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なぜ中国の大学生は立ち上がったのか:中国を見つめ直す(16)

麻生晴一郎ノンフィクション作家

 2018年夏、深セン佳士科技有限公司の工場労働者が自主的な労働組合の結成を要求して同公司や地元警察と対立した佳士工人維権事件。多数の大学生が彼らに声援を送ったことを前回取り上げた。声援を送ったことで彼女たち大学生は将来の就職などを考えれば明らかに不利になるが、あえてそのような行動を選択したのは、国内で影響力の大きい「烏有之郷(ユートピア)」など左派(社会主義)の有力サイトが事件を大々的に扱ったことに加え、社会の不公正・不公平さにより強い憤りを持ちやすい若い年代だったからではないかと思う。

 広東省烏坎村の2011年のデモでも、村政府の土地横流しによる経済的被害をより切実に受け、デモの中心に立ったのは若い世代だった。

 前回も触れたように、筆者は2000年以来、広東省で出稼ぎ労働者(農民工)が自主的に設立した非公認労働組合の関係集会にしばしば足を運んだ。集会に参加する労働者・支援者のほぼ全員が20歳代前半の若い男女だった。中国はコネ社会とも言われる。もし今の労働条件に不満があるなら、組合を作って権利を主張するよりも、上司にうまく取り入って自分だけがいい思いをすることの方が中国では一般的な処世術なのかもしれない。しかし、広東省で各工場の組合の責任者になった若き彼らは違った。彼らは自分たち農民工が社会で不当に扱われていることを問題視し、報酬を度外視して職場のみんなのために活動する「義工」(ボランティア)であることに誇りを感じていた。

広東省における農民工の非公認組合関連の集会(筆者撮影)
広東省における農民工の非公認組合関連の集会(筆者撮影)

 当時彼らが抱いた「自分たちの労働組合を作る」という正当な要求や、非公認であるため工場や地元政府から警戒されていたことは、今回の佳士工人維権事件と全く同じであったと言っていい。にもかかわらず、当時彼らに注目し、支援する大学生を見かけたことはない。それは当時彼らを支援していた団体の性格によるものと思われる。筆者が訪れた集会を主宰していたのは北京益仁平中心など人権問題を扱う団体であった。同中心の活動資金の大部分は欧米の財団など西側世界からのものが占めていた。そのため、彼らの活動はけっして中国の民主化を目指したものではなかったが、西側世界の民主化勢力の一環にとらえられてしまい、同中心が支援する非公認労働組合も「中国政府」対「西側世界価値観」の二項対立の中に位置づけられてしまう。このような枠組みの中で左派が非公認労働運動に声援を送ることは難しい。

 だが、同中心をはじめとする人権団体は2013年の習近平政権誕生以降、度重なる弾圧などで活動不能状態に陥ったままである。佳士工人維権事件はこうした中で発生した。「維権」という人権派弁護士に対する弾圧などでよく用いられる言葉が使われ、実際に香港の人権団体などが労働者を支持したものの、この事件は一連の弾圧や規制で「中国政府」対「西側世界価値観」の二項対立がもはや成立し得ない現状の中国において、非公認労働組合の問題が「中国政府」対「社会主義」の枠組みの中でクローズアップされたのだと言える。筆者は今後、これまで「西側世界価値観」の枠組みの中で展開された種々のデモ・紛争などが、「社会主義」、「愛国」など、「中国政府」側に位置づけられがちな価値観でとらえ直され、中国政府と対立関係を成す事例が増えてくるのではないか、さらに言えば、この対立軸の方が若者により大きな関心が持たれるのではないかと考えている。

 と言うのも、筆者はこれまでさまざまな分野の市民活動を追ってきたが、上述の労働組合の集会に参加する「義工」も含めて、その担い手が民主化よりも、自分たちの生活の場においての社会主義の貫徹を望んでいたことを感じてきたからである。日本では「左派」や社会主義を望む考え方が中国政府、すなわち中国共産党と同一視されがちだが、両者の違いを認識しないと、中国における政府と民間の間のズレやそこから引き起こされる事件を見誤ってしまうのではないかと思うのである。

ノンフィクション作家

1966年福岡県生まれ。東京大学国文科在学中に中国・ハルビンで出稼ぎ労働者と交流。以来、中国に通い、草の根の最前線を伝える。2013年に『中国の草の根を探して』で「第1回潮アジア・太平洋ノンフィクション賞」を受賞。また、東アジアの市民交流のためのNPO「AsiaCommons亜洲市民之道」を運営している。主な著書に『北京芸術村:抵抗と自由の日々』(社会評論社)、『旅の指さし会話帳:中国』(情報センター出版局)、『こころ熱く武骨でうざったい中国』(情報センター出版局)、『反日、暴動、バブル:新聞・テレビが報じない中国』(光文社新書)、『中国人は日本人を本当はどう見ているのか?』(宝島社新書)。

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