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シリア紛争解決に向けたジュネーブ3会議が間近に迫るなか、イスラーム国はシリア東部で130人以上を殺害

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

シリア政府と反体制派の和平会議(ジュネーブ3会議、1月25日開催予定)を間近に控え、反体制派の代表団の人選をめぐり、サウジアラビアの保護を受けるリヤド最高交渉委員会と、ロシア、米国、そしてイランが後援するシリア民主評議会の対立が改めて表面化した。

この対立は、ロシアが「ロシア・リスト」と称される代表団メンバー候補者リストを提示し、シリア民主評議会を構成する反体制組織、とりわけクルド民族主義政党の民主連合党(PYD)の交渉参加を促そうとしたのに対し、サウジアラビアが(シリアへの)内政干渉だと非難、ロシアが「テロ組織」とみなしているイスラーム軍幹部をリヤド最高交渉委員会が反体制派交渉団の交渉責任者に指名したことでエスカレートした。

こうしたなか、シリア国内では、ダイル・ザウル市北西部ブガイリーヤ村一帯(シリア政府支配地域)をダーイシュ(イスラーム国)が急襲し、民間人130人以上を殺害、400人あまりを拉致した。

だが、アレッポ県東部では、シリア軍が、ロシア軍の空爆支援を追い風とするかたちでダーイシュの拠点都市の一つであるバーブ市に向け進軍を続け、支配地域を拡大した。

またアレッポ県北部では、ロシア軍の空爆支援を受けた西クルディスタン移行期民政局人民防衛部隊(YPG)主導のシリア民主軍がアル=カーイダ系組織のシャームの民のヌスラ戦線、シャーム自由人イスラーム運動との戦闘を続け、また有志連合、トルコの支援を受けたシャーム戦線がダーイシュとの一進一退の攻防を続けた。

2016年1月中旬のシリア情勢をめぐる主な動きは以下の通り。

1.ジュネーブ3会議開催を間近に控え、反体制派統一代表団の人選をめぐる対立が表面化

1月25日に開催予定されているジュネーブ3会議(シリア政府と反体制派の和平交渉)を間近に控え、スタファン・デミストゥラ・シリア問題担当国連アラブ連盟共同特別代表、米国、ロシアが反体制派の会議に向けた調整を進めるなか、反体制派の代表団メンバーの人選をめぐって、反体制派内、そして関係当事国の間で対立が改めて表面化した。

国連安保理決議第2254号に基づき、反体制派代表団の人選を主導する最高交渉委員会(12月のリヤドでのシリア反体制派合同会合で設置された代表団選出のための委員会)は、委員長を務めるリヤード・ヒジャーブ元首相が20日にリヤドで記者会見を開き、代表団メンバー17人を選出したと発表、その氏名を公開した。

代表団は、武装集団メンバー5人と政治組織メンバー、無所属活動家12人からなり、団長にはアスアド・アワド・ズウビー准将、副団長にはジョルジュ・サブラー氏、そして交渉責任者にはムハンマド・アッルーシュ氏がそれぞれ任命された。

ズウビー准将は、元シリア軍事高等アカデミー空軍学科長で、ヨルダンで逃亡生活を送る離反士官で、ヒジャーブ元首相とともに反体制活動を行ってきた人物。サブラー氏は、シリア人民民主党(共産党政治局)の元幹部で、シリア革命反体制勢力国民連立元代表を務めたこともある。またアッルーシュ氏は、イスラーム軍幹部で、12月にシリア国内での空爆で殺害されたザフラーン・アッルーシュ前司令官のいとこ。

イスラーム軍は、サウジアラビアの支援を受け、ダマスカス郊外県東グータ地方で活動しており、同県マルジュ・スルターン村一帯での戦闘などで、アル=カーイダ系組織のシャームの民のヌスラ戦線、シャーム自由人イスラーム運動と合同作戦司令室を設置するなどして、連携を強めている。

リヤド最高交渉委員会およびその後援者であるサウジアラビアの動きに対して、ロシアは、米国、イランとともに軍事支援を行っている西クルディスタン移行期民政局人民防衛部隊(YPG)主導のシリア民主軍の参加組織、支援組織からなるシリア民主評議会、とりわけクルド民族主義政党の民主連合党(PYD)を反体制派の代表団に参加させるべきとの立場をとり、PYDのサーリフ・ムスリム共同党首、変革解放人民戦線代表のカドリー・ジャミール前副首相、シリア民主評議会共同代表のハイサム・マンナーア氏など15人からなる代表団候補リストを作成、これに対抗していた。

「ロシア・リスト」と称されるこのリストは、モスクワ在住のジャミール前首相がデミストゥラ氏に対して正式に提示した。

ロシアは当初、リヤド最高交渉委員会の人選と「モスクワ・リスト」の双方をもとに統一代表団の人選を行うことを主張した。だが、ロシア政府が「テロ組織」とみなすイスラーム軍の幹部をリヤド最高交渉委員会が交渉責任者に選んだことに反発、リヤド最高交渉委員会が選出した代表団とは別に第3の代表団を結成・派遣することを新たに提案するなどして米国などと調整を続け、『ワタン』などによると最終的にはデミストゥラ氏に人選を一任した。

なお、複数のメディアは、デミストゥラ氏が18日の安保理でのシリア問題に関する非公式会合で「サウジアラビアが…すべての主要な反体制派を交渉のテーブルに着かせようとする取り組みを挫こうとしている」との疑念を表明したと伝えた。

だが、デミストゥラ氏は『ハヤート』に対し「そのようなことは言っていない。このことをどの国にも私は言っていない。サウジアラビアのことはまったく触れていない」と否定した。

2.アレッポ県でシリア軍、シリア民主軍、ロシア軍、米軍、有志連合、アル=カーイダ系組織、ダーイシュ(イスラーム国)が混戦を続けるなか、ダーイシュがダイル・ザウル市南西部のシリア政府支配地域を急襲

アレッポ県では、北東部のアフリーン市周辺およびアアザーズ市周辺で、西クルディスタン移行期民政局人民防衛部隊と革命家軍などからなるシリア民主軍がロシア軍の空爆支援を受け、アル=カーイダ系組織のシャームの民のヌスラ戦線、シャーム自由人イスラーム運動との戦闘を続けた。

一方、シリア民主軍とアル=カーイダ系組織が戦闘を続ける地域の東方では、トルコの後援を受けるシリア・ムスリム同胞団系のシャーム軍団、トルコマン人(トルコ系シリア人)からなるスルターン・ムラード師団などシャーム戦線と目される武装集団が、ダーイシュ(イスラーム国)との一進一退の攻防を続けた。

戦闘はトルコ国境に近いガズル村一帯で激しく行われ、スルターン・ムラード師団は、アアザーズ市からジャラーブルス市にいたる国境地帯を「軍事地区」に指定、住民らに退去を呼びかけた。

この「軍事地区」は米・トルコ政府が設置合意した「安全保障地帯」と重なっている。

「安全保障地帯」でのスルターン・ムラード師団とダーイシュとの戦闘激化を受け、複数のメディアは、トルコ軍が国境地帯での地雷撤去などを開始、シリア領内への侵攻を準備していると報じた。

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ロシア軍、米軍は、アレッポ県北部で連携を強める一方で、ハサカ県へと活動地域の拡大に向けた動きを本格化させた。

米軍は、西クルディスタン移行期民政局ジャズィーラ地区の中心都市であるルマイラーン市郊外の農業用飛行場を軍事転用するための拡張工事を行うとともに、各地でのシリア民主軍の活動を支援するための専門家数十人の派遣を計画したと報道された。

これに対して、ロシア軍は、シリア政府と西クルディスタン移行期民政局が分割統治するカーミシュリー飛行場の軍事転用を視野に入れ、士官・技術者からなる視察団を派遣した。

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こうした動きと前後して、12日にトルコのイスタンブールでダーイシュ・メンバーによるとされる爆破テロが発生すると、トルコ軍も報復と称して介入を強め、シリアおよびイラク領内のダーイシュに対して、戦車、重火器によって攻撃した。

トルコのアフメト・ダウトオール首相によると、この攻撃で200人余りの過激派を殲滅するという驚異的な成果を上げたという。

なお、シリア人権監視団が12月30日に発表した推計によると、9月30日から12月30日までの3ヶ月の間にロシア軍の空爆によって殺害された戦闘員の数は1,579人で、ダウトオール首相が発表した戦果が事実であれば、トルコ軍は48時間でロシア軍による空爆10日分の戦果をあげたことになる。

トルコ軍のシリア領内での侵犯に対して、シリア政府は国連事務総長、安保理議長宛に書簡を送り、抗議の意を示した。

またトルコ軍の攻撃に対して、シリア領内からダーイシュと思われる武装集団がトルコ領内のキリス市に向けて迫撃砲を発射、うち1発が市内の学校の校庭に着弾し、女性1人が死亡した。

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対トルコ国境地帯で、シリア民主軍、ダーイシュ、アル=カーイダ系組織、そしてトルコ軍、ロシア軍、米軍主導の有志連合が混戦を続けるなか、シリア軍はアレッポ市東部に位置するダーイシュの拠点都市の一つバーブ市に向けて進軍を続け、同市に近いアイシャ村、アイン・バイダー村、サリーブ村、ウブーディーヤ村を制圧した。

しかし、アレッポ県、ハサカ県、そしてラッカ県では、シリア軍、シリア民主軍の攻勢の間隙を縫うかたちで、ダーイシュは16日、ダイル・ザウル市、同市南西部のブガイリーヤ村、アイヤーシュ村一帯(武器庫)、サーイカ軍事基地(武器庫)などのシリア政府支配地域を急襲した。

この急襲を受け、シリア国営のSANAは住民300人が虐殺されたと報道した。

シリア国内の紛争被害について詳細な情報収集・発表を行うロンドンのシリア人権監視団は当初、この動きに対して、シリア軍兵士、国防隊隊員十数人が死亡したと発表するにとどめていたが、ほどなく民間人85人、シリア軍兵士・国防隊隊員50人の合わせて135人がダーイシュによって殺害されたと発表した。

また、ダーイシュは民間人の殺害に加え、女性、子供多数を含む住民約400人を拉致、連行した。このうち女性、子供、老人約270人は釈放されたが、残る130人は現在も拉致されている。

ダーイシュの急襲に対して、シリア軍、ロシア軍は同地一帯への空爆を強化するなどして対応、また有志連合は、ダーイシュの中心拠点であるラッカ市への空爆を激化させた。

3.シリア軍がラタキア県北部でヌスラ戦線に対する攻勢を続ける

ロシア軍の空爆支援を受けるシリア軍は、人民防衛諸集団、ヒズブッラー戦闘員、アラブ系・アジア系の親政権武装集団とともに、ラタキア県北部、アレッポ県アレッポ市南部郊外、ダルアー県ダルアー市、シャイフ・マスキーン市一帯、ヒムス県ティールマアッラ村一帯、ダマスカス郊外県東グータ地方などで、アル=カーイダ系組織のシャームの民のヌスラ戦線、シャーム自由人イスラーム運動、イスラーム軍、トルコマン・イスラーム党などの反体制武装集団との交戦を続けた。

このうち、ラタキア県北部のトルコ国境地帯、とりわけ「クルド山」、「トルコマン山」との俗称で知られるサルマー町、およびマールーニーヤ村、サッラーフ村、および同地一帯の山岳・丘陵地帯では、シリア軍が反体制武装集団を掃討、同地の奪還に成功した。

4.ハサカ県カーミシュリー市内で西クルディスタン移行期民政局のアサーイシュとシリア正教徒の武装組織ストロとの対立をシリア政府(政治治安局)とシリア正教会が仲介

シリア政府と西クルディスタン移行期民政局が分割統治するカーミシュリー市では、西クルディスタン移行期民政局の治安部隊「アサーイシュ」が、シリア正教徒の武装部隊「ストロ」設置した検問所を撤去しようとして衝突、ストロの隊員1人が死亡し、両者の緊張がにわかに高まった。

事態を受け、シリア正教アンティオキア全東方総主教区のイグナティウス・アフレム2世カリーム総主教がカーミシュリー市を訪問、和解に向けた仲介を行った。

アフレム2世カリーム総主教の訪問は、政治治安局長を務め、ハサカ県に展開するシリア軍と地元の民兵の関係の調整を担当することでも知られるザイトゥーン・ムハンマド・ディーブ准将の調整のもとに行われ、シリア政府がカーミシュリー市内の反体制組織どうしの対立仲介を行うかたちとなった。

5.国連、シリア赤新月社による人道支援物資搬入作業が続くなか、ロシアは「人道作戦」を開始、また停戦合意地区で住民の帰宅などが行われる

シリア軍、ヒズブッラー戦闘員が包囲を続けるダマスカス郊外県マダーヤー市、そしてアル=カーイダ系組織のシャームの民のヌスラ戦線、シャーム自由人イスラーム運動が包囲を続けるイドリブ県フーア市、カファルヤー町に、停戦合意(イラン仲介)に従って、国連およびシリア赤新月社が2回にわたって人道支援物資の搬入作業を行った。

国連は17日に開示した報告書のなかで、2015年12月の1ヶ月間で、シリア政府、ヒズブッラーが包囲を続けるダマスカス郊外県のマダーヤー町で32人が餓死、また数十人が緊急の医療措置を必要としていることを明らかにした。

一方、ロシア国防省は、ロシア軍の支援のもとにシリア政府が奪還地域やダーイシュ(イスラーム国)との戦闘が続くダイル・ザウル市などでの住民を対象とした「人道作戦」を開始すると発表、大型貨物輸送機から40トンに及ぶ物資の投下を行った。

こうしたなか、停戦合意に基づき、シャームの民のヌスラ戦線などからなるジハード主義武装集団が退去したヒムス市ワアル地区では、同地区に残留した反体制武装集団による武器の引き渡しと投降が開始された。

また、同じく停戦合意に基づき、ダーイシュやヌスラ戦線の戦闘員が退去した首都ダマスカス県南部のカダム地区では、シリア政府の支配下に復帰した同地区東部、反体制武装集団が残留した同地区西部に、避難生活を送っていた住民約3,000人が帰宅した。

6.シリア人権監視団が、シリア軍、ロシア軍の空爆による犠牲者推計を発表

シリア人権監視団は、2014年11月20日から2016年1月20日までの15ヶ月間でシリア軍とロシア軍の空爆による犠牲者数が1万4,726人にのぼり、うちダーイシュ(イスラーム国)、シャームの民のヌスラ戦線など反体制武装集団の死者が6,041人を占めると発表した。

同監視団によると、シリア軍による空爆は4万5,865回を記録した。

このうち、2万5,784回はヘリコプターによる「樽爆弾」投下で、ダマスカス県、ダマス数郊外県、アレッポ県、ハサカ県、ハマー県、ダルアー県、ラタキア県、スワイダー県、ヒムス県、クナイトラ県、ダイル・ザウル県、イドリブ県で行われたという。

また2万686回は戦闘機による爆撃、ミサイル攻撃で、ダマスカス県、ダマス数郊外県、アレッポ県、イドリブ県、ラタキア県、スワイダー県、ヒムス県、クナイトラ県、ダルアー県、ハサカ県、ダイル・ザウル県、ラッカ県、ハマー県で行われたという。

これらの空爆による民間人の死者数は7,677人、うち1,622人が18歳未満の子供、1,078人が18歳以上の女性、4,977人が成人男性(武装の有無は明示せず)で、このほかにも3万9,000人あまりが負傷したという。

またシリア軍の空爆では、シャームの民のヌスラ戦線、ダーイシュ(イスラーム国)、トルコマン・イスラーム党などのジハード主義・非ジハード主義武装集団の戦闘員4,007人が死亡した。

一方、9月30日に開始されたロシア軍の空爆による民間人の犠牲者は1,015人にのぼり、うち238人が18歳未満の子供、137人が成人女性、640人が成人男性(武装の有無は明示せず)だった。

またダーイシュの戦闘員893人、ヌスラ戦線、トルコマン・イスラーム党などのジハード主義・非ジハード主義武装集団の戦闘員1,141人もロシア軍の空爆で死亡した。

シリア人権監視団は、シリア各地での武力紛争の犠牲者を詳細に報告しているが、ロシア軍の空爆開始以降、空爆を行った戦闘機の所属を明示しないことが多く、ロシア軍とシリア軍の空爆の犠牲者をどのように峻別しているかは不明。

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本稿は、2016年1月中旬のシリア情勢を踏まえて執筆したものです。 主な記事はhttp://syriaarabspring.info/?page_id=25695を参照ください。

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東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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