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風呂の残り水を災害時の飲み水にする「パーソナル浄水場」の実力

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
パーソナル浄水場(著者撮影)

風呂の残り水は4人家族の8日分の飲み水に

 災害などの緊急時、最終的には自分で水を確保しなくてはならない。

 災害に備え、風呂の残り湯をためておくことは重要だ。ただし、これまではトイレを流すなど生活用水としての利用が中心で、飲み水には不適とされてきた。

 NPO法人雨水市民の会(東京都墨田区)の「災害時の飲み水を考えるプロジェクトチーム」は、風呂の残り湯を緊急時の飲み水にする「パーソナル浄水場」を開発した(実用新案/整理番号:U6702 実願2020-003559、提出日:令和 2年 8月21日)。

 プロジェクトチームの柴早苗さん、高橋朝子さん、人見達雄さん、松本正毅さんに、つくり方、使い方、災害時の水に対する考え方を聞いた。

 雨水市民の会は、市民に向け、雨水の活用を普及啓発する団体だ。災害時の飲み水は、ペットボトル水、水道水などの備蓄が一般的だが、雨水も使用できる。降りはじめの雨には空気中の汚れが混じるが、その後は清浄だ。それを雨水タンクにため、衛生的に管理しておけば災害時に使える。

 だが、実際には雨水タンクをもつ家庭はまだ少ないし、集合住宅ではタンクを設置できない。

 そうした家庭で断水が発生した場合、風呂の残り水が頼りになる。風呂水はもともと安全な水道水を使っている。一般的な家庭用のバスタブには水が200リットル入る。残り水の量は各家庭で異なるが、半分の100リットル程度はあるだろう。

 災害時に必要な飲み水の量は1人1日3リットル。100リットルは4人家族の8日分に相当する。

 「ただし、残り水には入浴した人の体の汚れが溶け込むし、時間の経過とともに細菌が発生します。そうした汚れと細菌の除去をするためにパーソナル浄水場を考案しました」(高橋朝子さん)

 プロジェクトチームは2019年12月のエコプロダクツ展(毎年、東京ビッグサイトで開催される環境配慮型製品・サービスに関する一般向け展示会)で、その原型となる「袋の浄水場」を公開した。来場者から大きな反響があり、改良後、実用新案をとって信頼性を高めたものを広めたいと考えるようになった。

パーソナル浄水場は安価で誰もが使える

 パーソナル浄水場のコンセプトは、安価、構造がシンプルで誰もが扱える、災害時を想定し電気や燃料を使わない、安定して繰り返し使えるもの。

 著者はプロジェクトチームの指導のもと実際に作ってみた。用意する材料は下記のとおり。パーソナル浄水場は、1)プレろ過装置、2)本ろ過装置、3)接続・固定装置から構成される。

パーソナル浄水場の材料

1)プレろ過装置の材料

  手さげ付きポリ袋(LDPE 製、厚さ 0.08mm)

  ホルダ:硬質塩ビパイプ(内径 44mm、外径48mm、高さ25mm)

  ろ材:レーヨン系不織布

手さげ付きポリ袋の底に、水漏れしないようにホルダを取り付け、レーヨン系不織布を丸めて棒状にし差し込む(著者撮影)
手さげ付きポリ袋の底に、水漏れしないようにホルダを取り付け、レーヨン系不織布を丸めて棒状にし差し込む(著者撮影)

2)本ろ過装置の材料

  手さげ付きポリ袋(LDPE 製、厚さ 0.08mm)

  カートリッジ接合部材:ステンレス製ホースバンド(51mm)、クッション材

  カートリッジ:クリンスイカートリッジ(活性炭・中空糸膜)

手さげ付きポリ袋にポット型浄水器のカートリッジを水漏れしないように取り付ける(著者撮影)
手さげ付きポリ袋にポット型浄水器のカートリッジを水漏れしないように取り付ける(著者撮影)

3)プレろ過装置と本ろ過装置を接続し、吊り下げるための器具(接続・固定装置)

  ナイロンクランプ(5kg 程度荷重)2個

  ワニ口クリップ 4個

  太さ7mm程度のアクリル紐 2本

アクリル紐にワニ口クリップをつける。アクリル紐で輪をつくりナイロンクランプで挟む。しっかりとした場所に固定する(著者撮影)
アクリル紐にワニ口クリップをつける。アクリル紐で輪をつくりナイロンクランプで挟む。しっかりとした場所に固定する(著者撮影)

 これら3つを接続する。

固定装置にプレろ過装置を接続
固定装置にプレろ過装置を接続
固定装置に本ろ過装置を接続
固定装置に本ろ過装置を接続

 材料からわかるとおり、パーソナル浄水場では2段階のろ過を行う。

 第1段階はプレろ過。手さげ付きポリ袋の底に、水漏れしないようにホルダを取り付ける。そこにレーヨン系不織布を丸めて棒状にし、差し込む。棒状にすることで、水と不織布の接する機会が増え、ろ過効率が高くなる(立体多層膜)。手さげ付きポリ袋は、いざというときにはスーパーのレジ袋で代替できるが、「水の状態を自分の目で確認することが大切」(高橋朝子さん)という理由から、ワークショップでは透明のポリ袋を使用している。

 第1段階のプレろ過装置で簡易ろ過された風呂の残り水は、第2段階の本ろ過装置に入る。

パーソナル浄水場の全体像(著者撮影)
パーソナル浄水場の全体像(著者撮影)

 本ろ過装置は、手さげ付きポリ袋に、ポット型浄水器のカートリッジ(三菱ケミカル・クリンスイ製CPC5W-NWを使用)を水漏れしないように取り付ける。このカートリッジは精密ろ過の中空糸膜で、無加圧、自然流下でろ過速度が早く、長期間の耐久性が認められる(メーカーにとっては目的外使用となるが、雨水市民の会は、情報公開する際に、メーカーに断りを入れている)。

 2段階にろ過された水は、ポリ袋などにたまる。ポリ袋にそのままためておくこともできるが、鍋でもポリタンクでもよい。

一般細菌、大腸菌は完全に取り除くことができた

 では、パーソナル浄水器の実力はどうか。プロジェクトチームは、前日に4人が入浴した風呂の残り水を、パーソナル浄水器でろ過し、水質検査を行った(検査機関:株式会社山梨県環境科学検査センター)。

 その結果、残り水のなかの一般細菌、大腸菌は完全に取り除くことができた。化学的な検査項目のうち、濁度についても完全に0度になった。

 検査結果の詳細(雨水市民の会WEBサイト)

 ただし、水に溶ける塩化物イオンなどはろ過できない。また有機物(全有機炭素の量)については、 水に溶けない分の汚れが取り除かれ、約70%に減少していた。臭気は元の風呂水、ろ過水ともに異常なしだった。

 筆者もパーソナル浄水場を組み立て、前夜に4人が入った風呂の残り水をろ過してみた。

 風呂の残り水は一見透明だが、じっと見ると細かな物質が混じっている。また、独特のにおいもする。しかし、ろ過後には細かな物質やにおいは消え、味にも違和感はなかった。

 プロジェクトチームの人見達雄さんはこう語る。

「中空糸膜は、細菌やカビ、原生動物などをろ過できる。今回使用した中空糸膜カートリッジは、風呂の残り水100リットルをろ過した後も、ろ過器の性能は維持されていました。カタログでは水道水の場合、 3か月でカートリッジの交換を推奨している(推定200リットルろ過可)が、これは活性炭の残留塩素などに対する吸着力が低下することを考慮したもので、それ以上のろ過機能をもっていると考えられます」

災害時の水についてどう考えるか

 高橋朝子さんは、「災害時には一人ひとりが判断して水を飲むことが大切」と強調する。

「中空糸膜カートリッジは、0.1μm(1万分の1ミリメートル)以上の大きさのものをろ過できます。細菌、カビ、胞子、原生動物などが除去できますが、ウィルスは基本的には通過してしまいます。また、膜は目詰まりするまで機能しますが、イオンなどの溶けているものは除去することはできません。活性炭は、色、臭い及び一部の化学物質を吸着しますが、その機能には限界があります。これらのことをふまえて、飲み水にするかどうかを自分で判断する必要があります」

 災害時には水道水レベルの高い安全性をもつ水を手に入れられない場面がある。

 水道水の水質基準は、急性的な病気を引き起こす病原菌や化学物質の混入、長期間飲み続けた場合の慢性毒性、生活用水として使用する際の外観上の問題点(濁り、色、臭い、味など)という観点から構成されている。

 災害時に飲み水がないときは、最も避けたいのは急性毒性であり、次に外観、慢性毒性の順であろう。一般細菌は、環境中どこにでもいる菌で、人間は菌に囲まれて生きている。細菌やウイルスをゼロにすることはできない。こうしたことを考え、自分で判断することとなる。

 また、風呂の残り水を緊急時の水源にするなら日頃から「風呂水をきれいに使う」ことが重要だ。そのためには、入浴剤を控える、風呂のなかで体を洗わない、前洗いをする、体についた石鹸をよく流してから入る、浮いている汚れをすくう、ふたは必ず閉める。

 高橋朝子さんは「水インフラがなくても、一人ひとりが水のことを考え、行動できる力をもてることを目標にしたい」と語りる。雨水市民の会では今後ワークショップを開催しながらパーソナル浄水場を広めていきたいと考えている。

 災害が多発する現在、いざという時にどのように水を確保し、どのように判断して水を飲むかという知恵が求められている。

参考資料

 「身近な水からサバイバル飲み水を得る試み〜市販の中空糸膜カートリッジを応用して」(柴早苗・高橋朝子・人見達雄)

 「サバイバル飲み水(2)・風呂の残り水」(雨水市民の会Webサイト、2020年10月5日最終確認)

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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