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中国で天安門事件が関心を持たれるために必要なこと :中国を見つめ直す(22)

麻生晴一郎ノンフィクション作家

 日本に来て初めて6・4天安門事件を知ったという中国人留学生に出会うことが年々多くなっている。中国国内では6・4や民主化の話など、学校では教わらないし、テレビや新聞でも見かけない。ただでさえ彼らの多くにとっては生まれる前の出来事である。中には、誰かから事件の話を聞いて学校の先生に訊ねた者もいたが、その先生は「それは勉強と関係ないから考えなくていい」と。そう言われて、なお知りたいと思う生徒は少数であろう。

 それでも社会の中で6・4に対する関心や不満が大きくくすぶり、それを中国政府が押さえつける構図であるならば、その生徒ももう少し6・4について知りたくなっていたかもしれない。現実はそうでなく、6月4日の前後に緊張感が走るのは警察から日ごろマークされる民主化・人権問題の関係者、それに当の警察ぐらいである。前に中国の地方都市で官民両方の関係者が集まった比較的大きな会議に参加した際、次回の開催日をいつにするかという話になり、出席者の都合でたまたま6月4日に決まったものの、後で「6月4日はやめておこう」と別の日に差し替えられたことがあった。ごく一般の公務員や会社員にとって、6・4とは触れないに越したことはない程度の出来事なのではないかと思う。

 前回香港のデモについて述べた際に、香港問題が本当の意味で解決されるには、今の中国政府のやり方に対して中国の人々がノーを突きつけることが必要だと書いた(中国が変わらなければ香港問題は解決しない)が、民主化にも6・4にも関心が高そうに見えない今の中国国内の現状からは、中国の人々が中国政府にノーを突きつける可能性などゼロに近いと思えてならないはずである。

毎年大規模な追悼集会が行われてきた香港と中国とでは、6・4に対する意識の差は余りにも大きい(筆者撮影)
毎年大規模な追悼集会が行われてきた香港と中国とでは、6・4に対する意識の差は余りにも大きい(筆者撮影)

 しかし、今から20年前、香港でこれほど大規模な反政府デモが起きることを予想するのが難しかったように、中国でもこのまま6・4や民主化に対する関心が低いままだとは限るまい。それは6・4自体よりも、6・4後の中国社会を中国の人がどうとらえるかによって変わってくるものだと考える。

 ぼくのような外国人から見れば、この30数年間の中国社会とは、政治の民主化とは反対方向に舵が取られ、経済成長一辺倒の政策を進めた結果、中国の多くの人が旅行や消費などの経済的自由を得る一方、政府から離れた立ち位置で社会性のある発言や行動を行うことが困難だという不自由な面があると言えそうである。しかし、経済的な自由、すなわち海外旅行に行けるとかマイホームを買えるなどの類の自由にしか目が行かない人たちであるならば、今言ったような公共領域に関われない不自由など、外国人が思うほど不自由だとは思えないのではなかろうか。

 裏を返せば、もしこうした不自由さがたまらなく不自由に思えてくるのならば、一党独裁体制の現状に不満を持つ者が増え、それは6・4への関心も喚起するであろう。なぜなら今のような社会に至った分岐点こそが6・4にほかならないからである。

 したがって外国人がもし中国のかかる変化を望むのであれば、第一に必要なのは、中国のより多くの人たちが公共問題・社会問題に関心を持ち、自ら行動を起こしたくなることではないかと思うのである。

 ぼくの知る中国人の人権活動家の何人かは、中国国内で大きな災害が起きることによって、政府と民衆の関係が、今のように政府があまりにも強い状態から変わっていくことを期待していた。今のところ新型コロナの発生によって彼らの期待した通りにはなっていない。しかし、1990年代の頃を思えば、2000年代に入ってあそこまでデモやストが増えることなど想像もできなかったのである。政府と民衆との力関係は行きつ戻りつの感があり、今のような独裁の状態が絶対に変わらないなどとは言えないと思うのだ。

ノンフィクション作家

1966年福岡県生まれ。東京大学国文科在学中に中国・ハルビンで出稼ぎ労働者と交流。以来、中国に通い、草の根の最前線を伝える。2013年に『中国の草の根を探して』で「第1回潮アジア・太平洋ノンフィクション賞」を受賞。また、東アジアの市民交流のためのNPO「AsiaCommons亜洲市民之道」を運営している。主な著書に『北京芸術村:抵抗と自由の日々』(社会評論社)、『旅の指さし会話帳:中国』(情報センター出版局)、『こころ熱く武骨でうざったい中国』(情報センター出版局)、『反日、暴動、バブル:新聞・テレビが報じない中国』(光文社新書)、『中国人は日本人を本当はどう見ているのか?』(宝島社新書)。

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