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シリア:クルド民族主義勢力支配地域で燃料価格引き上げに抗議するデモ発生、治安部隊の発砲で多数が死傷

青山弘之東京外国語大学 教授
SANA、2019年5月18日

シリア北東部の各所で5月18日、燃料価格の引き上げに抗議するデモが発生し、治安部隊の発砲で多数の死者が出た。

シリア北東部とは?

デモが発生したのは、北・東シリア自治局が支配する地域。北・東シリア自治局は、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルディスタン労働者党(PKK)の系譜を汲む民主統一党(PYD)の主導のもとに2017年9月に発足した自治政体。米主導の有志連合が「協力部隊」と位置づけて全面支援するシリア民主軍が制圧したユーフラテス川東岸のいわゆるジャズィーラ地方とアレッポ県北部のマンビジュ市一帯を実効支配する。このシリア民主軍は、PYDが発足させた人民防衛隊(YPG)を主体とする。

デモの発端

デモは前日の5月17日に、北・東シリア自治局の最高執行機関(政府に相当)である執行評議会が決定第119号を施行したことがきっかけだった。

同決定は施行日付で以下の通り、燃料価格を設定することを定めたものだ。

  • 製粉所と製パン工場用の灯油:1リットルあたり100シリア・ポンド(100シリア・ポンド≒8.7円)
  • 暖房・農業用の灯油:1リットルあたり250シリア・ポンド
  • 産業サービス局用の灯油:1リットルあたり300シリア・ポンド
  • 白灯油:1リットルあたり400シリア・ポンド
  • それ以外の機関用の灯油:1リットルあたり500シリア・ポンド
  • 液体灯油:1リットルあたり300シリア・ポンド
  • ハイオク・ガソリン:1リットルあたり410シリア・ポンド
  • 上質の輸入ガソリン:1リットルあたり0.655米ドル
  • 家庭用プロパンガス・ボンベ:1本あたり8,000シリア・ポンド
  • 業務用のプロパンガス・ボンベ:1本あたり815,000シリア・ポンド

北・東シリア自治局支配地では、灯油が1リットルあたり150シリア・ポンド、国産のガソリンが210シリア・ポンド、プロパンガス・ボンベが1本あたり2,500シリア・ポンドで販売されていたが、この決定で、2倍から3倍強に引き上げられた。この決定への不満が爆発し、デモが発生したのだ。

なお、政府支配地域での灯油価格は1リットルあたり75~170シリア・ポンド、ハイオク・ガソリンが475~675シリア・ポンド、プロパンガス・ボンベが1本あたり4,200~4,300シリア・ポンドに設定されている。

弾圧

国営のシリア・アラブ通信(SANA)、英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団、そして反体制系のメディアによると、デモはハサカ市のヌシューワ地区(シャリーア交差点)、ムフティー地区、サーリヒーヤ地区、マルシュー交差点一帯、シャッダーディー市、アッターラ村、カーミシュリー市、サブア・ワ・アルバイーン町、マーリキーヤ(ダイリーク)市、アームーダー市、マアバダ(カルキールキー)町、アレッポ県アイン・アラブ(コバネ)市などで発生した。

また、カーミシュリー市、アームーダー市、カフターニーヤ(ディルベ・スピーイェ)市、マアバダ町、タッル・ハミース市などでは多くの商店が店を閉めて、ストライキを実施した。

SANA、2021年5月18日
SANA、2021年5月18日

その他の都市・町・村(ダルバースィーヤ市など)でも呼びかけられたが、シリア人権監視団によると、住民は厳戒態勢を敷くアサーイシュを怖れて街頭に出ることを控えたという。

アサーイシュはクルド語で「治安」を意味し、北・東シリア自治局の警察・治安維持組織である内務治安部隊の別称である。

デモ参加者は、路上でタイヤを燃やすなどして、シリア民主軍の活動や犯罪・略奪行為に抗議、決定第119号の見直しを求めた。だが、これに対して、アサーイシュが実弾を使用して強制排除を試みた。SANAによると、住民5人が死亡、女性1人と女児1人を含む多数が負傷、シリア人権監視団によると、1人が死亡(シャッダーディー市)、8人が負傷(うち5人がシャッダーディー市、3人がハサカ市ヌシューワ地区)、反体制系サイトのドゥラル・シャーミーヤによると2人(サブア・ワ・アルバイーン町とハサカ市で各1人)が死亡した。

SANA、2021年5月18日
SANA、2021年5月18日

死者発生を否定するアサーイシュ、火消しに躍起な北・東シリア自治局

しかし、アサーイシュは死者が発生したとするこれらの報道を否定した。アサーイシュの総司令部が声明を出し、自治局支配地の各所で決定第119号に抗議する平和的なデモが発生したことを認めつつ、「デモに乗じた一部のストーカー」が、住民に軍・民政機関の拠点や施設を襲撃させ、騒乱を引き起こそうとして、参加者に向けて発砲、住民と内務治安部隊隊員多数を負傷させたと主張した。

Syria Today、2021年4月25日
Syria Today、2021年4月25日

その一方で、北・東シリア自治局執行評議会のビーリーファーン・ハーリド共同議長は事態の収拾に向けて動き、5月19日に緊急会合を開催し、決定第119号の見直しを行うと発表、混乱と内乱を引き起こそうとする勢力に住民に荷担しないよう呼びかけた。

追記

北・東シリア自治局執行評議会は5月19日、決定第119号の廃止を定めて決定123号を発出した。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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