Yahoo!ニュース

シリアで「不測の事態」:ロシア軍兵士5人がトルコ軍の砲撃で死傷

青山弘之東京外国語大学 教授
Enab Baladi、2023年6月12日

トルコでレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領が再選を果たし、ロシア・シリア・トルコ・イラン四ヵ国外務大臣会合を通じて、シリアとトルコの関係修復に向けた動きが本格化しようとするなか、ロシアとトルコにとって「不測の事態」が発生した。

シリア北部でのトルコ軍による砲撃で、ロシア軍兵士1人が死亡したのだ。

トルコ軍のドローン攻撃

きっかけは、トルコ軍による無人航空機(ドローン)での爆撃だった。

シリアのアラブ連盟の復帰、ロシア・シリア・トルコ・イラン外務大臣会合などを通じて、シリアをめぐる諸外国の緊張が緩和するなか、5月以降、シリア北部でのトルコ軍と、クルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)の戦闘も小康状態にあった。だが、6月10日、トルコ軍は、アレッポ県北部のタッル・リフアト市近郊のマアッラータ村とアフダース村を結ぶ街道を移動中の車輌1台を爆撃したのだ。

PYDは、トルコが「分離主義テロリスト」とみなし、米国がFTO(外国テロ組織)に指定しているクルディスタン労働者党(PKK)の系譜を組む組織で、武装部隊の人民防衛隊(YPG)、女性防衛隊(YPJ)を擁し、YPGを主体とする武装連合体のシリア民主軍は、イスラーム国に対する「テロとの戦い」の協力部隊として、米国の全面支援を受けている(つまり米国は自らがテロ組織と指定している組織を支援している)。YPG、シリア民主軍によって制圧された地域は、PYDが主導する自治政体の北・東シリア自治局が統治している(一部地域は、シリア政府との共同統治、あるいは分割統治が行われ、ロシア軍部隊も駐留している)。

爆撃が行われたのは、北・東シリア自治局とシリア政府の支配地が混在している地域で、これによって、YPGの戦闘員3人が死亡、2人が負傷した。

シリア国内の勢力図(筆者作成)
シリア国内の勢力図(筆者作成)

シリア民主軍の反撃

この爆撃を受けるかたちで、翌6月11日、トルコの占領下にあるアレッポ県北部のいわゆる「ユーフラテスの盾」地域内に設置されているトルコ軍の基地が砲撃を受けた。狙われたのは、バーブ・サラーマ国境通行所(トルコ側はオンジュプナル国境通行所)とカルジャブリーン村の基地で、トルコのニュースサイト「ソン・ダキカ」によると、砲弾5発がトルコ領内のオンジュプナル国境通行所一帯に着弾、多数が負傷した。

砲撃は、シリア政府と北・東シリア自治局の共同支配地から発射されたが、シリア民主軍による報復と見られた。

Son Dakika、2023年6月11日
Son Dakika、2023年6月11日

これと前後して、トルコ軍も、トルコの占領地で活動するシリア国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army)とともに、タッル・リフアト市一帯、同市近郊のバイルーニーヤ村、バイナ村、マルアナーズ村、シャワーリガ村、マーリキーヤ村、タート・マラーシュ村を砲撃、シリア民主軍と激しく交戦した。

トルコ国防省は、この戦闘に関して、PKKとYPGのテロリスト7人を無力化したと発表した。

ANHA、2023年6月11日
ANHA、2023年6月11日

ロシア軍装甲車が被弾

そして、6月12日に「不測の事態」は起きた。この日、トルコ軍は、シリア政府と北・東シリア自治局の共同支配下にあるアレッポ県アイン・アラブ(コバネ)市のガソリン・スタンド近くでオートバイ1台をドローンで攻撃し、北・東シリア自治局支配地で活動する武装部隊の戦闘員(YPG、シリア民主軍、あるいはアフリーン解放軍団のいずれに所属するかは不明)2人が死亡、民間人5人が負傷した。

ANHA、2023年6月12日
ANHA、2023年6月12日

さらに、トルコ軍はトルコの占領地との境界地帯に位置するハルバル村とウンム・シューシュ村を結ぶ街道をパトロール中のロシア軍装甲車1両を砲撃した。ロシア軍の戦況をモニタリングしているロシア人のアレクサンドル・コバレンコはツイッターのアカウントで、ロシア軍兵士1人が死亡したことを明らかにした。また、英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団も、ロシア軍兵士1人が死亡、4人が重傷を負ったと発表した。

Facebook (@profile.php?id=100089774013597)、2023年6月12日
Facebook (@profile.php?id=100089774013597)、2023年6月12日

ロシア・トルコ関係、シリア情勢への影響は?

この砲撃に関して、トルコ政府はいまのところコメントを発表していない。だが、シリア情勢だけでなく、ウォロディミル・ゼレンスキー政権が反転攻勢の開始を宣言したウクライナ情勢をめぐって、ロシア、さらには西側諸国と対峙し、中東地域と国際社会において存在感を誇示し、影響力を強めようとしているトルコにとって、この「不測の事態」にどう対処するかはきわめて重要な問題だと言える。

2015年11月、トルコは、ロシア空軍のSu-24戦闘爆撃機が自国の領空を侵犯したとして(ロシア側はこれを否定している)、F-16戦闘機で撃墜、緊急脱出した乗員2人がシリア北部で活動する反体制派によって殺害されるという事件が発生した。

この事件を受けて、トルコとロシアの関係は急激に悪化、ロシアからの制裁を受けたトルコは、翌16年6月にエルドアン大統領はロシア側への正式謝罪を余儀なくされた。だが、これを機に、ロシアとトルコはシリア情勢をめぐって結託を強め、シリア政府と反体制派の停戦を目的としたアスタナ・プロセスを立ち上げ、現下のシリアの秩序形成を主導するようになった。

今回の「不測の事態」が、ロシアとトルコの関係、さらにはシリア情勢にどのような影を落とすかは明らかではない。だが、体制打倒、「自由」と「尊厳」の実現に向けた革命の成就、化学兵器使用者の処罰、イスラーム国やアル=カーイダ系組織に対する「テロとの闘い」など、シリア内戦をめぐる諸々のアジェンダが意味をなさなくなった現在、この事件が、ロシア・トルコ関係やシリア情勢を悪化させるきっかけとは考えられない。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

青山弘之の最近の記事