同士が直接話し合うメリットとしては、もちろん実情を一番よく知っているのが本人達であることに加え、自分たちで決めたことは守られやすいという点もあります。何より、感情的な対立を解消することが大事であり、これは近隣居住者にとって大変重要なことです。しかし、いがみ合う当事者同士が面と向かって冷静に話し合うなどということが出来るのかという疑問も当然あると思いますが、これは仲介者に技術があれば可能です。ただし、そのための技術の習得は必要になりますが、我が国の調停委員制度では、特に仲介技術のためのトレーニングなどは行われていません。

 民事調停の申立費用は大変に安く、調停の訴額が100万円の場合で5000円ですから、誰でも利用できる制度と言えます。しかし、仮に弁護士を代理人として雇えば、その費用は着手金だけで10万円程度と決して安くはない金額が掛かってしまいます。相手方が弁護士を雇っていれば、自分たちも弁護士を雇わなければ不利になると考えるのですが、その考え方自体が調停の主旨にそぐわないものと言わざるをえません。しかし、代理人制度について厳格に運用し、当事者自身が申立書の作成や証拠書類の作成、期日の聞き取りへの対応などをやらなければならない形に変えれば、ただでさえ年々減少している民事調停の利用件数がさらに減ってしまうことは歴然です。すなわち、民事調停が法律的な手続きであること自体が、近隣トラブル解決の問題点であると言えるでしょう。

 それでも、民事調停の解決率が十分に高く、当事者同士の満足度も高ければ多少の不都合も問題とはなりません。しかし、民事調停の解決実績を見てみると、調停の成立比率は33%で全体の1/3にすぎません(最高裁判所は17条決定も含め約半数が成立と説明)。1/3でも解決できれば御の字と考えるか、制度として不十分と捉えるかは議論の余地がありますが、注意すべきは、これが民事調停全体での数字であるという点です。

 東京と大阪の簡易裁判所が大変に興味深いデーターを発表しています。 東京簡易裁判所と大阪簡易裁判所がそれぞれ、民事調停の事案の性格により、調停の成立率にどのような違いがあるかを調べました。事案は、下図に示すようにⅠ類型からⅣ類型の4つに分類され、それぞれの成立率、不成立率を比較しています。図は大阪簡裁での結果ですが、各類型により成立率に大きな差が見られました(東京簡裁でもほぼ同様の傾向です)。

(図は筆者作成)
(図は筆者作成)

 Ⅰ類型は、事実関係の認定が争点となった事案であり、これはお互いの主張に違いがあるため不成立の割合が成立よりやや高い結果となっています。Ⅱ類型とⅢ類型は、事実関係には争いがないが、その評価をどの程度とするか(賠償金額を幾らにするかなど)や、履行義務の具体的な履行方法が争われる場合であり、これらに関しては最終的に成立に至る比率は大変に高くなっています。ところが、Ⅳ類型に分類された事案、すなわち当事者間に感情的な対立があり、その調整が特に必要であると分類された事案では、調停の成立率は2割以下、不成立は約7割にも上り、他の類型と較べて大きな差がある事が分かります。日本の民事調停全体での成立率は、既に述べたように約1/3と低調ですが、① 感情的対立の調整という視点と、② それを実現する具体的手法が不足している点が、その大きな原因と考えられます。

 民事調停の趣旨である互譲という考えは確かに大事なことです。しかし感情的な対立や相手に対する敵意のある中で、相手に対して譲るということは自ら敗北の選択をすることであり、なかなか受け入れられるものではありません。近隣トラブルの多くが図の中のⅣ類型に分類される質のものである事を考えれば、どのようにして感情的対立を解消するか、それが紛争解決の鍵であると言っていいでしょう。

 表の中の民事調停以外の制度に関する解決実績をみても、その数値は何れもほぼ1/3程度となっています。争いの渦中にあっても冷静な人は必ずいることを考えると、極端かも知れませんが、放っておいても1/3は解決するものであり、それ以外の2/3を如何に解決に導くかということが重要であると言えます。その意味で、解決率が1/3というのはどう見ても実効的な制度とは言えません。

公害審査会の解決能力とは

 日本の公害紛争処理の専門機関としては公害審査会があります。これは、「公害に係る紛争について、あつせん、調停、仲裁及び裁定の制度を設けること等により、その迅速かつ適正な解決を図ることを目的」(公害紛争処理法、昭和45年制定)として設置されているものです。公害審査会は、裁判所の民事調停によらず僅かな費用で迅速に公害紛争を解決することを目的として、あっせん、調停、仲裁の処理を行っています。このうち調停が最も多く利用され、調停申請費用は損害賠償などの金額にもよりますが、概ね数千円であるため、金額的には訴訟などよりははるかに利用しやすい制度です。

 具体的な処理の流れは、申請者から公害審査会に調停申請が出されると、審査会は被申請人に対して、申請書の写しを送付して1ヶ月程度の内にこれに対する意見書を出すように求めます。そして調停委員3名を選任して調停委員会を設置し、当事者双方に調停期日を通知し、1~2ヶ月毎に調停委員会を開催しながら最終的に調停案を提示する形となります。果たして、この公害審査会とは実効的な制度なのでしょうか。

 東京都のホームページの公害審査会の説明の項には、「区や市の公害苦情相談窓口へ苦情を申し立てたあと、相当の期間が経過して、なお解決の見通しがたたないか、第三者の仲介があれば話し合いが進展すると思われる場合に、(中略)公害審査会が紛争解決に努めます」と書かれています。相当な期間が経過すれば十分に拗れているだろうから、そうなったらいよいよこの私が解決に乗り出しましょうということですが、これでは公害紛争処理法の趣旨に反しますし、拗れきった後では紛争の解決もおぼつきません。

 では実際に、公害審査会がどれくらい利用されているかを調べてみると、平成28年度の全国集計で51件にすぎません。東京都については、平成19年度からの10年間で合計39件(うち32件が騒音)ですから、年間平均4件程度です。一方、公害苦情件数は、全国で約7万件(平成28年度)、東京都では約7800件(同)です。これだけの役所への苦情件数があり、東京都の公害審査会が扱った件数が僅か4件なのです。ちなみに、平成28年度に東京警視庁に寄せられた環境関係の苦情件数は約9万6千件にも上り、その中で、騒音苦情件数は約9万5千件であり、比率でいえば98.8%です。更には、騒音が原因で発生した殺人事件、傷害事件の総数は全国で年間千数百件(前回記事参照)と考えられています。全国の公害審査会が扱った件数51件の30倍程度の殺傷事件が発生していることになります。これらの数値は、公害審査会という紛争処理制度が実質的には全く機能していないことを示しています。いや、機能させていないと言った方が正確かもしれません。

 このような現状に対して、公害審査会を機能させるために公害紛争処理法を改正しようという動きもあります。東京第2弁護士会は公害紛争処理法の改正の提言を出し、日弁連では具体的な改正内容の検討を行うプロジェクトも出来ました。公害紛争処理法は制定されてから既に50年が経過していますが、この間、この制度が抜本的に改正されることはなく現在に至っています。しかし、近年の紛争は法律制定時とは質的な変容が大きく進んでおり、そのため制度の見直しの議論が起こっているのです。

 改正の要点の一つは、公害の範囲を広く捉え、市民の利用しやすさを向上させることです。すなわち、従来の「公害」を「環境に係わる被害」と大きく捉えることであり、これにより近隣紛争も対象に含まれることになります。また、二つ目として、この主旨を明確にするために、法令や機関の名称を市民のなじみのあるものに変更しようというものです。一例としては、「公害紛争処理法」を「環境紛争解決法」に、「公害審査会」を「環境紛争審査会」などへの変更です。確かに、このような名称や呼称にすれば、一般市民にとって利用可能なものであるとの認識が広がるかもしれません。しかし、最も大事なことは、自治体の相談窓口が積極的に近隣紛争の解決に取り組む意識を持ち、公害審査会との連携を密にして適正に対応できる体制をつくることであり、法律だけの改正では現状の打破はなかなか難しいように思います。東京都のある区の環境課の担当者にヒアリングをした時も、苦情があっても公害審査会に引き継ぐことは殆どないという答えでした。「7、8年前に1件だけあったが、それも東京都から差し戻された」ということであり、自治体窓口と公害審査会の連携が大きな課題になっていることを感じました。

 3番目のADR法認証事業者は、法律が制定された当時は10事業者程度でしたが、現在は事業者数が150程度まで増加しています。それなりにニーズがあって増加していると考えられますが、その内訳は、司法書士会や行政書士会、社会保険労務士会、土地家屋調査士会などであり、騒音トラブルなどの近隣紛争を扱う事業者はありません。一つだけ、マンション問題を扱うNPO法人がありますが、これまで建物瑕疵の問題などが数件あるだけです。近隣トラブルの解決を考えた場合のADR法認証事業者制度の一番の問題点は、配達証明郵便により当事者へのADRの働きかけを行っても、相手が拒否すればそれで終わりだということです。民事調停のように、呼び出しに対する出頭義務もありませんし、ADR事業者が相手方に話し合いに応じるよう働きかけるという対応もしませんので、拒否されればどうしようもありません。結局、感情的な対立を伴う近隣トラブルに関しては、これは不適な制度と言わざるをえないでしょう。

近隣トラブルは火災と同じ!

 近隣トラブルに対する我が国における社会的紛争解決制度は決して十分なものではありません。そのことによって生じる個人の損失や社会の損失は、トラブル件数や事件数を見れば明らかなように大変に大きなものです。以前の記事(韓国でのマンション騒音殺人事件は典型的なケース、他国の話とスル―できない訳)で示しましたが、心理段階フローにおける初期の「怒り」の段階での、関係修復型の解決法がないことが一番の問題なのです。

 以前にも書きましたが、近隣トラブルは火災と同じです。発生した時にできるだけ素早く消火することが大事ですが、消火設備がないためにどんどん火の手は広がり、最悪は巻き込まれて死亡する人も出てきます。火災が発生しても消火設備がない状態、これが近隣トラブルに関する今の我が国の現状なのです。火災が起こってもひたすら自然鎮火を待つことしか方策がないというのは、あまりにも不幸な社会ではないでしょうか。取り敢えずは、火を出さないよう注意しなければなりませんが、何とか早く消火設備も用意しなければなりません。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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