Yahoo!ニュース

シリアとイラクで「ガザの復讐」に晒される米軍がトルコ軍ドローンを「イラクの民兵」の攻撃と誤って撃墜

青山弘之東京外国語大学 教授
North Press、2023年11月6日

ハマースの「アクサー大洪水」作戦と、それに対するイスラエルのガザ地区への激しい攻撃が始まって1ヵ月が経った。

イスラエル軍のガザ地区への侵攻は留まる気配はなく、レバノン北部・イスラエル南部では、ヒズブッラーが主導するレバノン・イスラーム抵抗とイスラエル軍が交戦を続けている。シリアとイラクでも、「イランの民兵」、より厳密に言うとイラク・イスラーム抵抗を名乗る武装勢力が、イスラエル軍によるガザ虐殺を支持している米国への報復だとして米軍(有志連合)の基地に対して無人航空機(ドローン)やロケット弾による攻撃を続けている。

新段階に入ったイラク・イスラーム抵抗の攻撃

イラク・イスラーム抵抗とは、イラクのシーア派民兵からなる人民動員隊を構成するヒズブッラー大隊、バドル機構、アサーイブ・アフル・ハック、ヌジャバー運動、ジハード連隊、殉教者の主大隊、アンサール・アッラー、フラーサーニー連隊、イラク自由人旅団などからなる。イラクの人民動員隊、あるいは「イランの民兵」内の急進派と見られる諸派から構成されている。

ヒズブッラーのハサン・ナスルッラー書記長が11月3日、イスラエル・ハマース衝突勃発後初めてとなる演説で、イスラエルがレバノンへの攻撃を激化させれば「史上最大の愚行になる」と凄んだまさに同じ日、イラク・イスラーム抵抗はテレグラムを通じて声明を出し、「来週に始まる敵(イスラエル)との対決の新段階は、この地域(中東)にある(米軍)基地においてさらに激しく広範に行われる」と表明、攻撃を激化させる意思を表明した。

この声明発表以降、イラク・イスラーム抵抗をはじめとする「イランの民兵」は、米軍やイスラエルへの攻撃を激化させている。

イラク・イスラーム抵抗が発表した攻撃は以下の通りだ。

  • 11月3日、イスラエルのエイラート市を攻撃。
  • 11月3日、シリアのハサカ県ハッラーブ・ジール村に違法に設置されている米軍基地を多数のロケット弾で攻撃。
  • 11月4日、シリアのハサカ県シャッダーディー市に違法に設置されている米軍基地を多数のロケット弾で攻撃。
  • 11月4日、イラクのアルビール県アルビール市にあるアルビール空港の米軍基地を2機の無人航空機(ドローン)で爆撃。
  • 11月5日、シリアのハサカ県のタッル・バイダル村に違法に設置されている米軍基地(アルビール空港基地)をドローン1機で爆撃。
  • 11月6日、イラクのアンバール県にあるアイン・アサド米軍基地を3回にわたって攻撃。
  • 11月6日、アルビール空港の米軍基地を攻撃。
  • 11月6日、タッル・バイダル村の米軍基地を攻撃。
  • 11月6日、シリアのヒムス県のタンフ国境通行所に違法に設置されている米軍基地を攻撃。

このほかにも、英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団などによると、以下のような攻撃(あるいは攻撃、あるいは迎撃によると見られる爆発)が確認された。

  • 11月3日、シリアのダイル・ザウル県にあるウマル油田に米軍が違法に設置している「グリーン・ヴィレッジ」基地で複数回の爆発が発生。
  • 11月5日、シリアのハサカ県カスラク村に設置されている米軍基地上空にも複数ドローンが飛来、複数回の爆発が発生。
  • 11月6日、カスラク村の米軍基地に複数のドローンが攻撃を試み、タッル・バイダル村の基地に展開する米軍が対空ミサイルで迎撃、1機を撃墜。

また、イスラエル軍は11月2日、シリアに駐留していた「イランのイマーム・フサインの民兵」がヒズブッラーを支援するためレバノン南部に展開したと発表していたが、この「イランのイマーム・フサインの民兵」も、いわゆる「イランの民兵」、あるいはイラク・イスラーム抵抗と見られる。

シリア北部への重点的な攻撃

「新段階」に入ったとされるイラク・イスラーム抵抗の攻撃は、シリア北部のハサカ県に設置されている米軍基地を重点的に狙っている点に特徴を見出すことができる。

同地は、クルド民族主義勢力のクルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲む民主統一党(PYD)がその大部分を実効支配している。PYDが結成した民兵組織の人民防衛隊(YPG)を主体とする武装組織のシリア民主軍は、イスラーム国に対する有志連合の「テロとの戦い」の協力部隊と位置づけられ、米軍が全面支援している。

だが、トルコにとって、PKK、PYD、YPG、シリア民主軍は「分離主義テロリスト」であり、国境地帯から排除されるべき存在だった。トルコはこれまでに、「分離主義テロリスト」を殲滅するとして、3回(2016年8月~2017年3月、2018年1~3月、2019年10月)の軍事作戦を実施してきた。これにより、シリア北部の広範な地域を事実上の占領下に置くことに成功する一方、ロシア政府との合意に基づき、PYD支配地域の北端の国境地帯や主要幹線道路にロシア軍とシリア軍が兵力引き離し部隊として展開することを認めた。だが、米国は、PYDへの支援を続けるだけでなく、ハサカ県のルマイラーン油田一帯地域や交通の要衝であるタッル・タムル町一帯地域に基地を設置することで、トルコの前に立ちはだかった。

米国とトルコの軍事的軋轢

10月1日にトルコの首都アンカラの内務省施設前で発生した自爆テロをPKKにつながりのある勢力による犯行だと断じたトルコは10月4日から、シリア北部への大規模な爆撃や砲撃を実施、石油関連施設などのインフラ施設を破壊した。この際も、米軍はトルコの「行き過ぎ」を阻止するための大胆な行動に打って出た。10月5日、米軍はタッル・バイダル村の基地に接近したトルコ軍のドローン(Anka-S)を撃墜したのである。

この米国とトルコは、この「偶発的な事故」に対して、両国のこれまでの関係に変化がないことを確認した。だが、イスラエル・パマス衝突に伴う中東情勢の流動化のなかで、再び「偶発的な事故」が発生したのである。

反体制系メディアのイナブ・バラディーやノース・プレスは、イラク・イスラーム抵抗が、米国との対決の「新段階」として、タッル・バイダル村やカスラク村の米軍基地への攻撃を頻発させるなか、米軍が11月5日、トルコの占領地を離陸し、タッル・バイダル村の基地に接近したトルコ軍の自爆型ドローン1機を撃墜した、と報じたのだ。

トルコ軍は11月2日から、シリア北東部への攻撃をにわかに激化させていた。トルコ軍は、アレッポ県タッル・リフアト市近郊のシャイフ・イーサー村をドローン2機で爆撃したほか、ハサカ県のアブー・ラースィーン町一帯、タッル・タムル町一帯を砲撃し、シリア民主軍と激しく交戦していた。米軍によって撃墜されたドローンはこうした攻撃に参加していたものと見られる。

米国とトルコは2度目となる「偶発的な事故」に対して正式なコメントは発表していない。だが、この事故がどのように処理されようとも、シリア、さらにはパレスチナを含む中東地域が、干渉国の二重基準、あるいは多重基準によって翻弄され続けている事実を拭い去ることはできない。

西側諸国の一員、そしてNATO加盟国である米国とトルコは、シリアにおいても、ガザ地区においても、それぞれの国益に基づいて、「テロリスト」や「占領」に対して異なった解釈を行い、そのことが軋轢を生み出している。しかし、この軋轢そのものは、干渉国どうしの決定的な対立や対決をもたらすことはなく、政治的なカードとして温存され、利用される。こうした政治的なゲームこそが、中東地域における混乱を再生産し、永続化させる最大の不安定要因なのである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

青山弘之の最近の記事