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「普遍的価値」から中国政府批判をすべきではない(下):中国を見つめなおす(24)

麻生晴一郎ノンフィクション作家

 「普遍的価値」から中国政府を批判することのもう1つの問題は、「普遍的価値」が中国と向き合う上で、はたして日本社会に十分合う価値観なのかという点だ。

 前回も述べたように、「普遍的価値」は、外務省のホームページによると、「自由」「民主主義」「基本的人権」「法の支配」「市場経済」から成る。一方、中国の「社会主義核心価値観」は、「富強」「民主」「文明」「和諧(親睦)」「自由」「平等」「公正」「法治」「愛国」「敬業」「誠信」「友善」の計12の概念。このうち「富強」「文明」「愛国」は、愛国主義を掲げ、欧米を超えたいと願う中国らしさが表れていると言えるかもしれないが、一方で「和諧(親睦)」「平等」「公正」「敬業」「誠信」「友善」などは、むしろ「普遍的価値」よりも日本社会になじみのある、伝統思想にもとづく日中共通の価値観とも言うべきものであり、さらに言えば、中国社会以上に日本社会で大切にされてきたものではないだろうか。

 中でも 「和諧(親睦)」「平等」「公正」といった価値は、「普遍的価値」の中の「市場経済」よりは日本社会が重んじる価値ではないかと思えるし、また、特にこれは人によって違う考えもあるだろうが、「民主主義」や「基本的人権」よりもなじみ深いとさえ思う。中国政府と批判を含めた対話をする上で、日本が掲げる価値としていずれがふさわしいかは、少なくとも議論の余地があると思われる。

 何が言いたいのかと言うと、「普遍的価値」は日本社会が中国政府を批判する際の価値の拠り所にふさわしくないのではないかという問いである。言い換えると、日本において香港や台湾やウイグル・チベット・モンゴルの問題、あるいは中国の民主化や言論の自由に関わる活動をする上で、より広範に日本の国民の参加を呼びかけるだけの訴求力が「普遍的価値」にははたしてあるのかという問いである。日本社会ならではの観点から中国政府を批判する試みがあってもいいのではないかと言いたいのである。

北京の公園で行われた「平等」を訴えるパフォーマンス(著者撮影)
北京の公園で行われた「平等」を訴えるパフォーマンス(著者撮影)

 

 もちろん、どういった価値に重きを置くかは人それぞれであるし、何をもって日本の価値観とするかもさまざまな考え方があろう。しかしながら、日本政府が普遍的価値を掲げて中国政府に向き合い、民主化や民族問題で中国政府を批判する人の少なからずが日本政府のこうした方針に追従する中で、日ごろ普遍的価値をさほど重んじない(たとえば基本的人権にしても、入管での虐待などになると、無関心であるとか)はずの人が、他に批判の大義名分がないために、普遍的価値を掲げて中国政府批判をするような場合が多いのではないか。そうではなく、個人あるいは日本社会が中国と向き合う上で、どのような価値観を掲げてみるべきなのかを考えてみてもいいのではないだろうか。

 日本社会にふさわしい価値観など、考え方は人それぞれだから決められるはずがないという意見は当然あるだろうが、ならば、どうして「普遍的価値」が選ばれたのかを問わねばなるまい。「よその国が言っているから」ぐらいの答えしかないのだとしたら、日本政府が価値観外交と語るものは本当にその名に値するものなのか、も問われるはずだ。

 個人的な意見を述べれば、「平等」、それと「和諧(親睦)」に通じる「多文化共生」の方が、日本社会が中国政府の誤った行いを批判する際の価値の拠り所にふさわしいのではないかと考える。政府と異なった意見を持つ人権活動家たちへの弾圧、ウイグル・チベット・内モンゴルでの弾圧と同化政策、それに香港や台湾への強引な介入に対しては、「多文化共生」とは反対であるとの観点から中国政府の「全体主義」が批判されるべきであり、「多文化共生」を呼びかけていくことが、日本社会の価値観によりもとづいたアクションのように思えるのである。もちろん、これはあくまでぼくの考えであり、願わくは、かかる考えが適切か否かも含めて、今後こうした議論がもっとされたらいいと思う。

ノンフィクション作家

1966年福岡県生まれ。東京大学国文科在学中に中国・ハルビンで出稼ぎ労働者と交流。以来、中国に通い、草の根の最前線を伝える。2013年に『中国の草の根を探して』で「第1回潮アジア・太平洋ノンフィクション賞」を受賞。また、東アジアの市民交流のためのNPO「AsiaCommons亜洲市民之道」を運営している。主な著書に『北京芸術村:抵抗と自由の日々』(社会評論社)、『旅の指さし会話帳:中国』(情報センター出版局)、『こころ熱く武骨でうざったい中国』(情報センター出版局)、『反日、暴動、バブル:新聞・テレビが報じない中国』(光文社新書)、『中国人は日本人を本当はどう見ているのか?』(宝島社新書)。

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