Yahoo!ニュース

アサド政権とイスラーム国はシリア反体制派を追い詰めるために結託しているのか?

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

 シリアのアル=カーイダと目されるシャーム解放委員会(旧シャームの民のヌスラ戦線)に近いイバー通信は12月17日、バッシャール・アサド政権とイスラーム国が連携して、ハマー県北東部の反体制派支配地域への攻勢を強めていると伝え、そのことを示す地図を掲載した。イスラーム国に対する「テロとの戦い」が終わったとされるシリアでにわかに報じられている両者の結託は果たして事実なのか?

ハマー県北東部の地図(https://ebaa-agency.com/news/2017/12/3659 をもとに筆者作成)
ハマー県北東部の地図(https://ebaa-agency.com/news/2017/12/3659 をもとに筆者作成)

ハマー県北東部の戦況

 イスラーム国は11月20日、ダイル・ザウル県のブーカマール市をシリア軍に制圧されたことで、シリア国内のすべての主要拠点を失った。これを受け、シリア軍は12月7日、シリア南東部ユーフラテス川河畔での掃討作戦の終了を宣言、シャーム解放委員会をはじめとする反体制派に対する「テロとの戦い」に注力するようになった。

 むろん、このことは、イスラーム国が根絶されたことを意味していなかった。彼らは、ダイル・ザウル県南東部やヒムス県東部の砂漠地帯や農村に潜伏し、シリア軍や西クルディスタン移行期民政局(ロジャヴァ)人民防衛部隊(YPG)主体のシリア民主軍に抗戦し続けた。また、首都ダマスカス県の南部に位置するヤルムーク・パレスチナ難民キャンプや隣接するダマスカス郊外県ハジャル・アスワド市でも籠城を続けた。さらに、ダルアー県の南西部は、イスラーム国に忠誠を誓うハーリド・ブン・ワリード軍が掌握していた。シャーム解放委員会が、アサド政権との結託を非難するハマー県北東部も、イスラーム国が温存する孤立地帯の一つだった。

2017年12月18日現在のシリアの勢力図(筆者作成)
2017年12月18日現在のシリアの勢力図(筆者作成)

 イバー通信が配信した地図によると、シリア軍は、アブー・ハラール村、スルージュ村、ムドゥール山などからなるハマー県北東部のイスラーム国の孤立地帯を回避して、その西側に位置するバリール村、Syriatel丘方面からイドリブ県のアブー・ダーリー村、ムシャイリファ村に、また西側の北サルハー村方面からラフジャーン村、シャークースィーヤ村、ウンム・マイヤール村に進攻している。一方、イスラーム国は、アブー・ハナーディク村からラスム・ハンマーム村への北進を試みている。

束の間の利害一致

 しかし、このことをもって、シリア軍とイスラーム国が結託し、反体制派を追い詰めているとは結論できない。

 確かに、シリア軍とイスラーム国が交戦を回避しているのは事実だ。だが、それは、現下のシリア軍にとって、最大の軍事目標が、イドリブ県東部のシャーム解放委員会最大の軍事拠点であるアブー・ズフール航空基地を痛打することにあるからだ。ハマー県北東部の攻略は、その前哨戦として行われている。

 アサド政権は、ロシアやイランの全面支援によってシリア内戦を事実上の勝者として生き抜くことに成功した。とはいえ、シリア軍は衰弱したままで、不用意に戦端を開く余裕はない。アブー・ズフール航空基地への進路が妨害されない限り、ハマー県北東部のイスラーム国の孤立地帯は放置し、戦力を反体制派に集中させるのは自然な動きだと言える。

 しかも、イスラーム国がシリア軍との戦闘を回避し、反体制派支配地域に北進することは、シャーム解放委員会に二正面作戦を強いるという意味で都合が良いだけでない。イスラーム国がイドリブ県内に浸透すれば、シリア軍(そしてロシア軍)は「テロとの戦い」を口実に同地に容赦ない攻撃を加えることができる。

 イスラーム国にとっても、シリア軍を刺激せずに、反体制派支配地域に勢力を伸張した方が、必要な人材、物資、そして資金を得やすい。なぜなら、反体制派戦闘員のなかには、その時々の戦況を生き延びようとして所属組織を繰り返すことで、シャーム解放委員会に代表されるアル=カーイダ系組織だけでなく、イスラーム国に参加することにも躊躇しない者が少なからずいるからだ。

 アサド政権とイスラーム国は、ハマー県北東部での戦闘を回避しようとする点で利害が一致してはいる。だが(少なくともこの事例に限って言うなら)、それは、現下のハマー県北東部の情勢がもたらした束の間の一致に過ぎず、戦略的パートナーシップでもなければ、結託でもない。

高まる反体制派共闘の必要

 では、シャーム解放委員会、そして彼らと共闘する反体制派が、アサド政権とイスラーム国の結託をことさら強調するのはなぜなのか? その答えを得るには、アサド政権とイスラーム国の利害の一致ではなく、シャーム解放委員会を含む反体制派がこれまで以上に共闘の必要を感じている事実に目を向ける必要があろう。

 シリア軍がハマー県北東部、そして同地に隣接するアレッポ県南部で攻勢を強めるなか、シャーム解放委員会は12月11日、ヌールッディーン・ザンキー運動、アフラール軍、シャーム自由人イスラーム運動と共闘関係強化に向けた会合を開いた。

 ヌールッディーン・ザンキー運動とは、バラク・オバマ前米政権が支援していた「穏健な反体制派」で、アレッポ市でのシリア軍との戦闘で主導的役割を果たしてきた。アレッポ市を喪失した後、彼らは、2017年1月にヌスラ戦線(当時の呼称はシャーム・ファトフ戦線)とともにシャーム解放委員会を結成した。だが7月、イドリブ県とアレッポの支配をめぐる内部対立が原因で、シャーム解放委員会を離反した。またアフラール軍も、シャーム解放委員会の傘下に身を置いていたが、2017年9月にイドリブ県での幹部らの内部抗争を理由に離反した組織だ。

 一方、シャーム自由人イスラーム運動は、アル=カーイダの系譜を汲んでいるが、2015年頃から欧米のメディアを通じて「フリーダム・ファイター」(自由シリア軍)であることをアピールし、アレッポ県北部にトルコ軍が侵攻した2016年半ば以降、その支援を受ける反体制武装集団(いわゆる「ユーフラテスの盾」作戦司令室)と共闘するようになった。その一方、ダマスカス郊外県では、シャーム解放委員会、ラフマーン軍団とともにシリア軍への抗戦を続けている。

 離合集散を繰り返すこれら4組織は、ロシア、イラン、トルコのイニシアチブのもとに成立したシリア政府と反体制武装集団の停戦合意(「緊張緩和地帯設置」にかかる合意)を拒否し、徹底抗戦を続ける点で共通している。その彼らが、この会合で和解し、アサド政権とイスラーム国の侵攻を一致団結して阻止するため、ファトフ軍再活性化に向けた合同作戦司令室の設置を決定し、再び共闘態勢を敷いたのである。ファトフ軍とは、シャーム解放委員会、シャーム自由人イスラーム運動、そしてイスラーム国とつながりがあるジュンド・アクサー機構などが結成し、2015年3月のイドリブ県制圧を主導した軍事連合体で反体制派だ。

アル=カーイダの主導権をかき消すための批判

 この共闘合意を受け、4組織は、ハマー県北東部とアレッポ県南部でシリア軍への反転攻勢を本格化させた。また、ハマー県北西部でも、この動きに呼応するかたちで、中国の新疆ウィグル自治区の過激派からなるトゥルキスターン・イスラーム党、オバマ前政権の支援を受けてきた「穏健な反体制派」のイッザ軍などがアサド政権の支配地域への侵攻を試みた。

 アル=カーイダとのつながりや、それまでのしがらみを度外視したこの糾合によって、反体制派はイドリブ県へのシリア軍の進軍を阻止することに今のところ成功している。だが、それが、「独裁」の打倒、「自由」と「尊厳」の実現をめざしてきたはずの反体制派への信頼を失墜させる行為であることは言うまでもない。

 皮肉なことだが、反体制派は、生き残りをかけて抗戦を継続しようとすればするほど、アル=カーイダと直接間接につながりのある組織に主導権を奪われていってしまう。アサド政権とイスラーム国が結託しているとの批判は、そのことをかき消すために強調されているように見える。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

青山弘之の最近の記事