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人目につかないイスラエルと米国のシリア爆撃が中東を不安定化させる

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA、2024年2月21日

開始から2年を迎えようとしているロシアのウクライナ侵攻についての(若干の過熱)報道がイスラエル・ハマース衝突への関心を圧倒するなか、ラファ市侵攻の準備を進めるイスラエルに対する批判的報道や抗議の声が、イスラエルのシリアに対する侵犯行為への関心を奪い、そしてイスラエルによるいつもの侵犯行為が米国の侵犯行為をさらに見えなくしている。

イスラエルによるシリア爆撃

イスラエル軍は2月21日、シリア領内に対して2回の爆撃を実施した。

シリア国防省の声明によると、2月21日午前9時40分頃、イスラエル軍戦闘機が占領下ゴラン高原方面から首都ダマスカス県カフルスーサ区の住宅1棟を狙って爆撃を行い、民間人2人が死亡、1人が負傷、標的となった住宅と周辺の住宅複数棟が物的損害を受けた。

これに関して、シャームFMやアスル・プレスといった現地メディアは、「イラン系」のイマーム・シャーフィイー学校の脇(裏)の住居が狙われたと伝えた。

また、反体制系のサウト・アースィマは、複数の匿名独自筋の話として、イスラエル軍が「イランの民兵」の本部が入っていた住居複数棟に対してミサイル3発を発射したと伝えた。

一方、英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は、死亡したのが2人でなく、民間人1人と外国人2人の計3人だったとしたうえで、標的となった地域がイラン・イスラーム革命防衛隊やレバノンのヒズブッラーの関係者が頻繁に出入りする場所だと指摘した。

2度目の爆撃

この爆撃の数時間後、ロシアのスプートニク・アラビア語版(2月21日付)は、イスラエル軍が占領下ゴラン高原上空から首都ダマスカス一帯の複数ヵ所を狙って2度目の爆撃を行ったが、シリア軍防空部隊が迎撃、ミサイルのほとんどを撃破したと伝えた。

シリア人権監視団もまた、首都ダマスカス南西に点在する「イランの民兵」の拠点複数ヵ所が2度目の攻撃を受け、シリア軍防空部隊が砲弾の迎撃を試みたとしたうえで、ダマスカス郊外県のバイト・ジン村一帯に砲弾複数発が着弾したと発表した。

ダイル・ザウル県でも繰り返される侵犯行為

イスラエルによるシリアへの2度の爆撃が日本をはじめとする西側諸国で報じられることは、いつもの通りほとんどなかった。

だが、それ以上に報じられないシリアへの侵犯行為が同国南東部のダイル・ザウル県で発生していた。

シリア人権監視団によると、2月20日深夜から21日未明にかけて、シリア政府の支配下にあるダイル・ザウル市南の砂漠地帯上空に、所属不明の戦闘機複数機が飛来、その後「イランの民兵」の陣地3ヵ所を狙ったと見られる爆撃による爆発が複数回確認された。この攻撃で、少なくとも10人が負傷し、ダイル・ザウル市の軍事病院に搬送された。

また2月21日には、所属不明の無人航空機(ドローン)1機がシリア政府の支配下にあるダイル・ザウル県ブーカマール市にある「イランの民兵」の武器弾薬庫1ヵ所を爆撃し、大きな爆発が1回確認された。

ダイル・ザウル県を爆撃した航空機が、米軍所属であることは容易に見当がつく話だ。だが、米軍が爆撃をする理由はない、というのが米国の見解だった。

米国防総省のサブリナ・シン副報道官は、2月21日(東部時間2月20日)の記者会見で、2月4日以降、シリアとイラクにおいて米軍がイラン・イスラーム革命防衛隊の支援を受ける民兵(いわゆる「イランの民兵」)の攻撃を目にしていないと主張したのだ。

続く「イランの民兵」の攻撃

だが、実際には、「イランの民兵」による米軍基地への攻撃は続いている。

「イランの民兵」は2月20日、CONOCOガス田に違法に設置されている米軍基地をドローン複数機で攻撃した。20日深夜から21日未明にかけてのダイル・ザウル市への爆撃はこの攻撃に対する報復と見られる。

なお、これに先立って、「イランの民兵」は2月5日、ウマル油田に設置されているシリア民主軍(クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)に民兵である人民防衛隊(YPG)を主体とする武装部隊で、有志連合の協力部隊)の士官学校を、自爆型ドローンで攻撃、シリア民主軍の戦闘員6人を殺害した。また、2月8日、ウマル油田近くの米軍基地(グリーン・ヴィレッジ)をロケット弾で攻撃した。

2月9日には、CONOTOガス田をロケット弾で攻撃、米軍所属と見られるドローンもブーカマール市近郊のスッカリーヤ村一帯のイラン・イスラーム革命防衛隊の陣地を爆撃した。2月10日には、CONOTOガス田とウマル油田の米軍基地をドローンとロケット弾で攻撃した。

さらに、2月13日には、グリーン・ヴィレッジをロケット弾で2回にわたって攻撃、対する米軍もシリア政府の支配下にあるマヤーディーン市近郊の砂漠地帯にあるアイン・アリー廟一帯を爆撃した。さらに19日にも、CONOCOガス田の米軍基地をロケット弾で攻撃した。

シリアに対するイスラエルと米国の攻撃が人目に触れないことは、イスラエル・ハマース衝突の周辺諸国への波及を抑止することを意味していない。それは、米軍兵士を死に至らしめるような「イランの民兵」、あるいは抵抗枢軸の「目に見える報復」の引き金となりかねない点で、中東情勢を不安定なものとしている。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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