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シリア革命10周年、トルコによるアフリーン市占領3周年に合わせた抗議デモの悲劇

青山弘之東京外国語大学 教授
イドリブ市(MMC、2021年3月15日)

だ欧米諸国の一方的制裁とコロナ禍で深刻な経済危機に喘ぐシリアで、「○○周年」に合わせたデモがにわかに盛り上がりを見せている。

「○○周年」の解釈は多様だ。

シリア革命10周年

「アラブの春」がシリアに波及し、最初の抗議デモが首都ダマスカスの内務省前で行われたのは2011年3月15日だった。この日を自由、尊厳、そして体制打倒をめざす「シリア革命」開始日とみなす活動家は、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が軍事・治安権限を握るイドリブ県中北部、アレッポ県西部、トルコの実効支配下にあるアレッポ県北部で、「シリア革命」10周年と銘打って大規模抗議デモを動員した。

イドリブ県のイドリブ市、アレッポ県のアフリーン市、バーブ市、アアザーズ市では3月15日、「シリア革命」の継続と体制打倒を訴えるデモが行われた(なお、前日の3月14日にもシャーム解放機構の支配下にあるアレッポ県アターリブ市でデモが組織されている)。

イドリブ市(MMC、2021年3月15日)
イドリブ市(MMC、2021年3月15日)

アターリブ市(MMC、2021年3月14日)
アターリブ市(MMC、2021年3月14日)

また2日後の3月17日にも、イドリブ県のジスル・シュグール市、アレッポ県のダーラ・イッザ市、アフリーン市近郊のシャイフ・ハディード(シーヤ)村などでも同様のデモが行われた。

ジスル・シュグール市(MMC、2021年3月17日)
ジスル・シュグール市(MMC、2021年3月17日)

最初の犠牲者が出てから10周年

さらに、3月18日には、イドリブ市で「シリア革命」開始後初の犠牲者が出てから10年が経ったとして、再び大規模なデモが組織された。

デモは、2011年3月18日に、ダルアー市での抗議デモを強制排除しようとした治安部隊の発砲を受けて死亡したマフムード・ジャワービラ氏とフサーム・アイヤーシュ氏を追悼するためのもので(「シリア・アラブの春顛末記」を参照のこと)、15、17日のデモと同様に「シリア革命」の継続と体制打倒が叫ばれた。

イドリブ市(MMC、2021年3月18日)
イドリブ市(MMC、2021年3月18日)

ただし、「シリア・アラブの春顛末記」の記録によると、治安当局による弾圧によって最初に犠牲者が出たのは、2011年3月17日のダマスカス県マイダーン区でのデモで、3月18日のダルアー市ではない。

また、これらの地域での抗議デモは、その支配者である反体制派やトルコの意に沿ったものであるという点で「官制」デモである。シリア政府支配地域でバッシャール・アサド大統領への支持を訴える行為と何ら変わりない。

真の抗議デモ

だが、3月18日には、シリア政府の支配下にあるダルアー県でも抗議デモが発生した。ダルアー市(ウマリー・モスク前)、ジーザ町、アルマー町などで、ジャワービラ氏とアイヤーシュ氏を追悼するデモが行われ、「シリア革命」の成就と体制の打倒が訴えられたのである。

ダルアー市(シリア人権監視団、2021年3月18日)
ダルアー市(シリア人権監視団、2021年3月18日)

ダルアー県で抗議デモが行われたのは、2018年半ばにシリア政府の支配下に復帰して以降初めてだった。

「シリア革命」10周年に合わせた抗議デモが、欧米諸国や日本でのシリア関連の報道のように一過性のものとなるのか、「革命」の第二幕の始まりとなるのか、注目されるところである。

アフリーン市占領3周年

トルコ軍が「オリーブの枝」作戦の開始を宣言(2018年1月8日)、アレッポ県北西部に侵攻し、クルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)主導の西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)の支配下にあった同地の中心都市のアフリーン市を陥落させたのは2018年3月18日だった(「シリア・アラブの春顛末記」を参照のこと)。この日をトルコの占領に対する抵抗の開始日とみなす活動家は、PYDが主導する北・東シリア自治局とシリア政府が共同統治(ないしは分割統治)するハサカ県、アレッポ県、ラッカ県でアフリーン市占領3周年と称して大規模抗議デモを実施した。

デモが行われたのは、ハサカ県のハサカ市、カーミシュリー市、アームーダー市、タッル・ハミース市、タッル・ブラーク町、カフターニーヤ(ディルベ・スピーイェ)市、マアバダ(カルキールキー)町、ジュワーディーヤ(ジャッル・アーガー)村、ヤアルビーヤ(タッル・クージャル)町、マーリキーヤ(ダイリーク)市、タッル・タムル町、ワーシューカーニー国内避難民(IDPs)キャンプ、ダルバースィーヤ市、ラッカ県のラッカ市、アレッポ県のアレッポ市シャイフ・マクスード地区、アシュラフィーヤ地区、アイン・アラブ(コバネ)市、タッル・リフアト市近郊(バーブニス村とファーフィーン村を結ぶ街道)。

各会場には、数百人から数千人の住民らが集まり、アフリーン市一帯地域の解放を訴えた。

アレッポ県タッル・リフアト市郊外(ANHA、2021年3月18日)
アレッポ県タッル・リフアト市郊外(ANHA、2021年3月18日)

これらのデモも、反体制派支配地での「シリア革命」10周年に合わせたデモと同じく、PYDの意に沿った事実上の「官制デモ」である。

シリア政府支配下のダルアー県で自発的に発生した真の抗議デモはともかく、反体制派支配地やPYD支配地でのデモが、十分な感染対策もなされないまま、改善の兆しが見えない劣悪な経済状況、人権状況への不満や関心を逸らすかのように、多くの住民を動員して行われているとしたら、まさに悲劇としか言いようがない。

住民が真に欲するものを、「革命」や「(占領からの)解放」といった政治的大義が与えられるようになるには、長い時間がかかりそうである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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