Yahoo!ニュース

「悪銭身に付かず?」~24歳・4630万円男の行動を道徳ではなく経済的合理性から考察する

荒川和久独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター
(写真:イメージマート)

4630万円のライフ価値

連日、報道やワイドショーで話題がもちきりの「山口県阿武町4630万円誤送金問題」。

そもそもが役所のミスであり、加えて、早急に銀行の仮差し押さえをしなかったという事後処置のまずさなど、「誰が逮捕者を作り上げてしまったのか?」という問題もあるのだが、それはそれとして、自分の金でもないものを持ち逃げして、あげく博打で全額すった(と供述している)この24歳の男性の行動は容認できるものではないだろう。

4630万円というのは確かに大金であることは間違いないが、果たして24歳の若者が、この先の一生を棒に振るような価値あるものだったのか、という視点も必要だ。

写真:森田直樹/アフロ

生涯賃金はいくら?

労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計2021」には、2019年実績での学歴別企業規模別生涯賃金が出ている。それによれば、従業員数100人未満の小規模企業に就職した高卒男性でさえ、生涯賃金合計(60歳まで正社員で勤めあげ、そこで定年退職した場合で退職金を除く)は1億8150万円である。4630万円の4倍を稼ぐことになる。大企業で働ければ、高卒でも2億5450万円、大卒以上なら3億円を超える。

さらに、これに退職金が1500~2000万円くらい加算されるし、当然働いた分の厚生年金も受け取ることになる。加えて、企業年金制度がある場合は、退職金と同額レベルの企業年金をあわせて手に入れることもできる。

上記の退職金を除く生涯賃金に加えて、退職金と企業年金(一括の場合)でプラス3000~4000万円、さらに65歳からの国の年金があることになるのだ。会社によっては持株会がある場合もあるだろう。それも退職した時に大きな資産となる。

経済的合理性の視点

わかりやすくいえば、4630万円は大金だが、35年正社員として勤め上げれば、60歳時点で文句なくいただける退職金と企業年金合計金額とたいした違いはないということになる。

逆にいえば、4630万円を盗んだことでそれ以降の収入をなくしてしまったら、35年働いたとして年収132万円の生活を一生続けるのと変わらないのだ。

そう考えた時、誤送金された4630万円を奪ってしまうより、誤送金された人間であるという話題性と希少な体験をネタにYouTuberになったり、町会議員に立候補でもした方が、よっぽどその後の彼の人生が充実したものになっていたのではないかと思われる。

こうした問題をとかく道徳的な視点だけで判断してしまいがちである。たとえば宝くじで高額当せんした人のその後が幸せだったという話はあまり聞かない。苦労せず得たお金は身につかずあっという間に無くなってしまうという意味の「悪銭身に付かず」ということわざをかみしめろ、と言いたい人もいるだろう。

しかし、道徳云々ではなく経済的合理性の視点からいっても、4630万円を持ち逃げしてしまうという判断はなかったのではないかと思ってしまうのだ。徳にもならないし、得にもならない。

もちろん、金額が大きければ奪ってもいいのか、という話をしているわけではない。

結婚の経済的合理性

話は変わるが、婚活の話題で必ず出てくる「年収いくらじゃないと結婚できない」という話がある。未婚男性が結婚を決断するために「年収300万円の壁」というのが存在していることも事実である。

しかし、正社員として就職した以上、よほどのことがなければ、高卒で小規模の会社だとしても生涯2億円を稼げる(退職金込み)可能性がある。同じ高卒の女性と結婚として共稼ぎしたとすれば、計算上、夫婦で生涯3億5000万円になる。

これは、大卒大企業に勤めた男性の退職金込み生涯収入とかわらない。いいかえると、大卒大企業エリート社員と結婚した専業主婦家庭と生涯世帯収入は一緒ということになる。

結婚は経済的合理性だけで考えるものではないが、一方で、「結婚とは、一人ではできないことを二人で協力してできるようにする」ものだとすれば、今現在の個人年収が300万になるかならないかというのに固執してしまうことは、かえって結婚の可能性をせばめていることになるかもしれない。

提供:イメージマート

但し、それは、あくまで現状までの年功序列方式、解雇規制のある正社員という立場が守られて、かつ、企業の倒産や廃業などがないような国全体としての経済環境が安定しているという前提の話であり、賃上げ率より増税や社会保障負担率の上昇が上回って、可処分所得が減り続けるなどというとんでも悪財政がないという前提の話でもあるが。

未来への安心がなければ、あるいは、少なくとも安心できると信じられる現在の環境がなければ、人間は合理的な判断ができないこともまた事実である。客観的に他者に対して「なんて愚かな行動をしたんだ」と思えるのは、その人の心が安定しているからなのであって、愚かな行動を少なくするには環境を整えることが大事なのだろうと思う。

関連記事

20代後半で年収300万円にも満たない若者が半分もいる経済環境では結婚できない

給料は増えない、税や社会保障費はあがる、おまけにインフレまでやってくる地獄

「高望みはしません。年収500万円くらいの普通の男でいいです」という考えが、もう「普通じゃない」件

-

※記事内グラフの商用無断転載は固くお断りします。

独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター

広告会社において、数多くの企業のマーケティング戦略立案やクリエイティブ実務を担当した後、「ソロ経済・文化研究所」を立ち上げ独立。ソロ社会論および非婚化する独身生活者研究の第一人者としてメディアに多数出演。著書に『「居場所がない」人たち』『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』『結婚滅亡』『ソロエコノミーの襲来』『超ソロ社会』『結婚しない男たち』『「一人で生きる」が当たり前になる社会』などがある。

荒川和久の最近の記事