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ITと呪いで軍政トップの弱点を突け 新たな手法で民主化求めるミャンマーの20代

舟越美夏ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表
ヤンゴンで、国軍によるクーデターに抗議する若者(2月18日)(写真:ロイター/アフロ)

 ミャンマー国軍が、クーデターで全権を握ってから3週間近くが過ぎた。国軍は法律の一部を停止して令状なしでの逮捕を可能にするなど運動への締め付けを強め、恩赦を与えた多数の元受刑者を治安部隊に投入するのではとの憶測も飛び交っている。しかし「絶対に軍政時代に戻りたくない」と始まった「市民の不服従運動」は世代や職種を超え拡大する一方だ。公務員の一部は抗議の意を示して登庁せず、商業銀行はATMを除いて業務停止となり、鉄道にも運休が出ている。それでも市民から不満は上がっていないという。

 1988年と2007年に起きた大規模な反政府デモでは、いずれも国軍は銃を市民に向け流血の惨事となった。その過去を知る20代は、治安部隊や国軍との正面衝突を避けながら、様々な手段で連帯をアピールする。中でも国軍トップを警戒させているのは、「古い世代」の弱点を突くグループの手法だ。

 ミャンマーでインターネットが公に解禁になったのはここ十年ほどのことだが、それにもかかわらず、若者たちのITに関する能力は他国の若者に引けを取らない。インターネットを駆使してクーデターに抗う「キーボード戦士」と呼ばれるグループは、運動で何が起きているのか、国軍がどんな作戦を立てようとしているのか、など詳細な情報を素早くインターネットで流し、「国営メディアの情報よりも正確だ」と評価されている。先日は、情報省のウェブサイトをハッキングし、民主化を求める運動のシンボル「3本指を立てた手」を設置し「クーデターを拒否する」と書いた。

ハッキングされ、民主主義を求めるシンボル画像と「民主主義を求める」「国軍クーデターを拒否する」「ミャンマーに正義を」の言葉が設置された情報省のウェブサイト(ヤンゴンから筆者が入手した写真)
ハッキングされ、民主主義を求めるシンボル画像と「民主主義を求める」「国軍クーデターを拒否する」「ミャンマーに正義を」の言葉が設置された情報省のウェブサイト(ヤンゴンから筆者が入手した写真)

国軍トップの「迷信深さ」を利用

 国軍トップを震え上がらせたのは、心理戦を仕掛けているグループだ。ミャンマーの人々にとって占星術や「魔術」は日常的なもので、大切な決断をする時には占い師を訪れることもよくある。権力や利権を手にし、それにしがみつきたい国軍上層部とその妻はことさら迷信深く、何かにつけ占いに頼ることは国民に知られている。ミャンマーの首都が2006年にヤンゴンからネピドーに変わったその理由も、当時軍政トップだったタン・シュエのお抱え占星術師の指示によるものだったと、市民の間では言われている。

 そんな国軍トップの弱点を突き、心理的な揺さぶりを掛けようと始まったのが「国民呪い運動」だ。中心になっているのは20代半ばの占星術師ヘイン・ミン・アウン。6年ほど前から、「新たな年」の行方として発表する「予測」が当たると評判になり、セレブ級の人気を誇るようになった。「2021年の出来事」として発表された予測には、「政変」「古い顔が再び表に出る」「世界はミャンマーの魔術の力を目撃するだろう」などが含まれ、注目された。

 ヘイン・ミン・アウンはクーデターが起きた3日後の2月4日、軍事政権の失脚を願う「国民呪い運動」をフェイスブックで立ち上げ、市民に参加を呼び掛けた。

 「彼らは占星術や迷信、魔術の力を極端に信じているのだ。何が彼らを怖がらせるのか、私たちはよく分かっている。呪い運動を共にはじめよう」

軍政失脚を願う「国民呪いの運動」への参加を呼びかけるヘイン・ミン・アウン(左奥)ら(フェイスブックより筆者作成)
軍政失脚を願う「国民呪いの運動」への参加を呼びかけるヘイン・ミン・アウン(左奥)ら(フェイスブックより筆者作成)

 国軍に逮捕されることは織り込み済みだったようで、ヘイン・ミン・アウンはこうも書き込んでいる。

 「あなた(国軍トップ)はわれわれを逮捕すれば、この運動を止められると思っているのだろうか?われわれは、あなたよりも未来を見通すことができる。何をするべきか、市民は理解している」

 「人々を苦しめる悪の独裁者が終わりを迎える日は遠くない」

 「今月の終わりまでに市民は良いニュースを耳にするだろう。軍政トップのミン・アウン・フラインを支持する国軍部隊は、炎に直面するだろう」

 「クーデターに対する戦いをやめるな」

 フェイスブックには9本のナイフの上に蝋燭を灯して「独裁者を地獄に送る」呪いの方法を示す複数の写真も投稿され、千回以上シェアされた。国軍はヘイン・ミン・アウンを12日に逮捕したが、そのこと自体が軍政トップが本気で「呪い運動」を恐れていることを示したと言えるだろう。

 不服従運動が今後どう展開するか、国軍が過去のように締め付けをエスカレートさせ流血の事態となるか。予断は許さないが、若者たちが繰り出す戦略に注目していきたい。

 「彼らはデモの後、現場に散らかったペットボトルやゴミを拾って片付けているんだ」。2007年の運動に参加した世代の男性は誇らしげに語っている。

ヤンゴンで、デモ終了後にゴミを収拾する若者たち(現地から筆者が入手した写真)
ヤンゴンで、デモ終了後にゴミを収拾する若者たち(現地から筆者が入手した写真)

(敬称略)

ジャーナリスト、アジア政経社会フォーラム(APES)共同代表

元共同通信社記者。2000年代にプノンペン、ハノイ、マニラの各支局長を歴任し、その期間に西はアフガニスタン、東は米領グアムまでの各地で戦争、災害、枯葉剤問題、性的マイノリティーなどを取材。東京本社帰任後、ロシア、アフリカ、欧米に取材範囲を広げ、チェルノブイリ、エボラ出血熱、女性問題なども取材。著書「人はなぜ人を殺したのか ポル・ポト派語る」(毎日新聞社)、「愛を知ったのは処刑に駆り立てられる日々の後だった」(河出書房新社)、トルコ南東部クルド人虐殺「その虐殺は皆で見なかったことにした」(同)。朝日新聞withPlanetに参加中https://www.asahi.com/withplanet/

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