「日本からの応募が増えました」読売「千人計画」バッシングが加速させる「人財」の中国流出
読売千人計画叩きは頭脳流出を「抑止」?
読売新聞が今年の元旦以降「千人計画」を槍玉にあげる記事の掲載を続けるなか、私は繰り返しこれらの記事の問題点を指摘してきた。
例えば、3月末の記事「読売新聞「千人計画」特集が覆い隠す日本の基礎科学の危機」では、中国へ流出する日本人の大学研究者が増えている背景には、「高給引き抜きによる先端技術獲得の動き」というよりは、「中国の大学が近年研究レベルを大きく向上させる一方、日本では大学の研究環境の悪化が続き、基礎研究分野の人材が流出している」という事情があることを指摘した。
つまり、日本側が「技術流出」を警戒する一方、千人計画採択者を含め、中国の日本人研究者の多くは、そもそもそういった流出させる技術を持たない(技術者や工学研究者ではない)基礎科学の研究者が主体であり、この現象の実態は、中国に「引き抜かれている」(プルの要因)というよりは日本側が積極的に「追いだしている」(プッシュの要因)のだ。
3月の記事掲載以降、千人計画採択者を含む中国の日本人研究者から情報提供があった。情報によれば、読売新聞の取材の中には、軍事や応用技術流出の懸念の対象からは比較的遠い日本人基礎科学研究者を無理やり、「高給と引き換えに軍事技術流出」という記事の方向性にあてはめるために、「事実誤認」「発言捏造」まがいのことまでみられるという残念な実態があることが明らかとなった。
一方、ネット上の反応をみると、読売新聞の千人計画関連の記事が日本から中国へと研究者が流出することの「抑止」になるという意見がしばしばみられた。つまり、中国へとわたる日本人研究者への「バッシング」がさらなる人材流出の歯止めになるというロジックで、千人計画叩きを擁護しているのである。そこで、この点について、前回記事で情報を提供してくださった中国の日本人研究者らに意見を聞いてみた。
日本からの応募はむしろ増えた
中国沿岸部の大学で生命科学を研究する千人計画採択者のA氏は以下のような意見をくれた。
さらには以下のように述べる。
つまり、一連のバッシングには、日本から中国の大学への応募が減るという抑止効果はなく、むしろ増えたという。中国への人材流出の抑止どころか、流出を助長しているという逆効果を生んでいるのだ。
天文学における日本と中国の対照的な支援状況
中国沿岸部の別の大学で天文学を研究するB氏によると、天文学でも中国への日本人の異動が続く状況は同様だという。
また、以下のように述べる。
天文学は、理工系の中でも特に基礎的であり、今日明日すぐに役に立つ訳ではない。そのため、近年日本では支援が削減されがちな分野だ。例えば、国立天文台の野辺山宇宙電波観測所が財政難により閉鎖の危機に陥ってるというニュースは記憶に新しい。
カネのない宇宙人 閉鎖危機に揺れる天文台 (日テレNEWS 24)
上記の記事でも、石黒正人第4代所長が「予算要求のときに必ず聞かれることがあるんですよ。『何の役に立つんだ?』って。もっとひどいのはいくらもうかる?」と述べている。
「中国に千人計画で技術を狙われている!」と日本が警戒する中、実際には中国は天文学のような基礎研究にも力を入れている。そして、日本自身が「役に立つ研究」ばかりを重視する一方、実際に中国に流出する人材の多くが、日本では「役に立たない研究」として見捨てられつつある分野の研究者というのは、この上なく皮肉な状況である。
実際、天文学でも日本人の千人計画採択者の研究者はいるが、一部メディアで軍事研究、技術流出と強引に関連付けられ、かなり無理あるバッシングがなされている。日本で「役に立たない研究」として予算削減されている分野の研究者が中国で研究した途端に「軍事研究!」「技術流出!」とまるで「役に立つ研究」をしているかのようにバッシングするのは滑稽でしかない。
日本の基礎研究の状況が改善されなければ、人材流出は今後も続く
このような状況に対し、読売新聞は「千人計画」対策として「海外からの研究費の申告義務化」を繰り返し取り上げているが、これはいくつかある千人計画の種類の中でも、「海外の現職を維持しながら、中国の大学に客員教授としてパートタイム勤務」という「短期型」の千人計画に対してのみある程度有効だ。
それに対して、千人計画採択者の大多数は、中国の大学にフルタイムで勤務する「長期型」であるため、日本に所属を持たない。また、若手研究者が中国にわたる背景として、「そもそも日本の大学に職がない」という事情は既に説明したとおりだ。
だが、読売新聞は一連の記事の中で、「千人計画には長期型と短期型がある」という基本分類や「採択者の大多数が中国人である」といったような千人計画の基本的事実を一切取り上げていない。さらには、アメリカでも二国間の給与の二重取り等や脱税等で問題になっている「短期型」の千人計画については、今後廃止される流れであることは、毎日新聞で報道されている。
廃止されるものに対しての対策を盛んに訴えて何になるのだろうか。
また、そもそも基礎研究の多くの分野は、軍事転用からは遠く、経済産業省による安全保障貿易のリスト規制、つまり軍事転用可能な技術の輸出規制の対象外だ。
リスト規制の運用を厳格化しようという流れはあり、私もそれには賛成だが、その場合でもリスト規制に関係のない大多数の基礎研究者の「人材流出」対策にはならない。
つまり、基礎研究人材の流出に対する上記のような「対策」はいずれも本質的な対策にはならない。人材流出の根本には中国ではなく、日本自身の事情がある。さきほどの国立天文台の苦境についても、記事中で「年8人から9人ペースで職員が縮小していくことになります」とし、原因として国からの運営交付金の毎年1%削減を挙げていた。
千人計画の採択の有無を問わず、日本から中国への基礎研究者の人材流出の背景には日本の基礎研究の厳しい状況が背景にある。そして、一部メディアや政治家による理不尽なバッシングは人材流出への抑止効果はなく、むしろそれを加速させるものだ。
バッシングはいわば氷山の海上に露出している部分を叩くのみであり、そこを叩いたところで、海面下にある問題の本質、氷山の本体は残ったままだ。
資源のない日本にとって基礎研究を行う人々は「人財」と言っても過言ではない。「人財」を無為に流出させる政策の転換が必要だ。
問題の本質をえぐるメディアや政治家の良識ある対応に期待したい。
最近新しい超党派議員連盟が誕生した。
メンバーを見ると、与党議員、野党議員共に問題の本質がわかっている方々が参加されていると思う。日本の科学研究の危機を改善する本質的な対策が生まれることを期待している。