Yahoo!ニュース

米国がシリアの反体制派司令官を解任:違法な軍事介入と駐留によって培われた影響力

青山弘之東京外国語大学 教授
Syria TV、2022年9月25日

米国はシリアの反体制派の司令官を解任できる――シリアに違法な軍事介入を続け、領内各所に部隊を駐留させる米国の影響力の強さを示す出来事が9月24日にシリアで起きた。

英国を拠点として活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は、複数筋の話として、米中央軍(CENTCOM)が、米軍(有志連合)の事実上の占領下にあるタンフ国境通行所一帯地域(55キロ地帯)で活動する革命特殊任務軍のムハンナド・アフマド・タラーア司令官(大佐、あるいは准将)を解任し、カルヤタイン殉教者旅団の司令官を務めていたファリード・フサーム・カースィムを新たな司令官に任命したと発表した。

革命特殊任務軍、カルヤタイン殉教者旅団

革命特殊任務軍は、有志連合の支援を受け55キロ地帯内で活動を続ける最有力組織で、いわゆる「自由シリア軍」諸派の一つである。2015年に結成され、有志連合の「協力部隊」(partner forces)として、2016年3月に有志連合がイスラーム国によって掌握されていたタンフ国境通行所を制圧した際の戦闘に参加した。また、東部獅子軍、殉教者アフマド・アブドゥー軍団、カルヤタイン殉教者などといった武装集団とともに、「新シリア軍」、「ハマード浄化のために我らは馬具を備えし」作戦司令室、「土地は我らのものだ」作戦司令室などを結成し、シリア南東部でシリア軍、「イランの民兵」と対峙してきた。

カルヤタイン殉教者旅団は、バラク・オバマ政権下の米国から支援を受けていた「穏健な反体制派」(あるいは「協力部隊」)の一つで、55キロ地帯を拠点に活動を続ける革命特殊任務軍などとシリア南東部で共闘し、シリア政府の打倒を目指していた。だが、ドナルド・トランプ政権下の2017年7月、有志連合は、この組織が米国との事前の調整なしに、シリア国内での偶発的衝突を回避することを目的として、米国とロシアとの間で2015年10月に設置合意された非紛争地帯(de-confliction zone)、すなわち55キロ地帯に侵入し、イスラーム国ではなく、シリア政府を支援する勢力との戦闘を開始したとして、断交を宣言していた。

新司令官となったカースィムはヒムス県カルヤタイン市生まれ。シリア軍の大尉だったが、「アラブの春」波及(2011年)直後に離反し、カルヤタイン殉教者旅団を率いた。トルコのイスタンブールを拠点とする反体制系サイトのシリア・テレビによると、カースィムは、有志連合に近い人物と目されて、カルヤタイン殉教者旅団も有志連合から支援を受けてきたという。

なお、このカルヤタイン殉教者旅団に対して、ロシアは8月4日、55キロ地帯内(あるいはその周辺)に対して爆撃を実施している(「ロシアとトルコがシリアに駐留する米軍を狙うかのように攻撃を激化:具体的な対抗策を講じない米国」を参照)。

不在中の解任劇

シリア人権監視団によると、タラーア大佐は革命特殊任務軍のメンバーらに対して、突如イラク側と新たな国境通行所(ズーリーヤ国境通行所)を開設するためと告げ、イラクに向かっていたが、その間に解任されたという。

一方、シリア・テレビは9月25日、CENTCOMの独自情報筋の話として、タラーア司令官の解任は、彼がトルコを「通常の休暇」で訪問しているのに合わせて行われたと伝えた。そのうえで、タラーア司令官は「通常の休暇」を家族の一部が暮らしているトルコで過ごすことが多いと付言した。

タラーア大佐がイラクにいるのか、トルコにいるのかは定かではないが、いずれにせよ解任が不在中の出来事だったことが分かる。

ルクバーン・キャンプへの対処に失敗

CENTCOMの独自情報筋によると、解任は「地域住民」への対処に失敗したのを受けたものだとしたうえで、カルヤタイン殉教者旅団、部族自由人軍などからなる「武装連合体」の意思に基づいているという。

「地域住民」が何を指すのかについては言及していないが、55キロ地帯内のシリア・ヨルダン国境の緩衝地帯にあるルクバーン・キャンプで避難生活を余儀なくされている国内避難民(IDPs)を指すことは明白である。

ルクバーン・キャンプには、1万人強のIDPsが今も身を寄せている。シリア政府とロシアはキャンプに至る「人道回廊」を設置し、人道支援と政府支配地へのIDPsの帰還を試み、4万人あまりが実際に帰還した。だが、キャンプを支配する革命特殊任務軍などの武装集団は、帰還を希望するIDPsに多額の金銭を要求するなどして「軟禁状態」に置き、また国連や赤新月社の人道支援も拒否している。劣悪な環境下にあるキャンプからはIDPsが脱出を試みる事案が頻発しているが、米軍の駐留が続くなかで、事態が抜本的に改善する気配はない。

一方、タラーア司令官の解任に関与しているとみられる「武装連合体」がいかなるもので、タラーア司令官の解任において実際にどのような役割を果たしたのかは明らかでない。

シリアに散在する米軍基地

米国は、2014年9月、イスラーム国を殲滅するとして有志連合を率いて、シリア領内に対する爆撃を開始した。2015年には、イスラーム国と戦う「協力部隊」を支援するとして、地上部隊を派遣、各所に基地や拠点を設置し、駐留させていった。現在(2021年初め)、米軍基地は27ヵ所(ハサカ県15ヵ所、ダイル・ザウル県9ヵ所、ラッカ県1ヵ所、ヒムス県2ヵ所)あるとされ、600人から3,000人の将兵が駐留を続けている。

筆者作成
筆者作成

しかし、シリア領内に対する爆撃、そして部隊駐留は、シリア政府を含めたシリアのいかなる政治主体の同意も経ずに行われた国際法違反である。

米軍の介入が、革命特殊任務軍、さらにはクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)といった「協力部隊」の要請に基づいていると主張することも不可能ではないだろう。だが、これらの組織は、米国ですらシリアの正統な代表とはみなしていない。米国をはじめとする西側諸国は、かつてはシリア国民評議会やシリア革命反体制派国民連立(シリア国民連合)を「シリア国民の正統な代表」として承認していたが、これら在外活動家の組織は「協力部隊」を代表していない。

シリア人権監視団によると、革命特殊任務軍のメンバーらはタラーア司令官の解任決定に拒否の意思を示しており、本件への対応について協議しているという。こうした反対を押し切るかたちでの強引な司令官解任劇は、「協力部隊」が米国の傀儡、あるいは代理(プロキシー)であることを改めて浮き彫りにしているのである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

青山弘之の最近の記事