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【企業防災】本気のBCP、事業継続のために真に必要なことを見誤るな

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:アフロ)

 切迫する大震災を前に企業の事業継続のため万全の準備が必要です。そのために必要な事業継続計画(BCP)について考えてみます。

事業継続のために工場内の生産プロセスの維持

 製造業の工場を例にすると、事業継続のためには、製造プロセスの維持が前提になります。そのためには、工場の建屋が損壊しないこと、製造機械が損傷・移動せず、工場内の各種設備が健全で、素材・部品など無事であること、従業員・家族が怪我をせず出社でき、情報システムが正常に稼働していることなどが必要になります。

 従って、事前の対策としては、人命を守るための建屋の構造的な耐震化に加え、天井材や壁体・クレーンなどの非構造部材の耐震強化、製造機械の移動・転倒防止、構内道路や、タンク、受電設備、配管・配線などの設備の維持、棚上の素材や部品の落下防止などのハード対策が不可欠になります。

 従業員や家族を守るには、自宅や通勤路の安全確保も必要で、災害時の安否確認手段や通勤・帰宅手段を整えておく必要があります。情報システムの維持には、データバックアップや代替システムの整備、通信システムの維持も欠かせません。しかし、これらの対策は、いずれも工場内で閉じた対策にしか過ぎません。

製造に不可欠なライフライン

 生産プロセスの維持には、工業用水、上下水、電気、ガス、燃料、通信などのライフラインが不可欠です。場合によっては各種の液体・ガスの輸送パイプラインも必要となります。しかし、これらの対策は自社だけではできないものです。

工業用水の供給には、水資源機構、国土交通省、都道府県の企業庁が関与し、ダム・河川・取水口・用水路・浄水場・送水管・配水場・配水管などが健全で、浄水やポンプアップのための電気や燃料などの供給が前提になります。上水の場合にはさらに市町村も関係します。さらに、下水処理施設が被害を受ければ、工業用水や上水の利用は難しくなります。

 電気の場合には、燃料と工業用水、冷却水の確保に加え、発電所の各種施設や、送電、変電、配電の各設備が健全であることが前提になります。ガスも同様ですが、供給管が地下に埋設されている点が復旧を遅滞させます。燃料についても、石油精製には製造設備維持と燃料確保に加え、大量の電気と工業用水が必要となります。このように、水、電気、燃料は相互依存の関係にあり、何かが機能停止すると全てが止まる可能性があります。

 そして、これらの維持を支えているのが、原油取得のための航路と港湾機能の健全性や、素材や部品・製品の搬入出のための道路の必要性です。そして、情報伝達や情報処理にはインターネットを含む通信が不可欠です。ですが、通信に関しては、システムの複雑さ故に、実態の把握が極めて難しいのが現状です。

 電気、ガス、燃料の生産設備や下水処理施設の多くは、災害危険度の高い湾岸埋立地に立地していています。また、電力、ガス、通信の自由化は、施設の安全投資の意欲を損なわせている可能性があります。

このため、井戸の設置や水の備蓄、非常用ディーゼル発電設備や、太陽光・風力・小水力などを活用した発電システム、蓄電池や燃料電池などによる電源確保、プロパンガスの活用、燃料の備蓄、衛星携帯電話や無線システムなどの多様な通信手段の確保など、事前の対策が肝要となります。

製造を支えるインフラ

 工場が低地にある場合には、津波や高潮・洪水などの越水や破堤によって浸水します。海抜ゼロメートル地帯であれば、一旦浸水すると長期湛水します。軟弱な地盤であれば液状化の危険もあり、河川や港湾に面していと、地盤全体が横に移動する側方流動の怖れもあります。浸水・液状化すれば道路が途絶しますから、事業継続には大きな障害となります。海運に頼っている工場の場合には、岸壁や航路の確保も必要です。

 河川堤防は、1級河川と2級河川とで管理主体が異なり、それぞれ国と都道府県が管理しています。さらに、港湾の場合には、様々な省庁や自治体、企業など管理がバラバラになっています。このため、組織間の相互調整が十分に行われているようには思えません。道路も高速道路、国道、都道府県道、市町村道で管理が異なっているので、災害時に、道路啓開の優先順位、復旧業者の調整などに手間取ることが予想されます。

 インフラの老朽化の問題は我が国の喫緊の課題になっており、全ての維持は困難だと言われています。災害後に、橋梁、トンネル、道路の段差、堤防・防潮堤、岸壁、航路などを早期に改修できなければ、事業継続が困難になります。災害時に重要な役割を果たす施設の周辺インフラについては、優先的に事前の防災対策をしておく必要があります。

物流の確保

 何でもすぐに手にはいる現代社会は、陸運を中心とした物流に大きく依存しています。鉄道貨物が減っている中、道路輸送への依存度が高まっています。物流を維持するには、道路が健全であることに加え、トラックが無事で、運転手さんが確保でき、トラック駐車場やトラックターミナルが健全でなければなりません。ですが、最近、運転手のなり手が少なくなり、高齢化が激しく、運転手不足は深刻です。また、トラックの駐車場やトラックターミナルは、低価格の土地が好まれるため、浸水危険度や液状化危険度の高い場所が多いようです。さらに、災害時には、命を繋ぐための救援物資の輸送が優先されるため、製造業の部品・素材輸送の優先度は下がります。燃料調達の問題も大きな課題です。

素材と部品の調達

 製品を作るには、その必要となる素材や原料、部品の確保が必要となります。また、意外と忘れがちなのが、潤滑油や添加剤などになどの微少な材料です。最終組み立て工場を稼働するには、事前に部品・素材工場が稼働している必要があり、組み立て工場に部品を運搬する物流も回復していなければいけません。そのためには、早い段階でライフラインや物流が回復している必要があります。

 2007年中越沖地震で問題となったピストンリング工場の被災や、2011年東日本大震災での半導体工場の被災など、オンリーワン製品を作っている部品工場が被災すると、その影響は全国の工場に及びます。本来、サプライチェーンはピラミッド構造となっていて、代替供給が可能なはずなのですが、オンリーワン工場があるとサプライチェーンがダイヤモンド構造になってしまい、一カ所の被災が全体に波及します。従って、ボトルネックを見つけ、その強化や代替、備蓄などを平時に心がけておく必要があります。

顧客の健全性と社会の購買力の維持、地域社会の早期復興

 自社の工場が健全でも、それを調達してくれる工場が被災すると、部品を購入してもらえません。また、社会の景気が後退し、購買力が低下してしまえば、そもそも最終的な買い手が無くなってしまいます。さらに工場が立地する地域社会が大きな痛手を受けていれば、工場だけを再稼働するわけにもいきません。従業員の多くは周辺地域に居住しており、工場に出勤することもできません。事業継続には、サプライチェーン全体のレジリエンスの強化だけでなく、社会全体の被害を減らし、工場が立地する地域社会の早期復興を図ることが、工場の早期回復につながります。このためには、平時から、関連企業や地域社会と連携して防災対策に取り組むと共に、産官学民が一致協力して地域全体の災害被害軽減に取り組むことが大切になります。

災害時のひと・もの・情報不足への事前準備

 災害時には様々なことがらが不足します。とくに、人や物が大きく不足します。最低限の部品や資材の備蓄、従業員の食料・飲料水・簡易ベッド・携帯トイレ、燃料の確保、非常用ディーゼル発電機や太陽発電・蓄電池などの電源確保、衛星電話や無線・長距離無線LANなどの通信確保、貯水や井戸水などによる水の確保などの事前準備が望まれます。

 通常は容易に外注ができる復旧工事も、インフラ復旧が優先するため、個々の工場の工事は遅滞すると思われます。このため簡単にできることは、工場内で対処することが望まれます。例えば、製造機械の位置ずれや構内道路などの補修など、簡単な土工を自前でできるよう、重機・資材の準備と従業員の訓練をしておくと早期に復旧ができるでしょう。また、ライフラインや道路などの復旧見込みを把握することは、復旧計画を立てる基本になります。災害時の情報を的確に得るためには、平時に関係機関と顔が見える関係を作っておくとよいでしょう。

 このように、想像力をできるだけ働かせて災害時の様相を考え、早期に事業回復できる準備をしておいてください。そのためには、見たくないことを沢山見て、組織の不具合を徹底的に探しておくことが基本になります。BCPは褒められるためではなく、組織の駄目だしをすることが大切です。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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