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シリア内戦のイメージとは相容れないシリアの暴力の今

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

無垢の市民、病院、学校、そして反体制派に対する「アサド体制」と「占領国」ロシア・イランによる無差別攻撃、弾圧、拷問。米主導の有志連合のイスラーム国に対する「テロとの戦い」――シリア内戦が「今世紀最悪の人道危機」と呼ばれ、世間の関心を集め、日本のメディアでも大きく取り上げられていたシリアでの暴力のイメージとは、さしずめこのようなものだっただろうか?

しかし、2021年という今、シリアで続いている暴力は、このようなイメージとは相容れない。むろん、シリア内戦のステレオタイプに合致するような暴力が続いていることも事実だろう。だが、以下では1月8日と9日に起きた主な暴力について見ていきたい。

筆者作成
筆者作成

トルコによる砲撃

ハサカ県では、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)に近いハーワール・ニュース(ANHA)によると、トルコ軍とその支援を受けるシリア国民軍(Turkish-backed Free Syrian Army)は、シリア政府と北・東シリア自治局(PYDが主導する自治政体)の共同統治下にあるタッル・タムル町北のダルダーラ村、M4高速道路沿線のクーズリーヤ村、同市西のタッル・ラバン村、ウンム・ハイル村、マハッル村を砲撃した。

ANHA、2021年1月8日
ANHA、2021年1月8日

また、ANHAやシリア・アラブ国営通信(SANA)によると、1月6日のトルコ軍とTFSAの砲撃で利用不能となっていたタッル・タムル町の20/66KF変電所を、シリア政府所轄のハサカ県電力公社の復旧チームが修理し、送電作業を再開した。

だが、トルコ軍とTFASは20/66KF変電所が復旧作業を完了する直前に20KF変電所を砲撃、これにより3本の送電線が新たに切断され、電力供給が不能となった。

SANA、2021年1月8日
SANA、2021年1月8日

所属不明のドローンがトルコ占領下をミサイル攻撃

ANHAによると、トルコの占領下にあるいわゆる「ユーフラテスの盾」地域の中心都市であるアレッポ県バーブ市近郊のタルヒーン村で1月9日、所属不明の無人航空機(ドローン)1機が、石油バーナー複数機をミサイルで攻撃、大規模火災が発生した。

シリア民主軍に対する抗議デモと弾圧

ダイル・ザウル県では、SANAによると、北・東シリア自治局の支配下にあるアズバ村で、1月8日、人民防衛隊(YPG)主体のシリア民主軍(北・東シリア自治局武装部隊)の部隊が、住民の男性1人を拘束、連行しようとしたが、住民がこれに抵抗し、同部隊を同村から放逐した。

これに関して、英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団は、アズバ村で、住民がシリア民主軍による徴兵を拒否する抗議デモを行い、これにシリア政府の支配下にある7カ村の住民も参加、ダイル・ザウル県とハサカ県を結ぶ街道を、タイヤを燃やすなどして封鎖したと発表した。

また、SANAによると、続く1月9日、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるハサカ県カーミシュリー市で、政府が支配するハラクー地区とタイ地区などいわゆる治安厳戒地区へのシリア民主軍の封鎖と食料物資搬入阻止に抗議するデモが行われた。

SANA、2021年1月9日
SANA、2021年1月9日

同地区の封鎖は1月3日に開始され、反体制系サイトのEldorarによると、ロシア軍が政府側と北・東シリア自治局側を仲介し、事態収束を試みている。だが、仲介は失敗し、シリア民主軍は包囲を継続・強化しているという。

また、シリア人権監視団によると、シリア政府と北・東シリア自治局の共同統治下にあるダルバースィーヤ市で、住民らが新型コロナウイルス感染症対策への自治局の不十分な対応に抗議するデモを行う一方、アサーイシュとPYDに近い革命青年連合が、市内の商店主に休業とシリア民主軍の殉教者を追悼するデモへの参加を強要した。

米軍が抗議デモの続く村を砲撃か?

SANAは1月9日、シリア民主軍の徴兵に対する抗議が続いているダイル・ザウル県のアズバ村に対して、米軍が砲撃を加え、子供1人が死亡、その母親が負傷したと伝えた。

これに関して、シリア人権監視団は、米主導の有志連合が違法に基地を設置し、駐留しているCONOCOガス工場からの砲撃により爆発が発生したという情報と、爆発性戦争残存物(ERW)が爆発したとの情報が錯綜していると発表した。

…そしてロシア軍の爆撃

シリア人権監視団などによると、ロシア軍はイスラーム国の残党が活動を続けるハマー県北東部、ラッカ県西部、ヒムス県東部で爆撃を実施、また同地ではシリア軍と親政権民兵の国防隊がイスラーム国と交戦した。

シリア人権監視団によると、1月7日以降の爆撃の回数は170回以上に達し、戦闘によって8日以降シリア軍および国防隊の兵士19人とイスラーム国の戦闘員12人が死亡したという。

ロシア軍はまた、「決戦」作戦司令室の支配下にあるクルド山地方のカッバーナ村一帯を爆撃した。

「決戦」作戦司令室は、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構とトルコの庇護を受ける国民解放戦線(TFSA)などからなる武装連合体。

ロシア軍による「決戦」作戦司令室支配地域への爆撃は2021年に入ってこれが初めて。

難民・IDPsキャンプで悪化する治安

シリア人権監視団などによると、北・東シリア自治局の管理下にあるハサカ県のフール難民・国内避難民(IDPs)キャンプで「シリア評議会」のアブー・アフマド・シャムリー議長、息子のアフマド・シャムリー氏が1月8日、正体不明の武装集団によって撃たれて死亡した。

反体制系のSyria TVによると、シリア評議会は、北・東シリア自治局に対して、キャンプに収容されているIDPsの身分証明、IDPs個人・世帯の情報の提供、過激派の存在や治安紊乱行為の通報などを行ってきた組織。

なお、フール・キャンプには、シリア民主軍に投降した(ないしは拘束された)イスラーム国のメンバーとその家族多数が収容されており、「イスラーム小国」(ドゥワイラ・イスラーミーヤ)などと称されている。

シリア民主軍はダイル・ザウル県南東部での戦闘で、イスラーム国メンバー6,000人を拘束、その家族約30,000人を保護している。

Syria TV、2021年1月8日
Syria TV、2021年1月8日

またシリア人権監視団によると、キャンプでは、アサーイシュ(北・東シリア自治局内務治安部隊)の隊員が追われていた男性が身につけていた爆弾ベルトを爆破させて死亡し、追跡していたアサーイシュの隊員1人も負傷した。

男性の追跡は、アサーイシュの隊員1人がサイレンサー付きの銃で撃たれて殺害されたのを受けて行われていた。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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