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「恐怖の壁」が崩壊したシリア北西部で拡大する抗議デモ、弾圧を躊躇しないシャーム解放機構

青山弘之東京外国語大学 教授
Enab Baladi、2024年5月17日

「シリア革命」最後の牙城とされるシリア北西部で抗議デモ弾圧が本格化しようとしている。

同地は、シリア政府(バッシャール・アサド政権)の支配を脱した「解放区」と呼ばれることもある。だが、実態は「シリアのアル=カーイダ」として知られる国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が軍事・治安権限を掌握し、シリア救国内閣、シューラー総評議会といった「疑似国家」機関を介して統治を行っている。

そんなシリア北西部では、2023年9月に拘束されたアフラール(自由人)軍(北西部で活動するアル=カーイダの系譜を汲む武装組織の分派)メンバーのアブー・ウバイダ・タッル・ハドヤー(本名アブドゥルカーディル・ハキーム)が獄中での拷問で死亡したことをきっかけに、2月末から各地で抗議デモが続いている。デモでは、指導者のアブー・ムハンマド・ジャウラーニーの打倒、逮捕者の即時釈放、刑務所の開放、シャーム解放機構の治安部門である総合治安機関の解体などが訴えられている。

懐柔の試み

シャーム解放機構は当初、一部逮捕者の釈放や改革を約束することで対処しようとしたジャウラーニーは3月12日、シリア救国内閣、シューラー総評議会、そして部族評議会の代表らと会合を開き、以下7項目の実施を約束した。

  1. 解放区(シリア政府の支配下にない北西部やトルコ占領地のこと)全般にかかる政策や戦略的決定を検討することに関心、意見、そして専門知識を有する住民からなる最高諮問評議会の設置。
  2. 総合治安機関のシリア救国内閣内務省所轄組織への再編。
  3. 解放区におけるシューラー総評議会選挙の呼びかけ、選挙法の見直し、住民、各階層、住民活動の代表性の拡大、現地で活動する各執行(行政)機関の規律、効率性、健全性を実現するためのシューラー機関の監督機能の強化。
  4. 苦情清算ディーワーン(庁)の設置。
  5. 最高監督機構の設置。
  6. 経済政策の見直し。
  7. 地元評議会、組合の役割の活性化。

ジャウラーニーはまた、この会合の場で、イスラーム国との戦い、解放区統合に向けた動き、制度的環境整備に向けた取り組みの進捗についての詳細について説明したのち、次のように述べ、退任さえも示唆した。

権力をめぐる争いは存在しない。あなた方は、60、あるいは70%の大多数が話を聞いてくれる人について合意できる。私もその人を支持する。私はその人に私が持っているものすべてを引き渡す。その人に解放区を指導してもらい、解放区を安全な場所へと導いてもらおう。もしあなた方がこの会合でその人を誰にするかに合意すれば、私はその人を支持する。私たちが話しかけることができる人を誰にするかに合意すれば、我々は妨げられることなく自らの路を進むことが義務となる。

激しさを増すデモ

しかし、懐柔の試みにもかかわらず、デモは収まることはなかった。5月に入ると、一部活動家と住民がイドリブ市の軍事裁判所前にテントを設営し、シャーム解放機構による住民らへの恣意的な不当逮捕に抗議し、拘束されている家族や親族の釈放などを求めるようになった。

これに対して、シャーム解放機構は5月14日、デモ会場を強襲し、デモ参加者らを威嚇、投石を行い、暴行を加えることで、強制排除した。

しかし、こうした強硬策は逆効果だった。

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5月14日にはシャーム解放機構の支配下にあるイドリブ県のカフルタハーリーム町、カフルルーマー村、ハザーヌー町、ジスル・シュグール市、アルマナーズ市、マアッラトミスリーン市、ビンニシュ市、タフタナーズ市、ハルブヌーシュ村、イフスィム村、カッリー町、アレッポ県のアターリブ市で昼夜を問わず抗議デモが行われた。デモはまた、トルコの占領下にあるアレッポ県北部のアアザーズ市にも飛び火した。

ジャウラーニーの脅迫

事態悪化を受けて、ジャウラーニーは5月15日、イドリブ県内某所で司令官や名士らと会合を開き、その場で次の通り述べた。

人々からは多くの正当な要求が示され、我々は社会のあらゆる層と膝を突き合わせて、皆が目にしている通り、ほとんどの要求を満たし、残りの要求に取り組んでいる。
我々は皆、最近になって要求が本来の軌道から逸脱し、解放区の公共の利益を妨害する状態に変わり、解放区の組織や公的生活の破壊につながる手法を利用されているのを目にした。
我々は以前、解放区の公共の福利、公共基盤へのいかなる抵触も、レッド・ラインを踏み越えるもので、当局はこうした事態に対処するために動く、と警告した。
兄弟たちよ、私は解放区が柱の上に成り立っているバランスを崩そうとする者たちに対して団結して立ち向かうよう呼びかける。柱の一つが倒されれば、すべての柱が乱されることになる。

Enab Baladi、2024年5月16日
Enab Baladi、2024年5月16日

ジャウラーニーの脅迫は奏功しなかった。5月15日には、イドリブ県のイドリブ市、ジスル・シュグール市、ダルクーシュ町、アティマ村の国内避難民(IDPs)キャンプ群、アレッポ県のアビーン・サムアーン町で、抗議デモが行われた。5月16日にもイドリブ市、フーア市、アリーハー市、ビンニシュ市で同様のデモが発生した。

弾圧と報復

そして、5月17日金曜日、デモは一気に拡大した。

シャーム解放機構は、イドリブ市中心部に至る街道を封鎖し、住民の出入りを禁止し、市内に戦闘員やメンバー、総合治安機関の要員多数を展開させるとともに、支配地各所に装甲車、重火器などを配置し、治安体制を強化していた。にもかかわらず、金曜日の集団礼拝後、各地で抗議デモが行われた。

イドリブ県では、イドリブ市、ハザーヌー町、バーリーシャー村、アウラム・ジャウズ村、ビンニシュ市、ルージュ平原、カフルルーマー村、アルマナーズ市、カフルタハーリーム町、ジスル・シュグール市、アティマ村、バラカート・キャンプなどの国内避難民(IDPs)キャンプ、マアッラトミスリーン市、カフルルースィーン村、ダイル・ハッサーン村、アリーハー市、サルキーン市で、アレッポ県ではアターリブ市、ダーラト・イッザ市、アビーン・サムアーン町でジャウラーニーの打倒などが訴えられた。抗議デモは、日没後も、タフタナーズ市、ビンニシュ市、イドリブ市、カフルタハーリーム町、サルジャ村で続けられた。

これに対して、シャーム解放機構は、イドリブ市、ジスル・シュグール市、ビンニシュ市で、実弾を使用するなどしてデモの強制排除を試みた。

イドリブ市では、市内のデモ会場に向かおうとしていたメディア活動家1人が暴行を受け、ビンニシュ市では、イドリブ市に向けてデモ行進をしていた住民の進行をシャーム解放機構の装甲車が阻止し、もみあいとなった。

デモ参加者らによる報復も散見された。イドリブ市では、市の東側に設置されているシャーム解放機構の検問所に対して、デモ参加者の一部が手りゅう弾での攻撃を試み、検問所に配置されている戦闘員によって取り押さえられ、逮捕された。ビンニシュ市では、抗議デモ参加の呼びかけに応じなかったとされる説教師が、金曜日の集団礼拝での説教中に、ミンバル(演壇)から引きずり降ろされた。

崩壊した「恐怖の壁」

シリアでは、2020年3月にシリア政府と、シャーム解放機構を主体とする反体制派のそれぞれの後ろ盾であるロシアとトルコが停戦に合意して以降、大規模な戦闘は発生していない。むろん、シリア北西部では、シリア軍と反体制派による砲撃戦、無人航空機(ドローン)による攻撃合戦は続いている。だが、それらは限定的であり、一般の住民の被害も、戦闘がもっとも激しかった2010年代半ばに比べると減少している。

しかし、テロリストの統治に対する「恐怖の壁」が崩壊し、抗議デモを激化させている活動家や住民へのシャーム解放機構の弾圧、そしてそれに対する報復の連鎖が激化すれば、「今世紀最悪の人道危機」と呼ばれていた惨劇が繰り返されることが懸念される。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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