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【連載】暴力の学校 倒錯の街 第53回 手紙の受取拒否

藤井誠二ノンフィクションライター

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手紙の受取拒否

佐田の悪い予感は当たった。保護司は宮本に、佐田の意思を簡略に伝え、佐田の手紙が入った封筒を手渡そうとした。が、宮本はそれを「受け取る理由がない」と拒んだ。「手紙だけでも」という保護司の言葉も宮本はまったく意に介さなかった。

数日後、保護司から佐田のところに、未開封の封筒が返送されてくる。予想はしていたことだったが、精魂こめてしたためた手紙の封さえ切らない宮本に佐田は苛立った。佐田は折り返し、手紙を受け取ってほしい旨を書いた手紙を出し、その後三回にわたって同様の封書を今度は直接宮本の自宅へ配達証明で郵送したが、受取り人不在でまたも返送されてきた。事実上の受取拒否。以来、梨のつぶてである。

一方、「陣内知美さんの死を忘れない追伸集会実行委員会」のメンバーで、佐田とは早い時期から行動を共にしてきた内科医の豊福正人は、佐田からの手紙を一向に受け取ろうとしない宮本に対し、嘆願署名運動の中核となった井上正喜を通じて、陣内家への心からの贖罪を促すことができないものかと思案した。

豊福は井上に電話を入れその旨を伝えたが、「私は話せるような関係でもないので期待には添いかねます」という返事で、井上は、出所後は宮本とは一度も会ってはいないらしかった。豊福は「一度会って話したい」とも要望したが、「卓球関係の仕事で忙しい」などと毎回断られ続けている。面会はいまだに実現していない。井上には自分と会う意思はないのだろうと判断した。豊福は、井上に対し、自ら先頭に立って署名集めをしたことにどう責任を感じているかなど、手紙にしたためた。

《「陣内さんを支援するネットワーク」についてはご存じと思いますが、私はその事務局に参加してきたものです。刑事裁判が終わり、一旦解散したのち「陣内知美さんの死を忘れない追悼集会」を佐田氏と企画したり、折りにふれ陣内さん宅を訪ねてまいりました。私自身は、学校のことや体罰について取り立てて関わったこともなかったのですが、この事件以来、またその後の推移をみるにつけ、いろんなことを考えさせられました。今回、私個人としてお手紙を差し上げるのは、一人の若い命に対して、私たちが本当に真正面から向き合ってきたのかを考えたとき、非常に深い絶望感に陥らざるを得ないからです。刑事裁判が終わった今、果たしてこの事件についての反省は、学校や地域社会や私たち一人ひとりの内でなされたのか、と問うとき、非常に疑問を感じます。

何より当の加害者が、法的に裁かれようとも、決して自身の非を認めてはいない、あらぬことか七万という署名に支えられ、あたかも己が被害者のごとき錯覚に陥っている。地域社会では知美さんの死を悼むどころか、悪者に仕立てあげようとするデマがふりまかれる。彼女が天国で見ていたら、断腸の思いに違いありません。もちろんご両親の思いも同じでしょう。事件後、ご両親に対してなされてきた執拗な嫌がらせや署名といっしょに広がっていったデマ、それに耐えながら生きてこられたご家族の思いを、宮本氏はどれほど知っているでしょうか。否、知ること自体を拒絶する態度は、非人間的で倣慢な開き直り以外の何物でもありません。「法で裁かれたのだからとやかく言われる筋合いはない」「裁判長がどう判断を下そうが、家族が何と言おうが、ほとんどの人は俺が正しいと思っているのだから」、そう考えているとしか思えません。

当事者でもない私たちが、知美さんの死を風化させてはならないと思うのは、何よりも「体罰」という名のもとで子どもに対する暴力が公然と認められる、そういう学校のあり方、教師や親の考え方そのものが根本的に変わらない限り、同じことは繰り返されると考えるからです。

貴殿は、嘆願署名のお願いに「今度の事件を忘れ得ぬ痛恨の出来事として厳しく反省し、その基盤の上に今後の人生を再出発していただきたい」と記されています。また他にも責任者不明(近火附属OG)の嘆願署名は、シンナーをやっていたらしいというデマといっしょに私のところにも回って来ました。宮本氏に関しては、「『体罰』などという強烈なイメージなどでは決してなく」「たまたま反動で陣内さんの打ちどころが悪くて」とか、貴殿自身「魔がさした」と記されています。しかし裁判の中で明らかにされたのは『体罰』などという軽々しいイメージとは、およそかけ離れた執拗な暴行でした。また宮本氏自身判決を不服として控訴し、|教育的立場から本件行動に出た」のだと申し開きをし、あろうことか「親の教育の不十分を補うため」などと弁明しています。公判廷で「仏門に入る」と言った人間の行動とは思えません。「魔がさして」やったことに対する「厳しい反省」が一体どこにあるのでしょうか。嘆願書に署名した人たちの中には、この事実を知って、安易に署名したことを悔やんでおられる方もいます。

私自身、体罰を許さない署名を集めた責任として、今後もこの事実を伝えていき、宮本氏と近大附属女子高校の今後をしっかりと監視していかなければならないと思っています。貴殿がその責任において嘆願署名を集められた以上、貴殿の記された宮本氏の人柄を信じて、署名された多くの方々に対して、そして何よりも命を奪われた知美さんと、今現在も苦しみ続けておられる陣内さんのご家族に対する、最低限人間としての責任があるのではないでしょうか。貴殿が本心宮本氏のことを思うならば、宮本氏が反省するまで力を尽くすべきではないでしょうか。

これまでの体罰死事件でも、デマは必ず流れています。しかも、必ず殺された被害者に関するデマです。常に教師や学校が正しいという幻想と、体罰を是認する風潮がそういうデマを生み出すからです。体罰は命を奪うのみならず、さらにデマの洪水の中で被害者とその家族の人間的尊厳を踏みにじります。体罰の非人間性を具現していると言えるでしょう。この事件ではとりわけすさまじいものです。宮本氏は人の命を奪いさったその後に、被害者とその家族の人間的尊厳を今現在も踏みにじり続けているという事実を自覚しているのでしょうか。デマの一番の源泉が自分自身の行為と、その後の態度にこそあることをわかっているのでしょうか。

ご家族だけではありません。私をはじめこの事件に心を痛める方々は、今後の宮本氏の行動を注視し統けるでしょう。加害者の深い反省がない限り、知美さんはこれからも殺され続けることになるからです。貴殿の志を信じ、宮本氏に対して真に人間的な態度を取られることを願ってやみません。同時に嘆願署名を集められた代表発起人として、被害者家族への真摯な態度を行動をもって示されんことを希望します」》

佐田、豊福ら「委員会」はいまもあちこちであとを絶たない体罰事件を告発し、九八年九月には「体罰ホットライン」を開設。第二、第三の知美を出さないための通勤を展開している。佐田は言う。

「まず、十年はやりたい。十年後、状況がどうなっているか……」

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ノンフィクションライター

1965年愛知県生まれ。高校時代より社会運動にかかわりながら、取材者の道へ。著書に、『殺された側の論理 犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」』(講談社プラスアルファ文庫)、『光市母子殺害事件』(本村洋氏、宮崎哲弥氏と共著・文庫ぎんが堂)「壁を越えていく力 」(講談社)、『少年A被害者遺族の慟哭』(小学館新書)、『体罰はなぜなくならないのか』(幻冬舎新書)、『死刑のある国ニッポン』(森達也氏との対話・河出文庫)、『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)など著書・対談等50冊以上。愛知淑徳大学非常勤講師として「ノンフィクション論」等を語る。ラジオのパーソナリティやテレビのコメンテーターもつとめてきた。

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