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トランプ米大統領のエルサレム首都認定に翻弄されるシリアのアル=カーイダ

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

 ドナルド・トランプ米大統領は12月6日、エルサレムをイスラエルの首都として正式認定し、世界中で大きな波紋を呼んだ。決定に同調したのは、エルサレムを「永遠の首都」と定めるイスラエルと一部の国だけで、国際社会は全般的に反対の意思を表明している。

 だが、6年以上にわたって内戦に苛まれてきた隣国シリアでは、トランプ大統領の決定が「奇妙なねじれ」をもたらした。

受益者となった抵抗枢軸

 米国が、バッシャール・アサド政権の退陣を求めてシリア内戦に執拗に干渉してきたことは周知の通りだ。だが、エルサレム首都認定をもっとも歓迎したのは、おそらくはシリア政府、そして同政府と共闘関係にあるレバノンのヒズブッラーだろう。

 シリア政府は、ブサイナ・シャアバーン大統領府政治報道補佐官が12月6日、レバノンのマヤーディーン・チャンネルの電話取材に対して次のように答え、対イスラエル強硬姿勢の正当性を誇示した。

 「この決定には何の価値もない。なぜなら、歴史は、混乱状態にある一部の人間の決定によって作り出されるのではなく、誠実な問題当事者によって作られるからだ。トランプ大統領は当事者ではない…。この決定は、パレスチナ問題に真摯に取り組んでいると偽善的に振る舞ってきたアラブ保守勢力の了承を得て行われたものだ」。

 ヒズブッラーも7日、ハサン・ナスルッラー書記長が緊急テレビ演説を行い、トランプ大統領の決定を「新たなバルフォア宣言」と非難、「パレスチナのための新たなインティファーダ」を呼びかけた。また11日にもテレビ演説を行い、次のように述べた。

 「私は、ヒズブッラーではなく、抵抗枢軸全体を代表して話す。抵抗枢軸は、過去数年にわたる危機において…、すべてのタクフィール主義者の手先を打ち負かした。そして、抵抗枢軸は今日、再びエルサレムとパレスチナを最優先事項とする」。

 「抵抗枢軸」とは、シリア、ヒズブッラー、そしてイランからなる陣営を指し、イスラエルに対峙することを本来の目的としている。だが、シリア内戦によって、シリア国内での戦闘への注力を余儀なくされ、イスラエルからの一方的な攻撃に甘んじてきた。アサド政権が発足した2000年7月から、「アラブの春」がシリアに波及する2011年3月までの約10年間で、イスラエルがシリアに対して行った越境攻撃や工作活動は4回に限られていた。だが、2011年3月から本稿執筆時までの6年9ヶ月間で、その数は36回と9倍も増加した。そのいずれもがシリア軍、ヒズブッラー、イランの拠点に対するものだ。

 抵抗枢軸は、こうした侵犯行為に大規模な報復は行うことが得策でないことくらい承知しているはずだ。そうしたなか、トランプ大統領の決定にいち早く、そして激しく抗議することで、同じ感情を共有する国際社会の監視の目をイスラエルに向け、今後のイスラエルによる越境攻撃を回避しようとしている。

 イスラエルの意向に沿っていたはずのトランプ大統領の決定は、シリアにおけるヒズブッラーやイランのプレゼンス低下を狙うイスラエルの安全保障政策を阻害するには、極めて有効なのである。

シリアのアル=カーイダとは?

 抵抗枢軸とは対象的に、トランプ大統領の決定を快く思っていないのが「シリアのアル=カーイダ」と目されているシャーム解放委員会だろう。

 アル=カーイダは「シオニスト十字軍同盟」の打破を本分としている(はずである)。それゆえ、トランプ大統領の決定にもっとも強く反発して然るべきだ。事実、アイマン・ザワーヒリーを指導者とするアル=カーイダ総司令部は12月8日に声明を出し、この決定を強く非難し、「米国とシオニストの権益を標的とする」と敵意を露わにした。

 だが、シャーム解放委員会の反応は「素直」ではなかった。

 ところで、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放委員会は、その来歴が極めて複雑なので、ここで改めて事実関係を整理しておきたい。

 この組織は、「アラブの春」が波及した直後の2011年末からシリア国内で活動を始めた「シャームの民のヌスラ戦線」を母胎とし、イラク・イスラーム国のメンバーを核としていた。2013年4月、後にイスラーム国のカリフを名のるアブー・バクル・バグダーディーが、ヌスラ戦線とイラク・イスラーム国の関係を暴露し、「イラク・シャーム・イスラーム国」(いわゆるISIS、あるいはISIL)の結成を宣言、両組織はこの新組織の名のもとに完全統合するはずだった。だが、ヌスラ戦線を率いていたアブー・ムハンマド・ジャウラーニーは、これを拒否、アル=カーイダ総司令部に忠誠を誓い、ISISと一線を画した。なお、ISISが2014年にイラクのモスル市を掌握して「イスラーム国」になったことは広く知られているところである。

 ヌスラ戦線はその後、トルコやアラブ湾岸諸国が後援するシャーム自由人イスラーム運動、イスラーム軍などのアル=カーイダ系・非アル=カーイダ系組織、トルキスタン・イスラーム党に代表される外国人武装集団、そして米国の支援を受ける「穏健な反体制派」との連携を強めた。2015年3月には、これらの組織とファトフ軍を結成し、イドリブ県の全域を手中に収めた。その一方、反体制派の最大拠点だったアレッポ市東部街区では、アレッポ・ファトフ軍やアレッポ軍といった武装連合体を結成したが、ロシアやイランの支援を受けるシリア軍との激戦の末に敗北した。

 反体制派との連携を強める過程で、ヌスラ戦線は、2016年6月にアル=カーイダ総司令部との関係解消を宣言し、組織名を「シャーム・ファトフ戦線」に改称することで、「フリーダム・ファイター」としての脱却を試みた。また、2017年1月には、バラク・オバマ米政権の支援を受けていたヌールッディーン・ザンキー運動などと統合し、今日の組織名である「シャーム解放委員会」に再び改称した。

 なお、こうした再三にわたる組織改編、そしてアル=カーイダとの関係解消ゆえに、シャーム解放委員会は、アル=カーイダではないと断じることも可能かもしれない。だが、ザワーヒリーは先月11月28日に音声声明を出し、アル=カーイダとして活動を行うようクギを指している。

 「我々は、ヌスラ戦線…からの忠誠を解消しないし、ヌスラ戦線からの秘かなバイアも受け入れない…。我々はこうしたこと(ヌスラ戦線によるアル=カーイダとの関係解消)を決定的な過ちとみなしており…、我々の関係は…厳守されるべき契約である…。ヌスラ戦線は、アル=カーイダとの結びつきを表明するすべての者に戦いを挑み、彼らの女性を捕らえ、子どもたちを尋問してきた…。1年以上も改善の猶予を与えてきたが、彼らは要請を無視してきた」。

シリアのアル=カーイダの曖昧な姿勢

 だが、ザワーヒリーのこうした批判にもかかわらず、シャーム解放委員会は、トランプ大統領のエルサレム首都認定に対して曖昧な姿勢をとった。12月7日に発表した声明で、シャーム解放委員会は、次のように述べた。

 「十字軍ユダヤ同盟は、ムスリム人民が革命に専念しているのに乗じてきた…。この同盟は、トランプ大統領がエルサレムに米大使館を移転するとした決定を通じて、ムスリム人民を裏切り、ムスリムの感情に挑戦し、侮辱した…。これにより、和平プロセスにおける米国の真の役割が確定した…。我々はシャームにおいて、エルサレム(解放)の問題への支持を表明する。なぜなら、この問題は世界中の全てのムスリムの…問題だからだ」。

 だが、シャームの民のヌスラ戦線は「和平プロセスにおける米国の真の役割が確定した」と言うだけで、米国を強く非難しなかった。彼らは、話題を「拒否と抵抗を続けるイラン同盟」に向け、米国ではなく、抵抗枢軸を批判し、エルサレム解放に向けた戦いではなく、シリア国内での戦闘継続を主唱したのだ。

 「「拒否と抵抗を続けるイラン同盟」なるものが、「エルサレムの日」などと称して偽り、発信し続けるスローガンに疑義を呈したい…。エルサレムへの道は、シリアにおけるすべてのスンナ派の都市に続いている…。イスラエルが平和に暮らしているなか、シャームの都市は、政権とその同盟者どもの破壊のなかに身を置いている。しかし、みながこうしたスローガンによって偽られている…。ムスリム人民はこの真実を理解し、自らの役割を果たさねばならない…。ウンマのウラマーとエリートは自らの義務を実践せねばならない」。

2017年12月7日のシャーム解放委員会の声明
2017年12月7日のシャーム解放委員会の声明

アル=カーイダよりも親米的なシリアのアル=カーイダ

 シャーム解放委員会のこうした主張は、スンナ派以外のイスラーム教の宗派を異端視するアル=カーイダの基本姿勢から来ていると見ることも可能だろう。事実、彼らの活動は、イスラーム国と同様、「ラーフィディーン」(12イマーム派)と「ヌサイリー派」(アラウィー派)への憎悪によって裏打ちされてきたからだ。

 だが、米国やイスラエルへの敵意が抑えられたこの声明は、シリアのアル=カーイダがこの両国と「アラブの春」以降、蜜月関係にあったことを再確認させる。

 オバマ米政権時代の米国による「穏健な反体制派」支援は、シャーム解放委員会の同盟者に対する間接支援であり、歓迎すべきものだった。また、前述したイスラエルによる度重なる越境攻撃は、彼らの主敵であるシリア軍、ヒズブッラーを標的としていた。こうした攻撃の多くは、反体制派のシリア軍に対する攻撃と連動していた(あるいは、連動していると判断し得た)。

 トランプ大統領は、オバマ前政権時代の「穏健な反体制派」への支援をアル=カーイダと連携しているとの理由で打ち切り、シャーム解放委員会は、その恩恵を得ることはできなくなった。そして、今回トランプ大統領によって行われたのが、エルサレム首都認定決定で、その受益者となったのは、国際社会の耳目に同調した抵抗枢軸だった。

 アル=カーイダと断絶したイスラーム国は「アル=カーイダよりも残虐」と表されて注目を浴びてきた。これに対して、シリアのアル=カーイダは「アル=カーイダより親米的」であることで主導的な反体制組織となった。だが、こうした姿勢が、奇しくもトランプ大統領の決定によって裏切られようとしている。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」(https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』などがある。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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