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「世界水の日」レポート「気候変動対策の予算が少なすぎ」SDGs6とSDGs13の双子の関係

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
安全な水と気候変動は双子(SDGsロゴ、いらすとやイラストを著者が構成)

年間1人当たりの支援額が100円に満たない気候変動脆弱国も

 開発途上国の水と衛生を支援する国際NGOウォーターエイドが、3月22日の「世界水の日」を前に、報告書「気候変動対策の少なすぎる予算」を公開。気候変動対策の資金が、気候変動への対応力が弱い国に十分に行き渡っていない現状について報告している。

 ウォーターエイドは、2030年までにすべての人が安全な水とトイレを利用できる世界を目指し、貧困下で生活する人びとの水と衛生状況改善に専門的に取り組む国際 NGO 。1981年にロンドンで設立され、2020年現在、34か国で水と衛生の支援を行っている。2013年には日本法人ウォーターエイドジャパンが設立されている。

報告書概要「気候変動対策の少なすぎる予算が明らかに~年間1人当たりの支援額が1ポンドに満たない気候変動脆弱国も」

報告書全文(英文)Short-changed on climate change

Short-changed on climate change
Short-changed on climate change

 じつは今年の「世界水の日」(3月22日)のテーマも「水と気候変動」。

国連の水機関/UN-WATER WEBサイトより
国連の水機関/UN-WATER WEBサイトより

 水と気候変動には大きな関係がある。持続可能な開発目標(SDGs)のなかでは安全な水と衛生はゴール6、気候変動への対策はゴール13とされているが、この2つは双子の目標といっても過言ではない。なぜか?

 水の多い場所では気温が上がると、空気中の水蒸気の量が増え、湿度が高くなる。湿度が高くなると強い雨が頻繁に降り、洪水が増える。洪水は糞尿など汚染物質とともに居住地域の水源を襲う。そのため居住地域や水源が不衛生になり、水に困るようになる。

 水の少ない場所では気温が上がることによって、土に含まれている水分が蒸発しやすくなるため、さらに乾燥が進み、水不足や干ばつが起こりやすくなる。その結果、水の奪い合いがはじまる。地域同士の争いや国境を越えた緊張につながる可能性もある。

今年はメコン川の水量が少なく流域国の関係の緊迫化が懸念される(著者がヴィエンチャンにて撮影)
今年はメコン川の水量が少なく流域国の関係の緊迫化が懸念される(著者がヴィエンチャンにて撮影)

 日本でも上記のような影響はすでにはじまっており、昨年は台風19号の被害によって「多過ぎる水」に苦しめられたし、今年は全国的な雪不足から夏場の渇水が懸念されている。

(参考記事)

Yahoo!ニュース「「八ッ場ダムが氾濫を防いだ」は本当? 次の台風に備える5つの課題」

Yahoo!ニュース「東京オリンピック、2回目も渇水の可能性。スキー場の営業休止は水不足のサイン」

 ただ、気候変動の影響を受けている日本で、社会生活が長期間ストップしてしまうほどの影響が出ないのは、上水道、下水道が整備されているからである。すなわち上下水道インフラの未整備な国や地域ほど、気候変動の影響を大きく受け、洪水や渇水から立ち上がる時間もかかる。

 目標6-1「2030年までに、すべての人々の、安全で安価な飲料水の普遍的かつ平等なアクセスを達成する」と、目標13-1「すべての国々において、気候関連災害や自然災害に対する強靭性(レジリエンス)及び適応性を強化する」は同時に達成するものだ。だが、この関係性を明確に理解している人は少なく、対策が迷走するケースがある。

 ウォーターエイドのレポートでは、「気候変動の影響が今後激しくなり、渇水や洪水が繰り返し発生すると予想される」としたうえで、

* 世界の貧しい国のほとんどは気候変動への対応力が弱い

* 気候変動への対策には安全な水が必要であるが現状の水アクセスレベルは低い

* 気候変動への対応力が弱い国への気候資金の分配が低い

 と指摘している。

気候資金とは何か?

 気候資金とは、以下の2つを実施するための資金である。

1)温室効果ガスの排出を抑制する緩和策

2)気候変動による影響に備えるための適応策

 気候資金の種類はさまざまで、多国間気候資金、2か国間クレジット制度、プライベート基金などがある。

 多国間気候資金についていうと、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)では、条約の実施を支援するため、条約の資金メカニズムが設置されている。代表的なものは、第16回締約国会議(COP16)で立ち上げが決定された「緑の気候基金」(Green Climate Fund: GCF)だろう。日本は理事国、理事代理国である。

 「緑の気候基金」設立時の初期拠出(2015-2018年)では、43か国の政府および都市・地域からの拠出表明総額は103億ドルであり、そのうち日本は15億ドルの拠出表明を行った。その後行われた第1次増資(2020-2023年)では、28か国が97.8億ドルの拠出を表明し、そのうち日本は15億ドルの拠出表明を行った。

 では「緑の気候資金」はどのように使われているか。これまで合計124件の案件(適応分野案件は56件、緩和分野案件は36件、適応・緩和の両方に資する案件は32件)が採択されている。このなかには、三菱UFJ銀行による第1号案件(チリにおける太陽光・揚水水力発電)も含まれる。

 「緑の気候資金」による資金支援を決定する際には、以下の6点が考慮される。

・インパクト:対象となる支援プロジェクトがGCFの目的や成果分野を達成するために貢献する潜在性があるか。

・パラダイムシフト:支援活動が当該プロジェクトや投資を超えて影響をもたらすか。

・持続可能な開発の潜在性:より幅広い利益と優先事項があるか。

・被支援国のニーズ:受益国と受益者の脆弱性と資金ニーズがあるか。

・カントリー・オーナーシップ:受益国によるオーナーシップと当該プロジェクトの実施能力があるか。

・効率性及び効果:対象となるプロジェクトが経済面・資金面で健全であるか。

脆弱国への少なすぎる分配

 今回のレポートでウォーターエイドが指摘しているのは、気候変動資金総額が不十分であること、気候変動への対応力の弱い国への配分の少なさである。

 気候変動への対応力の弱い国は、ノートルダム・グローバル適応力指数(Notre Dame Global Adaptation Index)による。この指数は、気候変動が食料と水の利用可能性や国家の健全さ、インフラ、エコシステムにどのような影響を与えるかを調査し、国が経済的、政治的、社会的に気候変動に対して備えができているかどうかを評価するものだ。

インドで水をくむ女性(WaterAid/ James McCauley)
インドで水をくむ女性(WaterAid/ James McCauley)

 この水くみをする女性の写真はインドで撮影された。インドのノートルダム・グローバル適応力指数は、「気候変動に最も脆弱で気候変動への適応が最も進んでいない国、上位38%」にランクされている。農村部の6340万人が清浄な水を利用できないし、コミュニティの大部分(90%)は野外排泄を行っているので、雨季になると村は人間の排泄物で汚染される。気候変動によって気温が上昇すれば、この状況はさらに悪くなる。

 レポートのなかでは、ノートルダム・グローバル適応力指数のランキングで第7位となっているスーダンについて触れられている。スーダンは緩和策と適応策とを合わせて受け取っている資金は年間1人当たり約144円だった。

 国土の大半は北のサハラ砂漠から続く砂漠地域。北部ほど雨量が少なくエジプト国境付近では25ミリ以下。人口のおよそ40%が家の近くで清潔な水を手に入れられない環境で生活している。水道の恩恵を受けられていない小さな村落では、直接川から水をくんで利用しているところも多い。しかし川には、人や家畜の排泄物を含む様々なものが流れこんでいる。人々は、感染症の危険は理解していますが、他に選択肢がないために、不衛生な水を飲まざるを得ない。スーダンでも気候変動は大きく近年は降水量が少ない。

 気候変動の適応のカギを握るのが、前述したように、安全な水へのアクセスである。

 2030年までに、世界の安全な水と衛生に関する持続可能な開発目標(SDGゴール6)を達成するには、低所得および中所得国に年間1980億米ドルの費用が必要であり、それこそが気候変動への具体的な対策(SDGゴール13)に繋がる。信頼性の高い給水サービスが機能していることは、現在および将来の気候変動の影響に対する重要な防御となるためだ。

 しかし、政府の気候変動対策担当者のなかには、この「双子の関係」への理解が乏しいケースがあり、そのため適切な資金配分がされない。ウォーターエイドのレポートでは水アクセスと気候資金の関係を分析している。

マリ(WaterAid/ Basile Ouedraogo)
マリ(WaterAid/ Basile Ouedraogo)

 自宅あるいは近所で水を手に入れられない人の割合が10%を超える国々についてみると、その半数の国で、気候変動に適応した水・衛生水道サービスを整備するために得ている資金は年間1人当たり1ドル(約108円)未満。

 自宅あるいは近所で水を手に入れられる人の数が最も少ない10カ国についてみると、気候変動に適応した水・衛生を整備するために得ている資金は平均で、年間1人当たり0.83ドル(約90円)だった。

 こうした状況を変えなければ、気候変動の影響をすぐにでも受け、命の危険にさらされる人が数多くいることを私たちは認識すべきだろう。レポートのまとめとして、ウォーターエイドは3つの改善を提言している。

1 優先順位の改善

 各国政府は、気候変動対策の重要な尺度として、安全な水へのアクセスを入れること。

 持続可能で適切に管理された水道サービスを国民に提供すること。

2 資金面での改善

 各国政府は、気候資金の量を10倍に増やし、気候の影響に対処する能力を高める。

 最貧国が効果的な気候変動に強い水道サービスがつくれるような資金をつくる。

3 人材面での改善

 各国政府は、気候変動に対応するための実行可能な戦略を策定する必要があり、政策立案者、技術者、計画立案者、建設者、水道サービスの建設・維持管理担当者を育成する。

 3月22日の「世界水の日」には気候変動と水の関係について考えてみたいものだ。日本は「緑の気候資金」の拠出国であり、その使用方法について深く考え発言すべきである。同時に、日本も年々深刻になるであろう気候変動に対し、水循環の健全化という視点で、対策を急がねばならない。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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