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【連載】暴力の学校 倒錯の街 第18回 初公判

藤井誠二ノンフィクションライター

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初公判

事件から二ヵ月あまりが経ち、福岡地方裁判所がある博多の城跡公園の木々は少しだけ色づきはじめていた。

傷害致死容疑で送検、起訴された宮本に対し、福岡地方裁判所で初公判がひらかれたのは、十月二日午前十時。宮本は、係官二名に連れられて、紺色のトレーニングウエアの上下といういでたちで法廷にあらわれ、うつむいたまま被告席についた。

傍聴席には知美の両親と兄の姿があった。陶山博生裁判長が入廷すると兄がふろしきから妹の遺影を取り出し、膝にのせて正面に向けた。傍聴席は学校関係者や宮本の教え子らで埋まった。

検察官は起訴状の罪状に関する部分をこう読み上げた。

二年一組の教室において、十名の生徒を対象に簿記の再々試験を開始したがその直後、受験する必要のない被害者が教室最後部の同女の席に座っているのに気付いたため、教壇から同女に対して、「陣内、お前は関係ないけん、出ていけ」と怒鳴りつけ、教室から出るように命じたところ、同女は、立ち上がったものの教室から出ず、教室後方の壁に付けられた鏡の前で立ち止まって髪を整える仕草をした。

そのため、被告人は、同女が被告人の指示に反発してこうした態度をとっているものと考え、素直に教室から出ていかない同女の態度に立腹し、同女に厳しく注意するため近づいたところ、同女が、スカートの丈を膝の皿下の線とする校則に反し、スカートの丈を短くして膝頭を出しているのを見つけたので、このまま見過ごすことはできないと判断し、「元にもどせ。直さんか」とスカート丈を校則通りの長さにするよう強く注意した。

これに対し、同女が「わかっちょる」と答えたので、被告人は、同女が口答えしたものと思って同女の態度に憤激し、同教室内において、「何言いよってか」と怒鳴りながら、同女の頭頂部を右平手で一回殴打した。

その後、同女が、同教室内において、被告人に背を向けた状態でスカートの丈を直そうとした際、被告人は、同女を教室から廊下に出して注意しようと思い、同女の背中を右手で軽く押したため、同女は前のめりになって教室の床に両手両膝をつき、同女が肩にかけていたカバンを床に落としたため、整髪用のブラシとエチケットブラシがそのカバンから飛び出した。

その直後に、被告人は、同女が立ち上がって「そんなにしたら、スカートを直されん」と言いながら同教室の出入口から出ようとした際、同女の背中をもう一度突いて同女を廊下に押し出した。

被告人は、教室から出るようにとの被告人の指示に対して被害者が素直に従わなかったうえ、スカート丈が校則に違反していると指摘したことに対しても同女が反抗したものと思って、同女の態度に強い腹立ちを覚えており、一方で、生活面に問題行動の起きやすい夏休みの前であり、簿記の再々試験受験のために同教室にいた十人の生徒への影郷を考えて被害者を厳しく指導する必要を感じたため、「なめられてたまるか」「このままでは済まさない」との思いから、同女に体罰を加えることにより、スカートの丈を直させるとともに、被告人に対して反抗的態度をとったことを謝罪させようと考えた。

そこで、被告人は、同日午後三時四五分ごろ、同女の後を追うように廊下に出て、すぐに同女と向き合い、同女に対し、いきなり「おまえ、たいがいにしとけよ」と怒鳴りつけながら、右手掌部でその左肩付近を強く突き、これに連続して左手掌部でその右肩付近を力を込めて突いて同女を後方にのけぞらせるようにして突き飛ばし、同女の頭頂部から後頭部にかけてを、廊下の窓の前に設置されている転落防止用の鉄柵等に激突させた。

このあとすぐに、同女が身体を起こし、「先生、何しよっとね」と言いながら、被告人の襟首を右手で持ったため、被告人は、同女が立ち向かってきたものと誤信し、先生に楯突くのかという思いで「おまえ、何しようとか」と言いながら、襟首を掴んでいる同女の手を右手で払い除けると何時に、同女の右額部から右側頭部付近を左手で下から上に突き上げるようにして力まかせに押した。

そのため同女は、後方にのけぞり、廊下の窓側に設置された下駄箱の上に座るようにして倒れて、廊下の窓付近で後頭部を強く打ちつけ、その後に続けてコンクリートの壁で左頭頂部を強く打った。

その直後、被告人は、同女の顔から血の気が引き、唇が青くなったのを見て騰き、すぐに同女の首の後ろに右手を回して掴み、左手でセーラー服の襟首を持って立たせようとしたが、同女が膝から崩れ落ちたので、その頭を右腕で支えながら床に寝かせるようにした。

検察側は、同校の生徒指導の方針について、「体罰禁止は徹底されておらず、過去五年間に二六件の体罰事件が起きていた」と指摘、宮本については「禁止は建前であり、口頭の注意で聞かない場合には体罰は必要との持論だった」と述べ、学校全体の体罰容認の雰囲気を指摘した。

陣内元春は顔を真っ赤に上気させ、起訴状の朗読に聞き入っていた。そして、小柄な肩を震わせ、宮本の背中を見据えていた。宮本の弁護人をつとめる弁護士の桑原昭熙は、事実認否をほとんど争わず、起訴事実を認めた。そして、証人には、近大附属の小山昭教頭、清田幸雄同和教育部長、井上正喜元教諭を申請、裁判長はこれを認めた。

このとき、桑原弁護士は、宮本に対する減刑嘆願署名を裁判所に提出することを表明した。また、その署名運動に参加し、勾留中の宮本被告に励ましの手紙を送った卒業生五名を証人として呼ぶことも申請した。

宮本はじっと下を向き、体を硬くしていた。

罪状認否になると、「彼女が私の襟首を掴んだので驚いて突き飛ばしました。最初からコンクリート柱に当てるつもりはありませんでした。しかし、当てて死亡させたことは認めます。陣内さんを押したら頭を打ったようでぐったりとしたので……」と言葉をなくし、裁判長から促されてそのまま崩れるように席に着き、眼鏡を外し、目頭を押さえた。

宮本本人も言ったように、唯一、罪状認否で被告側が反論したのは、被害者をコンクリート柱に激突させたことの故意性である。桑原弁護士はこの事件を「不幸な事故」と主張、二回目以降の弁護人質問は「この不幸な事故」を立証させるべく進行していく。

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ノンフィクションライター

1965年愛知県生まれ。高校時代より社会運動にかかわりながら、取材者の道へ。著書に、『殺された側の論理 犯罪被害者遺族が望む「罰」と「権利」』(講談社プラスアルファ文庫)、『光市母子殺害事件』(本村洋氏、宮崎哲弥氏と共著・文庫ぎんが堂)「壁を越えていく力 」(講談社)、『少年A被害者遺族の慟哭』(小学館新書)、『体罰はなぜなくならないのか』(幻冬舎新書)、『死刑のある国ニッポン』(森達也氏との対話・河出文庫)、『沖縄アンダーグラウンド』(講談社)など著書・対談等50冊以上。愛知淑徳大学非常勤講師として「ノンフィクション論」等を語る。ラジオのパーソナリティやテレビのコメンテーターもつとめてきた。

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