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騒音トラブル防止のためのマンション選び、子どものいる家庭の6つのチェックポイント

橋本典久騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授
(提供:IngramPublishing/イメージマート)

 マンション選びの3Pとは、プラン(間取り)・プレイス(場所)・プライス(価格)だそうですが、こちらの解説は不動産業者に任せます。一方、マンション・トラブルの3Pとは、ペット・パースン・パーキングと言われています。最近は特に、真ん中のパースン、すなわち人間関係のトラブルが増加しています。

 国土交通省が5年に一度実施している「マンション総合調査」で、マンション毎にトラブルの発生状況を調べた結果では、「建物の不具合に関するもの」(31%)や「費用負担を巡る問題」(26%)などを抑えて、圧倒的に「居住者間の行為、マナーを巡るもの」(56%)が1位でした(平成30年度)。その中で一番多かったのが「生活音に関するトラブル」(38%)で全体の4割近くに上りました。そして、ここでの生活音に関するトラブルの中心は間違いなく上階からの騒音に関するトラブルです。

 上階音のトラブルについてはこれまで色々説明してきましたが、ここではもっとも入り口の話、すなわち、上階音問題から見たマンション選びのチェックポイントについて説明します。もちろん、子どものいる家庭の話です。下の階からの苦情に苛まれているお母さんからの相談は多く、涙ながらに苦しい胸の内を話される人もいます。このような状態にならないように、子どものいる家庭のマンション選びのチェックポイントについて整理しておきます。

写真:milatas/イメージマート

賃貸マンションに入居する場合でも、事前に床の厚みは確認

 最初に物理的な話をしておきましょう。前記事「上階からの騒音トラブルについての「大きな誤解」、お子さんのいる家庭はご確認を!」で説明したように、子どもの走り廻りなどの騒音は、防音マットなどでは殆ど効果はなく、床自体の構造で決まります。建物構造と上階音防止性能の関係ですが、次の順番で性能が悪くなってゆきます。すなわち、RC造(鉄筋コンクリート造)、SRC造(鉄骨鉄筋コンクリート造)>S造(鉄骨造)>W造(木造)です。RC造やSRC造でも、床のコンクリートの厚みで性能が変わりますから、事前に床の厚みを確認することが必要です。分譲マンション購入時には、床や壁の厚みだけでなく、その他の性能について十分にチェックすることでしょうが、賃貸マンションに入居するときでも床の厚みだけは確認してください。不動産屋で分からなくても、管理会社や建設会社には建築の図面が残っているはずですから、そこで聞き出してください。

 最近のマンションはボイドスラブ(中空スラブ)[注:スラブとは平らな板のことです]が使われることが多く、そのため床スラブを厚くすることができ、25~30 cmぐらいの厚みがあります。その分、下の階に音は響きにくく、時間帯などに注意して生活すればそれほど苦情を言われることはありません。しかし、築20~30年程の古いマンションでは床の厚みが15 cmぐらいしかない物件も多く、この場合には、注意して生活していても苦情が発生する可能性はかなり高くなります。できれば床スラブ厚は20 cm以上あるほうが安心です。

 まず、自分の入居しようとしている建物がどの程度の性能があるかを知り、それと自分たちの生活状況、下の階の居住者の情報も考慮して、安心安全に生活できそうかどうかをチェックしてください。

子どものいる家庭は、できれば1階の部屋を選ぶ

 これは説明は不要でしょう。マンションの騒音トラブルでは、上階音のトラブルが圧倒的に多いということを考えれば、そのトラブル防止を優先的に考えることが必要です。また、子どもが遠慮なしに思いっきり走り廻れるということは、マンション暮らしの子育てでは貴重なポイントともいえます。是非、考えてみてください。とはいえ、そうもいかない場合も多いでしょうから、その場合は以下の点をチェックしてください。

下の階が、同じような子どものいる家庭の部屋を選ぶ

 マンション購入の場合には、念入りに下見も行うことでしょう。賃貸住宅に入居する場合も下見が欠かせませんが、特に、下の階の住人がどんな家族構成か、管理人や管理会社に確認しておくことが必要です。入居前には個人情報保護のため情報入手が難しいかもしれませんが、なんとか調べましょう。

 下の階の住人が、同じような年頃の子どもがいる家庭の場合は、上階からの音に対して寛容ですし、何より、入居の挨拶に行ったときから良好な近隣関係を作りやすくなります。同じ小学校に通っている場合などでは、様々なつながりもできてトラブルが発生しにくくなります。友人関係まで発展させることができれば、まず、トラブルになることはありません。以前の調査研究では、相手に好感を持っている場合には、持っていない場合に較べて、騒音を「邪魔だ」と感じる比率が全体で約1/3に、トラブルにつながりやすい「非常に邪魔だ」と感じる比率は約1/9に減るという報告もあります。最近の騒音トラブルは、音そのものより人間関係が原因となっているものが殆どだと言っても過言ではないのです。

長期間、空室になっていた部屋は要注意

 これはトラブルになりやすい状況の一つです。上階の住人が引越ししていなくなれば、当然、上階からの音もなくなり、それほどうるさく感じていなかった場合でも、やはり静かさを謳歌することになります。そんな状況が長期間続き、その状態に慣れてしまった後に上階に新しい家族が入居してくると、今まで以上に上階からの音が気になります。時間が経ってしまったおかげで、以前の住人のときにはこんなにうるさくなかったとまで考えるようになり、次第に上階に対する怒りが醸成されてくることになります。「また出て行ってくれれば静かになるのに」という思いが、いつしか相手をなんとか出て行かせたいという思いに変わることもあります。これまでの事例でも、上階の住民を追い出したくて苦情を言ったり、嫌がらせを行ったりして裁判にまでなったケースもありました。全くの身勝手ですが、それも現実です。その部屋がどれくらいの期間、空室になっていたかは確認しておいたほうが良いでしょう。

下の階が分譲で、上階が賃貸の部屋に入居する場合も要注意

 このパターンもトラブルになりやすい組み合わせです。理由は上記の場合とほぼ同じです。分譲の住居に住む人は、賃貸の人はいずれ出て行く人という意識を持っています。自分たちはここを終の棲家とするつもりで入居しているという妙な権利意識も持っています。そんな考えを持っていると、普通は我慢できる小さな音でも気になってしょうがないという状況になりやすいものです。人間関係もできづらく、一旦苦情が発生するとエスカレートしやすくなり、この場合も裁判に発展したケースがありました。

男女を問わず、下の階が一人暮らしの場合は要注意

 これまでの上階音トラブルの調査や相談では、下の階の住人が一人暮らしというケースはかなり多く、トラブルになりやすい状況だといえます。一人暮らしでは、外部からの音に注意が向きやすく、また、対人意識も厳しくなりがちです。以前実施した東日本大震災の仮設住宅での近隣騒音に関する調査研究結果でも、一人暮らしで孤独感や不安感を強く感じている人ほど隣近所からの音をうるさく感じるという明確な相関関係がみられました。これは、仮設住宅以外でも成り立つのではないかと考えています。もちろん、人それぞれですから、一概に一人暮らしは苦情が出やすいとまではいえませんが、念のため、チェックポイントの一つとして考えておいたほうが良いでしょう。

 子どもがいる家庭のマンション選びのチェックポイントを説明しましたが、複数の条件が当てはまる場合は特に要注意です。近隣騒音問題では、良好な人間関係を作ることが一番のトラブル防止になりますが、上階音に関しても同じです。しかし、そのような関係構築がもともと難しい人がいることも事実です。人の性格は外からでは分かりませんから、安易な期待はしないことです。途中から態度が急変するような状況も多く見られます。一旦トラブルに巻き込まれたときの日々の精神的負担は大変に大きなものであることに想像力を働かせ、くれぐれも事前に十分なチェックを行うことをお薦めします。

騒音問題総合研究所代表、八戸工業大学名誉教授

福井県生まれ。東京工業大学・建築学科を末席で卒業。東京大学より博士(工学)。建設会社技術研究所勤務の後、八戸工業大学大学院教授を経て、八戸工業大学名誉教授。現在は、騒音問題総合研究所代表。1級建築士、環境計量士の資格を有す。元民事調停委員。専門は音環境工学、特に騒音トラブル、建築音響、騒音振動、環境心理。著書に、「2階で子どもを走らせるな!」(光文社新書)、「苦情社会の騒音トラブル学」(新曜社)、「騒音トラブル防止のための近隣騒音訴訟および騒音事件の事例分析」(Amazon)他多数。日本建築学会・学会賞、著作賞、日本音響学会・技術開発賞、等受賞。近隣トラブル解決センターの設立を目指して活動中。

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