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相手から「言葉」をひきだすためのインタビューのレッスン(中)

藤井誠二ノンフィクションライター

今年5月29日に日本映画大学に招いていただいておこなった、ぼくの「講義」を公開します。もちろん学問的なものではなく、取材術的な経験談です。韓東賢准教授の「フィールド調査方法論」の一コマで、学生さんたちには、事前に拙著の短編人物ノンフィクション集である『壁を越えていく力』(講談社)の何編か読み込んでいただいており、質問を準備してもらいました。将来はドキュメンタリー等の世界へ進みたい学生さんが多く、彼らの質問や議論に大いに刺激を受けました。同大には過去に何度かおじゃまをさせていただいていますし、ぼくはいろいろな大学の「メディア関係」の学部」におじゃまをさせていただいていますが、同大では他大とは比較にならないぐらいの実践的教育(これがキビしい)がおこなわれていて、驚いています。文字おこしをしてくれたのは、同大の朝野未沙稀さんです。なお、質問者の学生さんの個別の名前は出しません。ぼくの話は加筆・訂正等をほどこして整理しました。小見出しは学生さんからの質問です。

■今のお話と関連するかと思うんですけど、実際に取材する期間っていうのはどれくらいとられているんですか■

ケースバイケースです。『壁を越えて~』に編んだものはだいたい半年ぐらいです。もちろん半年間、毎日会うわけではないので、しばらく間が空いてしまったりする場合もあるし、旅に一緒に出ることが多かったので、そのときは濃密に取材できます。一回きりしか会わないインタビューもありますし、一問一答型のインタビュー記事であればだいたい一回で終わりです。で、僕の場合は割と長いスパンでやるので、僕の長い取材に付き合ってくれるかどうかというのを確認します。辛抱強く、我慢強く、お付き合い頂けるかどうかということですね。

企画ですから、僕がその人の面白いと思って取材したくても、向こうが駄目な場合もありますし、編集者の段階で通らないことも多いです。大体僕が選んで取材したいなと思った中で、企画が通るのが半分くらい。いや、半分も通らないです。実際に取材までこぎつけても、取材が途中でおじゃんになってしまうこともあります。僕はあまりそういう経験はないんですけれど、よくあることです。インタビュイーとインタビュアー、つまり、取材対象者と被取材者が途中で喧嘩しちゃったり、やはりこんな取材は受けられないって気が変わったり、いろいろな諸事情が絡んでボツる場合もあります。

特に僕の場合一銭もお払いしていないので、向こうにとっては、取材を受ける旨みはお金ではないわけです。かといって、すごい宣伝になるかというと、全然すごくない。まあアエラはそれなりに影響力あるし、そこに載ることにある種の喜びを感じる人もいます。だから、最後に残るのは、長期間、僕とあなたが向き合うことによって、僕は必ずあなたのことをきちんと描いて記録をして、そして「あなたが知らなかったあなたのこと」を書きますよという熱意を共有してもらうしかない。僕の場合はスタートダッシュ型で、最初はものすごく集中的に会いながら、すごく資料とか読み込むから、その人のことに夢中になる。で、寝ても覚めてもその人のこと考えてるんですけど、それが最初の1、2ヶ月続くと急に熱が冷めるんですよ。(笑)

それで、しばらく音沙汰なしみたいなかんじにしてしまうみたいな状態が続くことが多いんです。で、また、ある日突然急に関心が急上昇していく。で、またそこから足りない部分を補って取材をしていく。その冷却期間に資料を整理したり、インタビューを起こして、文字起こしすると、ここ足りないなとか、ここ突っ込み甘いなという点が見えてきます。ずっとテンション保ったまま取材を続けて行く方もおられるけど、僕はむらっけがあるんです。あまり良くないことですね、きっと。

■取材をする時の1番最初に取材をしたときに取材対象者の方にどこまでどぎつい質問というか、踏み込んだ質問をしていいものなのかというのがまだ自分もまだ取材をしている中でわかってなくて、その辺はどうされているのかなと思いました■

どぎつい質問はしなくていいと思うけどね。(笑)

どぎつい質問をしなくても、ふつうの会話の中で「どぎつい答え」を出してくれればいいわけであって、だいたいどぎつい質問をしていい答えが返って来ないことの方が多いと思います。とくに最初からどぎつい質問を狙っていると、むこうからはそれが見えちゃってる。そういう質問しなくても、ちょっと促すだけで向こうがどんどん喋ってくれる関係を作ることの方が大事だと思う。ある種の信頼関係というか、この人(インタビュアー)と話すといろいろな発見があったり、意外な答えを返してくれるんじゃないか、なんか分析めいたことをしたり、意味づけしたりしてくれるんじゃないかっていう、そういう期待感をもたれるような関係が最終的につくれると一番いいんじゃないかと思います。

相手を先回りするくらいの知識を持っていた方がいいと思います。例えばね、猿回し芸人の村崎太郎さんを取材したとき、彼は自分が被差別部落民だとカミングアウトして、急に仕事が減っちゃって「部落差別」の本質を身をもって味わわされている最中でした。彼とは猿もいっしょに被災地を旅するってわけです。彼は彼のお父さんとか親族とかも全部、部落解放同盟とか共産党系の全教という組織に関わってるんだけど、旧社会党系とか共産党系とか、自民党系の反差別団体の違いや、どういう歴史があるかってふつうの人は知らないでしょう?みなさんも知らないでしょう。でも、これがある程度わかっていると、彼にとってとってもいい話し相手になったんです。村崎太郎さんの周りでそういった運動のことを分かる人なんて一人もいないから、僕が取材であらわれると、村崎さんはあれはどうだ、ここはどうだっていろいろ文句を言うわけです。僕はだいたいわかるわけです。で、こんなことが喋れる取材者は初めてだというふうになる。そうすると、特になんか聞かなくてもどんどんなんか向こうから、藤井さん昨日こんなことがあってさ、みたいな話をしてくれるんです。そうすると、なんかどぎつい質問狙わなくたって、自然に水を向けるだけで、喋ってくれるようになる。

こちらが相手を見る側ですけど、相手からも必ず見られてます。取材を受ける側が、これは適当な答えじゃだめだなとか、あ、これは適当に取材受けてるだけじゃダメだなとか、なんか番宣的なものじゃだめだなと思わせるような、準備が大事なんです。コミュニケーションの能力とか知識も含めてですが、むこうがそういうふうに構えてくれることが大事だなと思います。僕は相手にはたくさん聞きたいことはあるけれど、じつは質問の具体的なことはあんまり決めなくて、書き出してもいかない。いろいろ雑談的な話していて、向こうから急に勝手に喋り出してくれるってことが多いです。言いたいことがある人はそれを理解しようとしている人には聞いてほしい。そういうふうな関係性へシフトしていくのがいいのじゃないかなと思います。

■聞きづらいことをどのような段階で、そういう質問をするのかなと■

例えば福本信行さんが、片足をずっと引きずってらっしゃる。で、これはやはり最初の頃は聞かなかった。彼を長年知っている関係者とか、漫画の関係者とかに外堀埋めるような形で取材をしていくうちに、20年以上組んでいる編集者がそういえば「足」のことは誰も聞いてませんと言うんです。要するに誰も聞いたことが無い話なんです。結構近しい人というのは、誰も大事なことを聞いてないことが多いんです。それから、もちろんそういうナーバスになるかもしれない話題を聞けるような人間関係、まあ信頼関係をまあ作れたなと思う時に、聞く。会っていくと、自由に喋り出してくれるみたいな時がある。その切り替えの瞬間、流れが、潮の目が変わったなっていう時があって、そうするとその聞きづらいこととかを、今このタイミングだったら質問しようかなと思う。そこは自分の第六感までを含めた五感を鍛えていくしかないです。

■質問が被っちゃってるんですけど、じゃあその取材対象者だけでなく、取材対象者の関係する人たちの心の掴み方っていうか自分で詰め寄っていくやり方っていうのは、どうやって攻めるというか■

私はあなたをなぜ取材したいのか、ということを必ず相手に伝えますよね。そのときに、社会の中でこういうような役割を担っていて、こういう意味のあることをされているというよな自分なりに相手をどう解釈をしているかを話します。だから僕はあなたの話を聞きたい、あなたの自己史が聞きたいんだと、と例えば伝えますよね、自分の取材動機です。それを伝えた時に、相手がまずその取材動機に納得してくれるかどうか。自分の取材動機をきちんとしゃべるところから始めて、相手が腑に落ちかどうか。あざという言い方だけど、それが最初に心を掴むことなのかな、という気がするんです。取材者としてその人をどう見ているのかっていうことを、取材過程の中でもきちんと話していく。そういうことを繰り返していくと、なるほど自分はそう見られているのかと大体の方は思うんです。

ノンフィクションライター

1965年愛知県生まれ。高校時代より社会運動にかかわりながら、取材者の道へ。著書に、『殺された側の論理 犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」』(講談社プラスアルファ文庫)、『光市母子殺害事件』(本村洋氏、宮崎哲弥氏と共著・文庫ぎんが堂)「壁を越えていく力 」(講談社)、『少年A被害者遺族の慟哭』(小学館新書)、『体罰はなぜなくならないのか』(幻冬舎新書)、『死刑のある国ニッポン』(森達也氏との対話・河出文庫)、『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)など著書・対談等50冊以上。愛知淑徳大学非常勤講師として「ノンフィクション論」等を語る。ラジオのパーソナリティやテレビのコメンテーターもつとめてきた。

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