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アサド政権に続いて化学兵器を使用したのは米国が支援するクルド人勢力?

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

シリア軍がイドリブ県南東部やダマスカス郊外県東グータ地方で塩素ガスを使用したとの情報が流れ、米国が批判の語気を強めるなか、アレッポ県アフリーン市一帯でも塩素ガスによる攻撃が行われたとの報告がなされた。

トルコ軍が1月20日にクルド民族主義政党の民主統一党(PYD)が主導する西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)の支配地域に対して開始した「オリーブの枝」作戦に参加する「自由シリア軍」は6日、以下のような緊急声明を出したのである。

PYDのテロ民兵が塩素ガスを装填して撃った迫撃砲1発が、アフリーン(郡)北部のブルブル(区)シャイフ・ハッルーズ村の前線拠点に着弾し、自由シリア軍メンバー20人が負傷、うち7人は重傷となった。

syria.liveuamap.comより転載
syria.liveuamap.comより転載

拙稿で述べた通り、「オリーブの枝」作戦に参加する自由シリア軍は、トルコの支援を受けるシャーム軍団、アル=カーイダの系譜を汲むシャーム自由人イスラーム運動、ヌールッディーン・ザンキー運動など28の武装集団からなる組織だ。

「PYDのテロ民兵」とは、ロジャヴァの武装組織「人民防衛部隊」(YPG)のことで、米主導の有志連合がシリア領内でのイスラーム国との戦いで支援してきた「協力部隊」(partner forces)の中軸をなす組織だ。だが、トルコは、このPYD、ロジャヴァ、YPG、さらにはシリア民主軍を、クルディスタン労働者党(PKK)と同根の「テロリスト」とみなし、「オリーブの枝」作戦ではその根絶が掲げられている。

自由シリア軍の緊急声明の真偽は定かではない。仮にYPGが塩素ガスを使用していたとしたとしたら、米国の支援を受ける武装勢力がシリア軍と同罪を犯したことになる。一方、声明が事実無根だとしたら、自由シリア軍は、YPG、そしてその背後にいる米国を貶めるためのプロパガンダ活動を行っていることになる。

だが、化学兵器をめぐる問題において、留意しておくべきは、実際に使われたか否かということよりは、むしろそれが各当事者によって都合良く解釈され、利用されるということにある。シリア軍の化学兵器への追及の手をにわかに強めるようになった米国にとって、YPGによる化学兵器使用疑惑は、あくまでもフェイクでなければならない。なぜなら、そうでなければ、YPG支援を通じて得た利権を手放すよう迫るトルコをさらに増長させるだけでなく、無差別攻撃を続ける(と米国が非難する)アサド政権やロシアの残虐性を曖昧にし、米国の二重基準を際立たせてしまうからである。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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