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小さな自然再生:地域社会の未来を築く手づくりの力

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
イトウはなだらかな湿原河川にすむ(写真:イメージマート)

地元の仲間たちとDIY感覚で楽しみながら取り組もう

今後、私たちが安全で豊かな暮らしをしていくには、気候変動への対策を行ったり、生物多様性の回復が大切という話を聞く。しかし、テーマが大きくて自分の行動と結びつかない、「何をやっていいかわからない」という人も多いのではないか。

そんな人におすすめしたいのが「小さな自然再生」だ。

自然再生というと大規模な公共事業をイメージするが、「小さな自然再生」は「誰もが参加でき」「自己調達した小規模の資金ででき」「修復と撤去が簡単」(参考:「小さな自然再生サポート」(リバーフロント研究所))。地域の水辺や湿原などを対象に、地元の仲間たちとDIY感覚で楽しみながら取り組もうというものだ。

3月10日(日)、札幌市内(紀伊國屋書店札幌本店)で「小さな自然再生」に関するユニークなトークイベントが行われた。

登壇したのは『水辺の小さな自然再生 人と自然の環を取り戻す』(農文協)の著者である中川大介さん、小さな自然再生を実践してきた河川コンサルタントの岩瀬晴夫さん、北海道大学大学院農学研究院の中村太士さん(生態系管理学)の3名。

まず、中川大介さんが三郎川に設置された「手づくり魚道」の話をした。

北海道、釧路地方の浜中町。1972年、この川に高さ1.5メートルの堰がつくられた。町民は生活用水と農業用水を安定的に確保できるようになったが、棲息するイトウにとっては大きな壁だった。イトウの稚魚は流れがゆるやかな河川にすむ。取水堰はイトウの成長の場である下流域と、繁殖の場である上流域を分断し、上流で稚魚を確認できなくなった。

そうしたなか地元の酪農家、農協職員、環境NPOが立ち上がった。魚道などの設置は河川の工作物を所有、管理する行政が行うのが一般的だが、行政と市民が対話を重ね、許可を受けたうえで、市民による魚道づくりがはじまった。

木枠のなかに土のうと丸太を詰めた「三角水制」という三角柱4基で堰の上流との水位差を縮める。川のなかに魚にとっての補助階段をつくるイメージだ。

2008年の完成当初の三角水制(撮影:中川大介)
2008年の完成当初の三角水制(撮影:中川大介)

2008年10月に魚道が完成すると拍手と歓声が巻き起こった。中川大介さんによると「みんなが1つになった」という一体感が、作業にたずさわった全員に共有されていたという。そして翌2009年春には堰の上流でイトウの親魚8匹と産卵床3か所が確認された。

ものづくりは試行錯誤(失敗)でしか身につかない

このとき魚道づくりの相談にのったのが、2人目の登壇者の岩瀬晴夫さん。岩瀬晴夫さんは1980年代から広がった河川の「近自然工法」「多自然川づくり」に関心を寄せ、多種多様な自然再生のアイデアを試みてきた。

会場で岩瀬晴夫さんは実践の失敗例、成功例を示しながら「見試し」の大切さについて語った。「見試し」とは様子を見ながら試しにやってみて、不都合があれば軌道修正していくこと。

鼎談の様子(著者撮影)
鼎談の様子(著者撮影)

「水辺の小さな自然再生は『川でのものづくり』の1つと考えられます。ものづくりは試行錯誤(失敗)でしか身につきません。失敗とはものが壊れることで、どうしたら壊れにくくなるかは、壊れてみないとわかりません。

現代の公共事業では失敗は許容されませんが、小さな自然再生では『見試し』しながら手を入れ続けることができます。事例を積み重ねることで川づくりの技術基準も変化していくでしょう。

そして、たずさわる人たちはワークショップ感覚で技術を向上させ、自然との向き合い方を学ぶことにつながります」(岩瀬晴夫さん)

たしかに川や湿原などは1つ1つ違う。だからこそ現場で小さな試行錯誤を繰り返す。自然は時々刻々と変化するから、それを観察しながら、手の入れ方を変えていく。小さな自然再生に終わりはない。ずっと楽しむことができる。

必要なのは、かかわる人たちのチーム力

釧路川の支流でも小さな自然再生が行われた。イトウ、サケ、サクラマスなどの遡上を妨げている落差工に魚道を設置した。参加した地元の人たちは胴長靴を身につけて、冷たい水の圧を感じながら、材料を運び、レンチボルトを締め上げ、堰板を組み上げた。

この釧路自然保護協会が取り組んだ魚道づくりは、国の公共事業である釧路湿原再生事業のなかに位置付けられた。小さな自然再生が大きな自然再生の一部になった。地元の人たちが公共事業を先導するかたちで、すばやく低予算で実現させたのである。

3人目の登壇者の中村太士さんは釧路湿原自然再生協議会会長もつとめるが、「行政は予算確保などのルールに縛られ簡単には動けません。住民や民間団体が身近な環境を保全するためにできることから始めます。住民主体の活動は地域の活性化にもつながります」と語った。

中川大介さんの著書のなかで中村太士さんは「小さな自然再生」の意義についてこんな話をしている。

「自然のリズムや摂理に即して、生業を考え直していくことにつながると思っています。私がこの取り組みを評価する理由はそこにあります。生業と自然を分離させず、自然の恵みをもらいながら、時に遊んだりもしながらやっていくほうがまともだし、持続可能なのではないでしょうか」(中村太士さん)

「手づくり魚道はいずれ壊れる。でも、壊れることを否定し、小さな自然再生を否定したら終わりだなと思います。自然の流れに抵抗せず、壊れることも受け入れながら進めるのが小さな自然再生。そこにはコミュニティの力と、地域の技術が必要になります。小さな自然再生に必要なのは、かかわる人たちのチーム力です」(中村太士さん)

小さな自然再生は、気候変動の緩和や適応、生物多様性の回復につながる。これから地球温暖化が進展すると短期間に大量に雨が降るようになると言われるが、そうした雨をしみ込ませたり、受け止めたりする場所を増やすことになる。また、さまざまな生き物がすめる場所を増やすことにもつながる。

そして、登壇者の言葉を聞きながら、小さな自然再生は、いまでは希薄になってしまった地域社会の関係性を回復する力を秘めているのかもしれないと考えた。地元の仲間たちが集まり、行政と対話をしながら試行錯誤を繰り返し、自然と向き合う。そのうちに身の丈にあった自然と向き合えるコミュニティが育まれる。

小さな自然再生は、小さなコミュニティ再生の希望でもある。

もし小さな自然再生に興味をもったら中川大介さんの著作を読んだり、「水辺の小さな自然再生」のウェブサイトを閲覧したりするといい。何かやってみたいと思うようになるはずだ。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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