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シリア北部でのイスラーム国、ヌスラ戦線掃討でロシア、米国が連携を強めるなか、反体制派に足並みの乱れ

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:ロイター/アフロ)

ロシア軍による大規模空爆が始まってから3ヶ月が経ったシリアでは、イドリブ県、ダルアー県で勢力を拡大していたファトフ軍を構成するジハード主義武装集団の間で、戦略、支配地域の運営をめぐる意見の相違、対立が表面化する一方、米国、ロシアによるシリア民主軍への連携支援がより明確になり、アレッポ県北部のいわゆる「安全保障地帯」でダーイシュ(イスラーム国)、アル=カーイダ系のシャームの民のヌスラ戦線などからなる反体制武装集団に対するシリア民主軍の攻勢が激化した。

また、シリア軍も、ロシア軍の空爆支援を受けて、ダーイシュ、ヌスラ戦線などからなる反体制武装集団への掃討戦を継続した。

サウジアラビアとともに、シリアでの「テロとの戦い」で孤立感を深めていたトルコは、一方で西クルディスタン移行期民政局が国境地帯で勢力を増すことに警戒しつつ、他方で同民政局の人民防衛部隊(YPG)が主導するシリア民主軍への米国とロシアに服するかたちで「安全保障地帯」でのシリア・ムスリム同胞団系のシャーム軍団などによるダーイシュ掃討戦を砲撃支援し、限定的に関与した。

こうしたなか、スタファン・デミストゥラ・シリア問題担当国連アラブ連盟共同特別代表は、1月25日に予定されているジュネーブでのシリア政府と反体制派の和平交渉「ジュネーブ3会議」に向けた調整を続けたが、この過程で、サウジアラビアが後援する最高交渉委員会と、米国、ロシア、イランが事実上後押しするシリア民主評議会の確執が露呈した。

また、反体制派どうしの確執を突くかたちで、シリア政府は、ジュネーブ3会議に参加するシリアの反体制派の代表者の氏名を記したリストと、「テロとの戦い」の対象となるテロ組織を記したリストを受け取りたい旨、デミストゥラ氏に要請した。

2016年1月上旬のシリア情勢をめぐる主な動きは以下の通り。

シリア地図(筆者作成)
シリア地図(筆者作成)

1.シリア軍(そしてロシア軍)の攻勢が続くなか、ファトフ軍として共闘してきたイスラーム過激派に足並みの乱れ

シリア軍、そしてロシア軍は、ダマスカス郊外県東グータ地方、アレッポ県南部および西部、ダルアー県、ラタキア県、イドリブ県、ハマー県、ヒムス県で、アル=カーイダ系組織のシャームの民のヌスラ戦線、シャーム自由人イスラーム運動、イスラーム軍などからなる反体制武装集団に対する攻勢を続け、その空爆・砲撃に多くの民間人が戦闘に巻き込まれる一方、反体制武装集団側も首都ダマスカスやシリア政府支配下のアレッポ市各所を激しく砲撃し、死傷者が出た。

戦闘は、マルジュ・スルターン村一帯(ダマスカス郊外県)、シャイフ・マスキーン市(ハマー県)、アレッポ市南部郊外、ティールマアッラ村一帯(ヒムス県)、ラタキア県サルマー町一帯で激しく行われ、ラタキア県ではシリア軍、人民防衛諸集団が、ハーラ山、バイト・ファーリス山、サッラーフ村、バイト・ファーリス村、ダグダガーン農場および県北部の山岳地帯複数カ所などを制圧した。

なお、ロシア国防省によると、2016年の最初の10日間(1月1日~10日)でのロシア軍戦闘機の出撃回数は311回に及び、アレッポ県、イドリブ県、ラタキア県、ハマー県、ヒムス県、ダマスカス郊外県、ダイル・ザウル県、ハサカ県、ダルアー県、ラッカ県内の1,097カ所に対して空爆が行われた。

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シリア軍、ロシア軍の攻勢が続くなか、2015年3月以降共闘を続けてきた反体制武装集団の間に戦略や支配の手法をめぐる意見の相違、対立が露呈していった。

イドリブ県のほぼ全域を支配下に置き、ヌスラ戦線、シャーム自由人イスラーム運動などからなるファトフ軍内では、シリア・ムスリム同胞団系のシャーム軍団が、アレッポ県でのシリア軍、ロシア軍との戦闘に専念するとの理由で、ファトフ軍としての活動停止を宣言した。

またアル=カーイダ系組織のジュンド・アクサー機構は、ファトフ軍執行部メンバーのシャーム自由人イスラーム運動のアブー・ユースフ氏が、執行部長(アミール)のアブー・キターダ氏の許可を得ず、ダーイシュ(イスラーム国)のために活動していたとされる細胞のメンバー(投獄中)を公開処刑したことを「個人的振る舞い」、「行き過ぎ」と非難し、ファトフ軍としての活動を停止すると発表した。

なお、ジュンド・アクサー機構は2015年10月にも、スタファン・デミストゥラ・シリア問題担当国連アラブ連盟共同特別代表による停戦イニシアチブへの対応やダーイシュとの戦闘の是非をめぐって、停戦イニシアチブ支持、ダーイシュとの戦闘拒否の立場をとりファトフ軍を脱会し、11月に復帰したばかりだった。

一方、ダルアー県でも、ヌスラ戦線との共闘を通じて勢力を拡大していた南部戦線(自由シリア軍)を構成する二つの主要な武装集団が離反した。

離反したのは、クナイトラ県を主な活動拠点とするサブティーン旅団で、南部戦線所属組織からなるクナイトラ県軍事評議会からの支援不足が離反の理由だった。

また、南部戦線第1軍の主力部隊であるハウラーン・ムジャーヒディーン旅団も南部戦線第1軍からの離反を宣言した。

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このほか、イドリブ県では、ヌスラ戦線がカフルナブル市にあるラジオ・フラッシュ本部を襲撃、機材などを略奪、ラーイド・ファーリス社長と活動家のハーニー・アブドゥッラー氏を拘束した。

ラジオ局に近い複数の情報筋によると、「イスラーム法に反する歌やイスラーム教を侮辱するスローガン」を放送したことが事件の背景にあった。

ファーリス氏はこれまでにもたびたび、ヌスラ戦線の行為を批判してきたことで知られていた。これに対して、アブドゥッラー氏は、ヌスラ戦線を擁護する姿勢をとっていた。最終的には、このアブドゥッラー氏とアブー・ハリール・カフルナブル氏を名乗るヌスラ戦線メンバーが示談し、ファーリス氏、アブドゥッラー氏は釈放された。

2.アレッポ県で、ロシア軍、米主導の有志連合、シリア民主軍、そしてトルコ軍が連携し、ダーイシュ、ヌスラ戦線を攻撃

アレッポ県では、東部で米主導の有志連合と西クルディスタン移行期民政局人民防衛部隊(YPG)主導のシリア民主軍が連携し、ダーイシュ(イスラーム国)の支配地域に攻勢をかける一方、西部では、有志連合に加えてロシア軍の空爆支援を受けたシリア民主軍がアル=カーイダ系組織のシャームの民のヌスラ戦線などからなる反体制武装集団との戦闘を続けた。

アレッポ県西部のアアザーズ市近郊において、シリア民主軍は有志連合の空爆支援を受けて、ダーイシュの支配下にあったターター・マラーシュ村、タナブ村を制圧した。

またアアザーズ市のさらに西方に位置するアフリーン市(西クルディスタン移行期民政局アフリーン地区の中心都市)一帯では、シリア民主軍は、ロシア軍の空爆支援を受けてヌスラ戦線、アレッポ・ファトフ軍作戦司令室などからなる反体制武装集団と交戦、タナブ村、カシュタアール村、シャワーリガ村、マーリキーヤ村を制圧した。

一方、アレッポ県東部では、シリア軍がバーブ市に向けて進軍を続けるなか、シリア民主軍はダーイシュの中心拠点の一つマンビジュ市をめざすかたちで、ユーフラテス川西岸(ティシュリーン・ダム西部)で、有志連合の空爆支援を受けてダーイシュと交戦を続けた。

アレッポ県東部での攻勢と並行して、シリア民主軍はラッカ県北部のアイン・イーサー市一帯でも戦闘を続け、同市郊外のムスタリーハ村など複数の村・農場を制圧した。

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シリア民主軍の勢力拡大を続けるなか、ダーイシュはアレッポ県北部のいわゆる「安全保障地帯」でシャーム戦線、マーリア作戦司令室に対して攻勢をかけ、マーリア市郊外のハルバル村、タラーリーン村で激しい戦闘が行われた

だが、イドリブ県での戦闘から離脱しアレッポ県での戦闘に専念すると宣言したシリア・ムスリム同胞団系のシャーム軍団がスルターン・ムラード師団、ムウタスィム旅団、ハムザ旅団といったシャーム戦線参加組織とともに、トルコ国境に近いカッラ・クーバル村、ヒルバ村を攻略、これを制圧した。

なおシャーム軍団などの攻勢は、有志連合が空爆支援するだけでなく、トルコも砲撃によって加勢したと報じられている。

しかし、トルコ軍は、シリア民主軍、とりわけYPGが米国、ロシアの後援に乗じて国境地帯で勢力を拡大することを懸念しており、ラッカ県タッル・アブヤド市一帯でのYPGの拠点などへの砲撃を続けた。

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トルコ政府のこうした微妙な姿勢を代弁するかのように、トルコ国内で活動する反体制組織は、有志連合とYPGの接近を非難した。

トルコのイスタンブールで活動するシリア革命反体制勢力国民連立のハーリド・ハウジャ代表は、米国主導の有志連合がシリア国内でのダーイシュとの戦いでYPGを支援・連携していることに関して、「テロを支援することでテロと戦うというのは非合理的だ」と批判した。

また同じくトルコで活動するシリア・イスラーム評議会も声明を出し、シリア民主軍がヌスラ戦線などからなる反体制武装集団との戦闘の末にシャワーリガ村、マーリキーヤ村などを制圧したことを非難、「外国勢力の支援のもとシリア分割の計画を実行しようとしている」と断じた。

さらに「シャーム・イルムの民シューラー評議会」も声明を出し、YPGが主導するシリア民主軍が「シリアのジハード主義革命武装勢力に宣戦を布告した」と非難し、「アッラーとその使徒、その信者に対する裏切り者で…、宗教とウンマの敵の手先」と指弾、「彼らと戦い、ウンマに彼らの計略を警告し、彼らへの参加や関与を阻止し、彼らに改悛させ、自らとそのウンマに不正をはたらくこの勢力の解体をもたらさねばならない」と主張した。

3.YPGがラッカ革命家戦線に圧力をかけ、戦線に所属する部族軍を解体

西クルディスタン移行期民政局人民防衛部隊(YPG)は、ユーフラテス火山作戦司令室やシリア民主軍に共に参加し、アレッポ県東部やラッカ県で共闘するラッカ革命家戦線(自由シリア軍)が、ラッカ県タッル・アブヤド市一帯の部族の子息らを動員して「部族軍」と称する民兵組織を結成したことに対して、同戦線戦闘員4,000人への食料などの配給を停止し、圧力をかけた。

ラッカ革命家戦線は、YPGの圧力に屈するかたちで部族軍を解体した。

4.シリア軍もアレッポ県東部、ダイル・ザウル県、ヒムス県などでダーイシュとの戦闘を続けるなか、ダーイシュ幹部23人がトルコ、ドイツに難民などを偽って逃亡したことが判明

シリア軍は、ロシア軍の空爆支援を受け、アレッポ県東部、ダイル・ザウル県、ヒムス県中部などでダーイシュ(イスラーム国)掃討戦を続けた。

SANAなどの発表によると、これにより、シリア軍はアレッポ市東部に位置するナッジャーラ村一帯を制圧し、ダーイシュの主要拠点の一つであるバーブ市に向けて進軍を続ける一方、ダイル・ザウル県マヤーディーン市郊外とスワイダー県シャアフ村東部で、石油を密輸送中のダーイシュのタンクローリー多数を空爆し、これを破壊した。

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こうしたなかクッルナー・シュラカーは、ダイル・ザウル県で活動していたダーイシュ(イスラーム国)の幹部23人が2015年6月から12月の半年間のうちに離反し、その多くがトルコとドイツに逃亡(避難)したと伝えた。

5.ジュネーブ3会議に参加する反体制派統一代表団の人選をめぐって最高交渉委員会とロシア、米国、イランが後援するシリア民主評議会が互いを牽制

イランとサウジアラビの対立が激化し、シリアの紛争解決に向けた停戦プロセス、政治移行プロセス、そして「テロとの戦い」への影響が懸念されるなか、スタファン・デミストゥラ・シリア問題担当国連アラブ連盟共同特別代表が、1月25日に予定されているシリア政府と反体制派統一代表団の和平交渉「ジュネーブ3会議」の開催に向け、サウジアラビア、イラン、シリアを歴訪、反体制派統一代表団の人選をめぐる反体制派内での確執が改めて露呈した。

サウジアラビアの首都リヤドで12月に開催された反体制派合同会合において、統一代表団の人選のために設置された最高交渉委員会(リヤード・ヒジャーブ元首相が委員長)はデミストゥラ氏との会談において、代表団人選への外国の干渉を拒否するとの意思を表明し、米国、ロシア、そしてイランの実質的後援を受ける人民防衛部隊を傘下に置く西クルディスタン移行期民政局構成勢力、とりわけクルド民族主義政党の民主連合党(PYD)排除の姿勢を暗示した。

また、シリア国内でアル=カーイダ系組織のシャームの民のヌスラ戦線やシャーム自由人イスラーム運動などと共闘するイスラーム過激派や「穏健な反体制派」の武装集団24組織も共同声明を出し、最高交渉委員会の意向に支持を表明し、「革命の基礎に対して…国際社会、地域社会が譲歩を押しつけようとしている」ことに抗するよう呼びかけた。

しかし、こうした動きに先立ってリヤドで開催された最高交渉委員会会合では、シリア革命反体制勢力国民連立初代代表で無所属活動家のアフマド・マアーッズ・ハティーブ氏、シャーム自由人イスラーム運動のラビーブ・ナッハース氏、そしてシリア国家建設のルワイユ・フサイン代表は欠席し、足並みの乱れが露呈した。

このうち、フサイン氏は「最高交渉委員会の構成が党派的な割り当てに基づいている」と主張し、委員会からの脱会を発表した。

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一方、米国、ロシア、そしてイランの後援のもと、リヤドでの反体制派合同会合に対抗するかたちで、シリア民主軍参加組織・支援組織が12月に結成した政治連合体のシリア民主評議会は、スイスのジュネーブで代表会合を開催し、ジュネーブ3会議には「ジュネーブ合意、国連での諸決議に従い、すべての政治当事者の参加を通じた問題の政治的解決」をめざすことを確認し、同会議への参加の意向を示した。

また、TEV-DEMのイルハーム・アフマド氏とともに評議会の共同議長を務めるカムフ代表のハイサム・マンナーア氏は「我々はデミストゥラ氏のもとで行われるいかなる交渉にも参加する用意がある」と述べる一方、「シリア民主評議会はリヤド最高交渉委員会の一部になることは望まない…。なぜなら委員会の一部のメンバーは、政治的解決に至ることに反対し、対話を反故にするためだけに交渉に参加しようとしているからだ」と批判した。

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対するシリア政府は、ワリード・ムアッリム外務大街居住者大臣がダマスカスを訪問したデミストゥラ氏と会談し、ジュネーブ3会議に参加の用意があるとの意思を伝えるとともに、同会議に参加するシリアの反体制派の代表者の氏名を記したリストと、「テロとの戦い」の対象となるテロ組織を記したリストを受け取りたい旨、要請した。

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本稿は、2016年月上旬のシリア情勢を踏まえて執筆したものです。 主な記事はhttp://syriaarabspring.info/?page_id=25467を参照ください。

またシリア情勢についてもっと詳しく知りたい方は「シリア・アラブの春顛末期:最新シリア情勢」(http://syriaarabspring.info/)をご覧ください。

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東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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