「八ッ場ダムが氾濫を防いだ」は本当? 次の台風に備える5つの課題

2011年以降台風は発生数も上陸数も増加(気象庁データ)

 NHKの報道によると台風19号の被害状況は「77人死亡 68河川で決壊 全容は不明」(10月17日)。時間が経つにつれ深刻な状況が浮かび上がっている。

 台風は年間平均24.3個発生し、3個上陸している(気象庁データ/2001年~2018年の平均)。2011年以降は発生数も上陸数も増加傾向にある。つまり、今年もまだ台風が発生する可能性は高いし、上陸するかもしれない。現在のように水甕も満ぱい、河川の水もいっぱいという状況で台風が来る可能性がある。

 台風19号時にはさまざまな課題が浮き彫りになった。それに対応することは急務だろう。今回は以下の5点について考えてみたい。

 1.豪雨に対しどのような治水施設が機能したか

 2.ダムの管理方法(1)事前の放流はどのように行われたか

 3.ダムの管理方法(2)緊急放流はどのように行われたか

 4.情報の共有は十分だったか

 5.気候の変動に対してどのように対応すべきか

 すぐにできるもの、時間がかかるものがあるが、豪雨災害は待ってくれない。情報共有の改善などはすぐにできることだろう。

1.豪雨に対しどのような治水施設が機能したか

 「八ッ場ダムが首都圏を救った」「利根川が氾濫しなくて済んだ」という礼賛がSNSで拡散された。

 実際はどうだったのか。八ッ場ダムは10月1日に試験湛水(ダムの完成後、実際にダムに水を貯めて、堤体、基礎岩盤、貯水池斜面などの安全性を確認する)を始めた。

 ダムとは流域内に設置された水甕のようなものだ。この水甕には、主に利水と治水という2つの役割がある。いずれの場合も水甕の大きさを決めることが大事になる。治水ということで言えば、基本となるのは、基本高水と基本高水流量だ。

 簡単に言えば、基本高水とは、流域に降る雨の量であり、基本高水流量とは、流域に降った雨がそのまま川に流れ出た場合の流量だ。これによって水甕の大きさを決めるわけだが、実際にはたやすいことではない。周囲の自然環境や人工物の影響によって変わる。ダム建設の議論ではこの部分が中心になる。

 さて、八ッ場ダムでは試験湛水開始にともない、空っぽの水甕にゆっくりと水が入っていった。水位が少しずつ上昇し、白糸の滝周辺の景勝地、瀧見橋の橋桁、鉄道ファンに人気のトラス橋、旧国道の八ッ場大橋、千歳新橋などが水の中に沈んでいった。

 そして、さらにゆっくりと水位を上げていく計画だった。

 ところが、台風19号の襲来で状況が一変した。試験中のダムが本格稼働したのである。

 国土交通省関東地方整備局の発表(「令和元年台風19号における八ッ場ダムの試験湛水状況について」)によると、台風19号の降雨(10月11日2時~13日5時)により、

・総貯留量約7500万立方メートル、最大流入量約2500立方メートル/秒を貯め込み

・ダムの貯水池は518.8メートルから573.2メートルまで約54メートル水位が上昇

とある。

 国土交通省関東整備局によると八ッ場ダムの洪水調節容量は6500立方メートルなので、7500万立方メートルの貯留は実力以上。平常時であれば水甕はすでにいっぱいになり緊急放水が行われていた可能性がある(「緊急放水」については後述)。

 また、流域内の治水ということを考えると、1つの施設が能力発揮し、利根川の洪水を防いだとは言えない。

 流域内のどこに雨が降り、どのように水が流れ、どこで緩和されたのかという視点が不可欠だ。森林の状況、土地利用、そのほかのダムや遊水池の状況によっても変わってくる。流域全体が豪雨でも、ダム上流に雨が降らなかったら水を貯められないし、反対に満ぱいまで貯めても、河川流量のピークと合わなければ、洪水調節効果は限定的になる。

 利根川流域の水を貯めるということであれば、渡良瀬遊水地などの存在も見逃せない。調整池は通常、湿原、草原で希少動物の住処になっているが、雨で川の水が急増すると、その一部を貯めて下流に流れる量を少なくする役割を持つ。

渡良瀬遊水地(著者撮影)
渡良瀬遊水地(著者撮影)

 台風19号の際には、ここに大量の濁流が流れ込んだ。

 渡良瀬遊水地の貯水容量は東京ドーム140杯分に当たる約1億7000万立法メートル。そこが9割程度、満たされた。ここで水を蓄えていなかったら、利根川の水量が増加し、下流域の被害が大きくなっていたことだろう。

 遊水池が機能したのは利根川だけではない。荒川の調整池である彩湖、鶴見川の鶴見川多目的遊水地もだ。後者の受け入れによりラグビーワールドカップの試合も開催できた。多摩川には遊水池はないが、河川敷につくられた多くの調整池が機能した。

 流域内にはさまざまな「水をあふれさせる」施設がある。

ダムの管理方法(1)事前の放流はどのように行われたか

 ダムという水甕には決まった容量がある。それ以上は貯められない。より多くの雨の備えたいなら、事前に空き容量を増やしておく必要がある。

ダムの放流(著者撮影)
ダムの放流(著者撮影)

 台風が関東地方に上陸する前日である10月11日、東京都水道局のTwitterで次のような情報発信があった。

「【注意喚起】台風19号の影響に伴い、小河内ダムの貯水量が増加すると予想されるため、10月11日(金)14時から、余水吐を用いて、小河内ダムの放流量を増加させる予定です。これに伴い多摩川の河川水位が上昇するおそれがありますので、多摩川に近づかないようにしてください」

 これがダムの空き容量を増やす作業で「洪水貯留操作」という。

 行ったのは小河内ダムだけではない。国土交通省「川の防災情報/ダム放流通知発表地域図」によれば、10月11日には荒川流域、利根川流域、鶴見川流域のダムで「洪水貯留操作」が行われている。

 10月12日には以下の発表があった。

「小河内ダムでは、台風19号に伴う降雨により貯水量の増加を踏まえ、10月11日14時より余水吐からの放流を行っております。10月12日の最大の余水吐放流量について、当初、毎秒579立方メートル程度と見込んでおりましたが、最新の降雨予測を踏まえると、10月12日18時以降、毎秒729立方メートル程度となる見込みです。この結果、合計放流量は発電放流と合わせて毎秒750立方メートルとなります。これに伴い、多摩川の河川水位が上昇する恐れがありますので、多摩川に近づかないようにしてください」

 事前に放流することで、ダムの空き容量は増えて、治水能力は高まる。だが水の放流を行えば、河川の水位を上昇させてしまう。放流のタイミングは非常に難しい。

 また、4の情報共有に関することだが、「多摩川に近づくな」というメッセージで、市民に何を伝えようとしていたのか。もう少し説明が必要だったのではないか。

3.ダムの管理方法(2)緊急放流はどのように行われたか

 台風19号の接近に伴う大雨でダムの水位が上がっていることを受け、関東甲信越と東北地方の6つのダムで緊急放流が行われた。

ダムの放流(著者撮影)
ダムの放流(著者撮影)

 緊急放流とは、水甕の容量がいっぱいになったので、ここから先、水甕に入ってくる水をそのまま流す、ということ。これ以上ダムに水を貯められない時に、ダムに流れこんでくる水を下流に流す操作で、下流で水害が起きる可能性がある。

 2018年、西日本豪雨の際には、愛媛県肱川上流の野村ダムで緊急放流が行われ、8人が死亡、3000棟が浸水被害を受けた。

 そこで2019年6月、操作規則が変更された。大雨に備えて事前の放水量を増やし、ダムの空き容量を増やすようにし、また、緊急放流を行う際には、流域住民へ避難を促すために原則3時間前に周知することになった。

 ところが、今回、緊急放流を行ったダム(美和ダム(長野県伊那市)、竜神ダム(茨城県常陸太田市)、水沼ダム(同県北茨城市)、城山ダム、塩原ダム(栃木県那須塩原市)、高柴ダム(福島県いわき市))では、事前の放水を行っていなかった。

 塩原ダムでは緊急放流との関係性は不明だが、下流の茨城県内3カ所で決壊が確認された。

4.情報の共有は十分だったか

 情報発信にも課題を残した。那珂川の氾濫情報を国土交通省が発表しなかったのは言語道断だが、ダム情報についても課題があった。

 1つには情報が二転三転したこと。もう1つは情報を受け取ってもどう行動していいかわからないこと。

 城山ダムで緊急放流が行われるまでの経緯をまとめると以下になる。

 ・12日午後1時過ぎ 午後5時から緊急放流と周知

 ・雨量が予想を下回り、午後4時に緊急放流の延期を周知

 ・雨量が強まり、午後9時に午後10時から緊急放流と周知

 ・雨量が強まり、午後9時30分に緊急放流開始

 上流域の雨量が予測できないためにこうなったが、流域の自治体、市民は大いに困惑した。最終的には周知した10時より30分早く放流され大変危険だ。

 反対に、緊急放流をすると発表されたものの、実際にはされなかったダムがある。下久保ダム、川俣ダム、川治ダム、草木ダムなどだ。

 この情報を市民はさまざまに受け取った。

「緊急放流しなくなったということは、川はもう氾濫しないんですよね」

 という人もいたが、まったく別の話である。また、

「緊急放流が決まったら避難しよう」

 と決めていた人もいた。この人は結局、避難しなかった。

 緊急放流情報を市民がどう受け止めればいいかは、「川に近づかないように」以外は示されることはなかった。

 今後はダムの管理運営方法も見直す必要がある。

 事前放流や緊急放流の決断が遅れるのは、水利用者に迷惑がかかる可能性を考えてのことだ。

 水甕に貯まった水は、生活用水、農業用水、工業用水などに使われる。

 利水を考えれば水甕の水は多いほうがいい。一方で、これまで述べてきたように、治水を考えれば水甕の水が少ないほうがいい。

 事前放流を増やしたくても、上流域の正確な降水予測ができないので、水利用者に迷惑がかかる可能性もある。だが、命に直結する治水を優先させることを検討すべきだろう。

 洪水期と非洪水期の見直しも必要ではないか。ダムに水を貯める量は、洪水期(7月1日~9月30日頃)と非洪水期(10月1日~6月30日頃)で異なる。たとえば下久保ダムは洪水期8500万トン、非洪水期1億2000万トンが上限となっている。

5.気候の変動に対してどのように対応すべきか

 今回の台風は「これまでにない」「特別なもの」ではない。地球温暖化で海水温が上がり台風はエネルギーを蓄える。温暖化は大気の流れを緩やかにし台風の移動スピードは遅くなる。それは長期間に渡って豪雨が降り続くことを意味する。そして、今回のような規模の台風が時間をあけずに襲来する可能性もある。

 ダムは流域に点在する水甕であり、容量以上の雨が降ればあふれる。そのほかの施設についても同様だ。

 豪雨とともにダムに大量の土砂が流れ込めば、ダムの底は次第に上がり、器自体も小さくなっていく。

 「全国のダムの堆砂状況」(国土交通省/平成28年)

「全国のダムの堆砂状況」(国土交通省/平成28年)
「全国のダムの堆砂状況」(国土交通省/平成28年)

 では、どんな考え方が必要だろうか。

 戦国時代、領主は治水に力を入れた。基幹産業は稲作だから、安全に米作りができ、収量が安定すれば精神的、経済的に地侍は豊かになる。領内の経済的活力が大きくなり、領主の勢力安定と増強につながる。この時代の治水名人といえば、武田信玄、加藤清正、成富兵庫茂安があげられるが、彼らの事業から現代に応用できることが3つある。

 ・水を集めるのではなく分散させる

 ・川は溢れることを前提にする

 ・流域全体を使って対策を考える

 近代の洪水対策は、降った雨をなるべく早く川に集め、海まで流すことを目指した。そのためダムを建設し、下水道を整備し、長く高い堤防を築いた。

 しかし、調整池や遊水池などに水を溢れさせることで水の勢いを弱めることはできる。今回氾濫した場所はこうした施設をつくる候補になるのかもしれない。広いスペースがあれば、比較的大きな雨水貯留施設も設置できる。こうした対策を自治体の枠を越え、流域全体を俯瞰して総合的に進める必要がある。

 いにしえの知恵は自然の力を認めたうえで、それに抗うことなく、柔軟に対応しようというものだった。剛強な水にしなやかに対応する方法を現代版に改良する。

 そしてもっとも重要なのは、市民一人ひとりの経験値を上げていくこと。国や自治体だけにまかせるのではなく、豪雨や洪水に対する知識と行動を身につけていくことだろう。

 沖縄を取材し、豪雨に強い暮らし方のヒントを探したことがある。

 家が鉄筋、飛ばされそうなものを屋上や外におかない、台風が来たら断固外出しない(会社や学校は休み)、低い場所に住んでいる人は高い所へ避難、食料と酒をばっちり買いだめ、ビデオを何本もレンタルし、ときには家の中で宴会が開かれることもあるのだという。

 だが総じて言えたのは、台風に対する対応力が高いこと。普通の人でも「今度の台風は◯◯ヘクトパスカルだから大丈夫だろう」、「今度の台風は◯◯ヘクトパスカルだから、早く食料品を準備しよう」などと予測し、その精度が高い。台風の勢力に応じて何をすべきかがわかっていた。

 私たちもこうなる必要がある。