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沖縄の基地問題を考えるためのヒント 樋口耕太郎×藤井誠二 (4)

藤井誠二ノンフィクションライター

■那覇軍港の移転と辺野古基地

■辺野古以外の軍事施設の新設や移転を知事はどう判断するか

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■那覇軍港の移転と辺野古基地■

藤井:

翁長さんはどう説明をされるかわかりませんが、彼は日米安保の重要性は認めている。沖縄から基地はもっと割合を減らして内地も負担せよということですね。ということは辺野古は許せないけれど、那覇の軍港は仕方がないという理屈なのかな。

樋口:

翁長さんが辺野古新基地の建設に反対するのと、浦添新軍港に反対するのとでは、経済的にも、政治的にも後者の方がはるかに難しいはずです。沖縄の保守政治家としてのバランス感覚はすごくある方だろうから、辺野古の5千億の工事を捨てる代わりに、軍港の8千億はとっておくということかもしれない。彼の意見とはまた別に、彼の支持者の意図も複雑に絡み合っているはずです。

藤井:

那覇軍港の方が落ちるおカネはデカいのですね。

樋口:

浦添西海岸は外海だから、軍港の先に3 キロメートルの堤防を造る必要があって、1 メートルについて1 億円かかるそうです。堤防だけで3千億円です。莫大なおカネが落ちます。しかも名護市辺野古に落ちるおカネと浦添市に落ちるおカネを比較すると、沖縄経済全体からしたらどちらが得かは明らかでしょう。しかも彼の票田である那覇市のお膝下に大量にお金が落ちるとなれば、政治的にも遥かに価値があるのじゃないでしょうか。

藤井:

ぼくも沖縄で土建関係のわりと裏社会ともつながりがある人に取材すると、反翁長の人が多いんですが、辺野古はダメでも浦添の方でという判断もあるようですね。

樋口:

沖縄の裏社会だって、経済的には保守でしょう。辺野古(に反対するの)は仕方ないけれど、知事になったのだから浦添は分かっているのだろうな、という暗黙の圧力があってもおかしくない。保守系の政治家としての翁長さんを支えてきた経済界も、黙ってはいないでしょう。辺野古に加えて浦添もNOと翁長さんが言ったら、そういう意味でも苦しい立場になるかも知れない。一方で、彼が浦添新軍港に賛成の立場である事、しかも事実上の権限者である事が衆知なったとき、「絶対に新基地はつくらせない」という旗印のもとで集まった「オール沖縄」、反基地の人たち、あるいは沖縄の苦境に同情して辺野古基金の7割を寄付した方々のような本土世論に対してどう説明をするのか。

藤井:

どっちにも転べない状態ですね。だから問題にならないように棚上げしておくようなかんじでしょうか。ぼくは先日、「沖縄報道の温度差」というテーマで地元紙の沖縄タイムス、琉球新報の幹部、自民党県連幹事長、保守派の元知事などに会ってインタビューをしたのです。今回、反辺野古の県民集会で初めて自民党がコメントを出さなかったのです。幹事長に会って「なぜコメントを出さなかったんですか」と質問したら、もう我慢ならんと険しい顔をしてました。つまり反辺野古のことばかりで、こちら側のことをまったく触れないことに。別に社説があるのはいい、けれど、それだと本来の権力監視ではないじゃないかと自民党の幹事長が言っていました。でも、軍港のことは翁長さんの古巣、もとの盟友たちはよく知っているはずですから、そのうちに翁長さんはそのあたりをつつかれる可能性はあります。

樋口:

「オール沖縄」の勢いを止めない為には、翁長さんは新軍港建設にもいずれ反対せざるを得ないはずです。ところがその決断は、彼の今までの支持者を「裏切り」、既得権者を脅かす、ひょっとしたら裏の世界の反感を買うかもしれない。相当重大な決断だと思うけれど、彼が今やろうとしている事を貫く為には避けて通れないと思います。

藤井:

翁長さんが朝日新聞のインタビューでも答えていましたけれど、国からの補助金などカネは一切要らないから、全て自己決定にさせてくれと。だから、軍港の8千億も要らないというのも筋としては合っている。

樋口:

意外な展開にも見えますが、今まで放っておいても良かったものを、放っておけなくしたのが松本哲治市長なんです。軍港受け入れを今年になってから正式に発表した後に、松本哲治市長は官邸の菅さんの所に呼ばれています。浦添新軍港受け入れで、浦添市民から公約違反と批判されている松本さんとしては、政府のど真ん中で官房長官から握手を求められて歓待されたら、心強いでしょう。松本市長が公約を撤回して、軍港受け入れに賛成し、彼がこの問題を舞台に上げてしまったがゆえに、「じゃあこの軍港の話ってどうなっているの」と再燃する可能性が生まれている。「浦添新軍港はもともと翁長さんが進めてきたプロジェクトなのではないの」、というふうに疑念が広まるのは時間の問題じゃないでしょうか。

藤井:

翁長さんと仲井真さんのときに5つの首長が仲井真さんについているから、すでにオール沖縄ではないですが、翁長さんの政治的な立ち振る舞い方に注目したいですね。

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■辺野古以外の軍事施設の新設や移転を知事はどう判断するか■

樋口:

さらに問題があって、浦添市は今まで10年以上進めてきた浦添新軍港の位置を移す新提案をしています。浦添案というやつです。

http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-239371-storytopic-3.html

昨今の合意通り進めるということであれば、翁長さんは軍港の事を積極的に議論しなくても良かったのですけれど、松本市長が軍港を移す事を提案してしまったので、軍港をどうするかという議論をせざるを得なくなってしまった。そのままだったら、何となく慣性の法則も働いていたのだけれど。先程も言いましたけれど、決定は翁長さんの権限なわけです。軍港の修正案を議論するという事は、賛成か反対かを明らかにせざるを得ないということです。那覇軍港の移設と浦添新軍港受け入れおよび関連する港湾の開発計画は10年ごとに見直されることになっていて、第一次計画の10年が終わるのがちょうど今年の8月です。見直し期限が多少延長される可能性もあるけれど、いずれ、ここで決める次のプランはここから10年続くわけです。今年の見直しで浦添新軍港の受け入れを翁長さんが承認すれば、浦添新軍港はほぼ完成することになるでしょう。

藤井:

今、新軍港があまり話題になっていないから進んでいるんでしょうか。とうぜん翁長さんや周囲もそのことは知っているわけで、そのカードをどういうふうに使うかということを考えているのではないですか。メディアもまったく無視していられるわけがないし、これは市長時代に決めたことで、彼は政治的な立場を変えたのだから、それもすぐに結論を出せというのも酷な話だという同情論もあるでしょう。

樋口:

善意的に解釈すれば、翁長さんはいまタイミングを計っていて、辺野古の問題にすこし目処がついたら、浦添への移設反対を切り出そうというのかもしれない。あるいは、このまま放置して殆どコメントをしないまま(こっそり)承認と言うことなのかも知れません。でも、いったん判子を押したら、将来のどこかの時点で必ず、それこそ県民の中から「えっ?そうだったの?」と言う声が上がる事になるわけです。いつか本格的に浦添新軍港の話が認知されはじめた時に、「誰が進めていたんだっけ?」と今年の見直し決定内容に遡り、翁長さんの承認だという事がいずれ何処かで明らかにならざるを得ない。翁長さんがこれからこの数か月の間に浦添新軍港に対してどういう態度を取るかが、実は「オール沖縄」の行方を決めるのではないでしょうか。

(5)へ続く(本対談は2015年7月に有料メルマガ「The Interviews High (インタビューズハイ)」で配信したものを再掲しています)

ノンフィクションライター

1965年愛知県生まれ。高校時代より社会運動にかかわりながら、取材者の道へ。著書に、『殺された側の論理 犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」』(講談社プラスアルファ文庫)、『光市母子殺害事件』(本村洋氏、宮崎哲弥氏と共著・文庫ぎんが堂)「壁を越えていく力 」(講談社)、『少年A被害者遺族の慟哭』(小学館新書)、『体罰はなぜなくならないのか』(幻冬舎新書)、『死刑のある国ニッポン』(森達也氏との対話・河出文庫)、『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)など著書・対談等50冊以上。愛知淑徳大学非常勤講師として「ノンフィクション論」等を語る。ラジオのパーソナリティやテレビのコメンテーターもつとめてきた。

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