ウクライナでロシア軍と共に戦うシリア軍士官(傭兵)が死んだというフェイクニュースで得をするのは誰か?
熾烈な情報戦
ウクライナをめぐる欧米諸国とロシアの対立をめぐって熾烈な情報戦が繰り広げられている。化学兵器や生物兵器使用の可能性、「外国人義勇兵」、つまり「傭兵」の戦闘参加に向けた準備がその典型だ。
これらの情報は、日本、そして欧米諸国では、ロシア側のプロパガンダだと一蹴されることが多い。「ウクライナ側がロシア軍に対して化学兵器を使用しようとしている」、「ロシア軍と戦うため世界中の過激派がウクライナをめざしている」といった言説は、あるいはロシア軍による化学兵器使用、傭兵の徴兵を正当化するためにロシア側が流した偽情報だとみなされている。
傭兵をめぐっては、ウクライナのヴォロジミール・ゼレンスキー大統領が2月27日に「国際義勇軍」の参集を呼び掛ける一方、ロシアのヴラジーミル・プーチン大統領は3月11日、ウクライナでの軍事作戦に加わりたい「志願兵」の参加を認めるべきとの見解を示した。
こうしたなかで、シリアでウクライナ軍、ロシア軍の双方を支援する傭兵の勧誘が行われているとの情報が、アラブ・メディアを中心に大きく報じられている。「ウクライナの戦場でシリア人傭兵が確認された」、「ウクライナでシリア人傭兵が殺害された」との情報が流れるのは時間の問題かと思われるが、そんななかで、最初にフェイクニュースを発信・拡散したのは、ロシアを支持するシリア政府側ではなく、おそらく反体制派側だった。
ウクライナでシリア軍士官戦死はフェイクニュース
SNSや複数のニュース・サイトで3月12日、ウクライナ東部のドネスク市近郊での戦闘で、シリア軍の士官1人が死亡したとの情報が流れ、拡散された。殺害されたのはマダッル・アブドゥルアズィーズ・アリーという士官で、ネット上では、ロシアがウクライナですでに傭兵を投入していると騒がれた。
だが、情報が拡散された数時間後、トルコで活動する反体制系NGOでネット上の情報の真偽を確認しているタアッカド(アラビア語で「確認せよ」の意味)は、これがフェイクニュースであることを確認したとする声明を発表した。
タアッカドによると、情報源は親政府メディア活動家のラフィーク・ルトフのフェイスブックのアカウント(ジャーナリスト・ラフィーク・ルトフ)で、以下のような書き込みがなされたことに端を発していた。
そして、この書き込みをトルコで活動する自称「無所属系サイト」のカシオン通信や反体制系メディア活動家のサミール・マティーニーなどがフェイスブックで拡散していった。
本人が反論
親政府メディア活動家が偽情報をアップし、反体制派が乗せられてこれを拡散し、フェイクニュースになってしまったように見える。だが、情報戦とはそんなに単純ではない。
メディア活動家のルトフ本人が、この偽情報のアップに先立って、自身のフェイスブックのアカウント(ラフィーク・ルトフ)に以下のような書き込みをし、「ジャーナリスト・ラフィーク・ルトフ」が偽のアカウントで、そこでアップされているウクライナ関連のポストは偽情報だとして警戒するよう呼びかけていたからだ。
これは「ジャーナリスト・ラフィーク・ルトフ」に直前に以下のような書き込みがアップされたのを受けたものだった。
殺害されたという士官の正体
また、タアッカドは調査の結果、ウクライナで殺害されたとされるアリー氏の写真が、ミクダード・フサイン・ハリールという名のシリア軍士官(中尉)で、2015年10月15日に反体制派との戦闘で死亡した人物であることが判明したと発表し、そのことを示すティシュリーン大学電子情報局(バアス党ティシュリーン大学支部)のフェイスブックの書き込みを転載した。
誰がフェイスブックのアカウント「ジャーナリスト・ラフィーク・ルトフ」を作成し、偽の情報を拡散したのかを確認することはできない。だが、政府を支持するメディア活動家を名乗って偽情報を拡散することで、ルトフ本人、そして親シリア政府系の記者やメディア、そしてフェイクニュースの常習犯とされるシリア政府やロシア政府を貶めることができることだけは確かである。