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追悼翁長知事〜あまりにも早い逝去が教えてくれる膵臓がんの怖さ

榎木英介病理専門医&科学・医療ジャーナリスト
在りし日の翁長知事。膵がん術後あまりに早い訃報だった。(写真:Motoo Naka/アフロ)

あまりに突然に…

 あまりに突然の訃報だった。

 昏睡状態が伝えられてからわずか半日…沖縄県の翁長雄志知事が急逝された。享年67。

沖縄県知事の翁長雄志氏が8日午後7時までに、膵臓(すいぞう)がんのため入院中の浦添総合病院で死去したことが分かった。67歳だった。

出典:沖縄タイムス

 昨日8日に意識混濁で副知事が職務を代行することが発表されたばかりだった。あまりに早い訃報に茫然としている。

 翁長知事が膵臓がんで手術を受けたのは今年4月だった。

 手術から3ヶ月半の訃報に、膵臓がんの怖さを改めて感じざるを得ない。

見つかったときには進行がん…

 報道によれば、手術時翁長知事の膵臓がんは2〜3センチで、リンパ節転移も見つかっていた。

 そんな小さながんがどうしてこんなにも早く人の命を奪うのだろう?

 膵臓がんの怖さは、かつての同僚、柳田絵美衣さんが詳しく解説している。

 この記事に語り尽くされているが、要点を書くと以下だ。

 膵臓は体の奥深くにあり、がんが出来てもなかなか症状が出にくい。だから、何らかの症状が出たときには、すでにかなり進行していることが多い。このため、発見されたときは治療が間に合わないことが多いのだ。だから、5年生存率が10%程度しかない。

 翁長知事の膵臓がんは肝臓に転移し、肝不全による肝性脳症などで意識が混濁したものと思われる。

謝花氏によると知事は7月30日から浦添市の病院に入院した。がんが肝臓に転移したため肝機能が低下し、7日から徐々に意思決定に支障を来し意識混濁の状況となったという。

出典:沖縄タイムス

膵臓がんの病理組織標本の一例。がん細胞が組織の間をぬうようにバラバラと広がる。著者撮影。
膵臓がんの病理組織標本の一例。がん細胞が組織の間をぬうようにバラバラと広がる。著者撮影。

 病理医として多数の膵臓がんを顕微鏡で診断した経験などをあわせると、膵臓がんはバラバラに、あたかも忍者のように広がっていき、体を蝕むたちの悪いケースが多いのだ。例え腫瘍が小さくても、早くからリンパ節や肝臓などに転移することも多い。

膵臓がんと激ヤセ

 翁長知事は亡くなる直前まで公務をされていた。しかし映像や写真をみると、以前よりお痩せになられた感が否めなかった。

 これは、がんが引きおこす栄養障害である悪液質であった可能性が高い。

 これとともに、がんが広がることそのものが、食べ物を消化する臓器である膵臓を破壊し、栄養障害を引き起こす可能性もある。

体重減少は特徴的な症状で、がん細胞の増殖によって悪液質(栄養不良のためやせて、衰弱した状態)や十二指腸への浸潤、消化酵素の分泌低下、食欲減退など進行するとともに激しくなります。

出典:おなかの健康ドットコム

早期発見はできるのか

 このように、がんの中ではもっともたちの悪いと言われる膵臓がんだが、早期発見に向けて様々な研究が行われている。

 血液検査で簡単に膵臓がんがあるか分かれば、早期の発見が望める。しかし、まだ実用化には時間がかかるようだ。

 このように、膵臓がんの低い治療成績を少しでも延長させることが、がん治療の大きな課題なのだ。

 翁長知事の早すぎる逝去に、現代医療の限界を感じ、日々膵臓がんの診断に取り組む私達病理医としても、心が痛む。

 早期発見さえできれば、手術で治る可能性がある。私達医療者は、翁長知事の死を無駄にせず、膵臓がんの早期発見のための研究、治療法の開発に心して取り組まねばならない。

 合掌。

病理専門医&科学・医療ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。神奈川県立柏陽高校出身。東京大学理学部生物学科動物学専攻卒業後、大学院博士課程まで進学したが、研究者としての将来に不安を感じ、一念発起し神戸大学医学部に学士編入学。卒業後病理医になる。一般社団法人科学・政策と社会研究室(カセイケン)代表理事。フリーの病理医として働くと同時に、フリーの科学・医療ジャーナリストとして若手研究者のキャリア問題や研究不正、科学技術政策に関する記事の執筆等を行っている。「博士漂流時代」(ディスカヴァー)にて科学ジャーナリスト賞2011受賞。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。近著は「病理医が明かす 死因のホント」(日経プレミアシリーズ)。

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