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能登半島地震で見えてきた10個のキーワード

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:ロイター/アフロ)

 能登半島地震から3週間が経ち、孤立集落も解消され、2次避難も始まりました。この地震での課題も徐々に明らかになってきています。そこで、この地震での課題を10個のキーワードで表してみたいと思います。①複合災害、②時間外、③孤立、④ライフライン途絶、⑤デジタル喪失、⑥被害把握遅滞、⑦避難所環境、⑧行政・医療・福祉機能、⑨高齢化と過疎、⑩事前防災、の10個です。それぞれについて簡単に解説してみたいと思います。

①複合災害

 流体の上昇に伴う群発地震が3年にわたって続く中、複数の海底活断層が連動して、M7.6の大地震が発生しました。海底下を含む長さ150kmの震源断層が破壊し、家屋倒壊、地震火災、地盤災害、津波と、様々な事象が発生しました。輪島の朝市通りの火災はまさにこれらが複合したものです。また、内灘や金沢、新潟など、震度5弱のエリアで液状化や宅地造成地の被害が発生しています。これらは何れも南海トラフ地震で心配されていることです。

②時間外

 地震が起きたのは、元日の日没前でした。行政、自衛隊・消防、医療、メディアなど、対応人員が最も不足するときです。日没後は被災状況の把握もままなりません。帰省者や旅行者も多く避難所も不足しました。私たちが働いているのは、年間の約2/3、一日の約1/3、掛算すると2/9です。すなわち、災害のうち約8割は勤務時間外に起きます。時間外に災害が起きても大丈夫な対策が必要です。

③孤立

 奥能登は能登半島の先端にあり、多くの集落が点在しています。南北に走る幹線道路が途絶し、集落に至る枝状の道路が寸断しました。陸路・海路・空路が全て塞がれ、人流と物流が途絶え、救援・救助・支援が困難になりました。同様の孤立地域は全国各地にあります。土砂崩れや沿道建築の倒壊、道路の隆起・陥没などによる道路閉塞を考えると、迂回路、ミッシングリンク解消、ヘリやオフロード車両の準備、沿道建築の耐震化などが必要です。都会でも、タワマンの上層階は、エレベータが止まれば立体的な孤立の候補地と言えます。

④ライフライン途絶

 停電、断水、通信途絶、燃料不足の全てが発生し、道路寸断で復旧が遅れました。72時間で燃料が届かず、防災拠点や医療施設の非常用発電機も厳しい状況になりました。一方で、プロパンガスの軒下備蓄、井戸や湧き水、浄化槽、食料備蓄、住民同士の助け合いなどが役に立ったようです。中山間地の強さを感じます。太陽光発電や蓄電池などの分散型エネルギーを含め、現代版の自立住宅の普及が望まれます。

⑤デジタル喪失

 停電などにより通信途絶や放送停波が起き、インターネットが使えなくなり、情報が途絶えました。現代社会は、情報交換、買い物のレジ、電子決済、スマホを活用した取材、観測など、デジタルに大きく依存しています。情報不足による風評被害はデマを拡散しがちです。デジタル喪失に備え、ローカルなネットワークや紙台帳を整備すると共に、通信会社には大ゾーン基地局や海上基地局、ドローン中継局などの整備を望みます。

⑥被害把握遅滞

 道路寸断や通信途絶により、被害状況の把握が遅れました。災害発生時の的確な初動対応には、被害状況の早期把握が不可欠です。震災から3週間が経過しても、家屋被害の全体像が分からない事態は深刻です。調査員が被災地に入れなかったからですが、応急危険度判定、罹災証明のための被災度判定、地震保険のための被害認定と、目的に応じて3つの調査が必要なことも課題です。判定の共有化・効率化が必要だと思います。

⑦避難所環境

 多くの家屋が倒れ、多数の帰省者や旅行者が居たこともあって、避難者が溢れ、避難所や備蓄食料の量的不足が起きました。ライフラインの途絶によってTKB+W(トイレ、キッチン、ベッド、暖)の環境悪化もあり、感染症の拡大や災害関連死の発生が懸念されています。一方で、トイレトレーラーやモバイルハウスなど新たな支援が注目されました。避難所の環境維持に加え、在宅避難や車中泊の活用、被災地外への2次避難、観光者などのインバウンド対応などが今後の課題と言えそうです。

⑧行政・医療・福祉機能

 災害後も機能を維持すべき行政機関や医療・福祉の建物や設備が損壊し、継続使用できない状況が生じました。自宅が被災して参集できない職員も多く、機能がマヒしました。交通途絶で、応援職員の派遣や、医薬品や医療材料の輸送も滞りました。防災上重要な施設の高耐震化・免震化を進めると共に、職員の自宅の対策を強化する必要があります。遠距離通勤者が多い都会では、時間外の参集も課題だと言えます。

⑨高齢化と過疎

 高齢化が進む過疎地では、建物の耐震化が進まず、応受援のバランスが崩れます。復旧・復興過程でも建設業者の不足や人口減など、困難に直面します。仮設住宅の本設化、モバイルハウスの活用、疎開や集落の集約など、難しい判断が必要になります。過疎地こそ、家屋の耐震化と道路確保が重要です。大規模災害では、居住者の多い都市の救援・救助が優先されがちです。若者を呼び込むため、過疎地の空き家を耐震化した平時活用や、デジタルを利用した都市住民の2地域居住推進が望まれます。

⑩事前防災

 大地震では、災害対応資源が圧倒的に不足します。耐震化などの事前対策を進め、被害を減らすしかありません。地震で壊れるのは住宅や民間の建物ですから、行政の支援を経て自ら耐震化を進める必要があります。南海トラフ地震のような広域災害では、災害後の公助の力は限定的です。事前防災の基本は孫子の兵法にあるように「知彼知己百戦不殆。不知彼而知己一勝一負。不知彼不知己毎戦必殆。」です。土砂崩れ、液状化、津波浸水、延焼しやすい木密地域などの危険地を避け、耐震・耐火性能を高めるしかありません。自助があってこその共助です。

 南海トラフ地震や首都直下地震、日本海溝・千島海溝地震などの発生が危ぶまれています。これらを乗り越えるため、被害軽減に全力を挙げる必要があります。私は、公助はできる限り災害前に活用するのが効果的だと思っています。国民は利用している建物の安全性を知る権利があるはずです。全ての既存不適格建物の耐震診断を公費で行い、その安全性を公表することが望まれます。その結果をみて、改修にも公費を投入すべきかどうか、議論をすれば良いと思っています。また、災害時に重要な役割を果たす緊急輸送道路沿いの建物の耐震化は早急に実施すべきです。さらに、耐震基準を上回る揺れが予想される地域の自治体は、静岡県建築基準条例のように耐震性を上乗せするような条例を制定することも期待されます。

 今回、大きな被害を受けた輪島、珠洲、能登、志賀、穴水、七尾の6市町の面積は約1,700km2、人口は約13万人、製造品出荷額は約1700億円です。一方、私が防災対策のお手伝いをしている西三河の9市1町は、面積はほぼ同じですが、人口は約160万人、製造品出荷額は27兆円に上ります。最大クラスの南海トラフ地震では、地震規模は125倍、被災面積は25倍、揺れは5倍、被災者人口は数百倍になり、国家存亡の危機になる恐れがあります。能登半島地震で被災した方々への支援に全力を尽くすと共に、今後予想される大規模地震への事前防災対策を徹底していきたいと思います。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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