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大震災の最後の砦、「災害医療」の実力は?

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:ロイター/アフロ)

 災害時に多くの人の命を救ってくれる医療の現状を考えてみます。

医師の数

 平成26年度に行われた厚生労働省の調査によれば、平成 26 年 12 月 31 日現在における全国の届出「医師」は311,205 人、「歯科医師」は103,972 人、「薬剤師」288,151 人になっています。これから、我が国ででは、医師は概ね人口400人に一人いることになります。

 医師の約8割は男性ですが、若い医師ほど女性比率が高く、20代では1/3以上を占めています。また、約95%の医師が医療施設に従事しており、63%は病院で、33%は診療所に勤務しています。病院に勤めている医師のうち、約1/4の医師は大学病院などに勤務しています。かつては、診療所の医師の方が多かったのですが、今では病院勤務医の方が多くなっています。

 医師の数は地域差があって、人口当たりの医師数が多いのは東京や京都です。西日本の医師は東日本に比べ随分多いようです。医師数が少ないのは、東京を除く首都圏や東海地域です。効率を重視しているのでしょうか。お医者さんの平均年齢は、病院勤務医は44才くらい、診療所医師は概ね60才くらいで、病院勤務医を終えて町のお医者さんになる様子が見えてきます。とはいえ、病院勤務医の平均年齢が徐々に高齢化してきています。

 診療科別では主たる診療科が内科の医師は61,373人で最も多く、外科は28,043人、救急科は3,011人となっています。残念ですが、災害時に大きな役割を果たす外科医の数は減少気味です。

救急出動の数

 平成28年4月時点の救急隊数は全国で5,090隊、救急隊員は61,053人です。平成27年には、この人数で、救急出動件数 605万4,815件、搬送人員数547万8,370人の対応をしました。毎日、1万6千人余りの人を、5千程度の救急隊で対応していたことになります。各救急隊は毎日3回以上出動していることになります。

 名古屋市の場合は、人口230万人余に対し、40台の救急車で年間12万の救急出動をしています。救急隊1隊当たり1日8回と、全国平均の倍以上の出動回数になっており、ギリギリの運用になっていることが分かります。

 こういった状態で、大規模震災にどの程度の対応ができるか少し不安になります。

救急病院の実態

 最近、病院にしばらくお世話になる機会があり、名古屋市内の中核的災害拠点病院に10日間ほど滞在しました。この病院の病床数は約800床、名古屋有数の病院で、名古屋市内の病床数16,223床の5%に相当します。救急車受け入れ台数は年間約1万台で、名古屋市全体の1割程度を担っています。また、救急受け入れ患者は4万5千人で、これだけの患者を、医師約300人、薬剤師約50人、技師約200人、看護士約1000人、事務約250人、計1800人余で対応しています。

 医師のうち約50人は外科医で、この人数は名古屋市全体の外科医数の1割を占めます。一日当たり30台の救急車ですから、病室ではひっきりなしにサイレンを聞くことになります。勤務は2交替で、夜勤は長時間勤務になります。このため、常時は300人程度の看護士が勤務していることになり、相当な重労働です。これだけ余裕のない病院が、大規模災害のとき、どれだけの治療ができるのか、思わず考え込んでしまいました。そのこともあり、患者さんの選別、トリアージが大切になると実感しました。

病院内の対策

 入院患者はバーコードのついた腕輪を常時付け、このバーコードで患者が認識され、全ての治療状況が即時にサーバーにデータ送付されているようでした。そのときに使うのはタブレット端末です。とても便利なシステムだと感じられましたが、万が一、サーバーがダウンしたときは大混乱に陥るだろうと思います。停電時の非常用電源や、サーバー類の代替、データのバックアップなどの大切さが改めて実感されました。

 病室には、酸素吸入など種々の設備が付属されていました。冷蔵庫やテレビなども完備されて快適な病室でしたが、什器の固定は完全ではありませんでした。点滴スタンドはキャスター付きで、ロックができないものだったので、ちょっと不安を感じました。また、廊下などにも移動しやすい医療器具が置かれていました。

 多くの什器は固定されていましたが、全てという訳ではありませんでした。病院機能の維持には、医療関係者が怪我をせず、情報システムを含む医療設備・機器が無損傷で、患者を守れていることが前提となります。さらに、電気、水、酸素が病院機能維持に不可欠になります。とくに透析治療を行うには大量の水が必要です。さらに、医薬品やリネンなどのサプライも確保する必要があります。ライフライン、道路インフラ、物流などを確保できることが医療活動継続には欠かせません。

病院の立地条件

 名古屋を例にとると、災害拠点病院の約半数は浸水危険度の高いところに立地しています。こういった場所では、医療機能を継続するには様々な困難を伴います。おそらく、日本中同じような状況だと思われます。医療機能を維持することが難しい場合には、他の医療機関をサポートできるようにできると良いと思います。まずは、災害拠点病院の立地場所をちゃんと考えておきたいと思います。

災害医療の限界

 災害医療のために、DMAT(Japan Disaster Medical Assistance Team)「災害急性期に活動できる機動性を持ったトレーニングを受けた医療チーム」という制度が整備されています。ですが、平成22年3月末時点では、全国703チーム、約4300人の隊員で、医師はそのうち1500人程度ですから、大規模災害時には、医療対応には限界があると思われます。ことを踏まえ、できるかぎり、被災地域での医療機能を継続することとと、住民自身が怪我をしないよう事前防災を進めておくことが肝要だと思います。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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