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北欧の平等主義と理想に懐疑的なデンマーク風刺映画 奴隷と植民地の歴史を掘り起こし内省を促す

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
Viften/Oslo Pix Film Festival

デンマーク映画『Viften』(2023)は、1848年のデンマーク領西インド諸島におけるデンマークの植民地時代の過去を描いている。フレデリッケ・アスポック監督と脚本家のアンナ・ネイが、無視されがちなデンマークの植民地舞台を、平等主義というデンマークの理想に懐疑的な目を向けながら描いた風刺コスチューム・ドラマだ。

1848年、デンマーク領セント・クロイ島で、アンナ・へーガードは稀有な存在だ。権力と財力を持つ、自由で非白人の女性、デンマークの西インド諸島総督の愛人でもある。ペトリーヌは彼女の親友だが、同時にアンナの所有物でもある。すべてがうまくいっていたが、奴隷の反乱がささやかれるようになり、人間関係が試されるようになる。果たしてアンナとペトリーヌは、植民地側と支配される側のどちらの味方なのか?

これは実際の事件を基にした、色彩豊かで視覚的に退廃的な風刺映画でもある。脚本家のアンナ・ネイはこの映画でもアンナを演じているが、物語そのものを嘲笑することなく、時折不条理なユーモアを交えて当時の社会状況を浮き彫りにする。結果、笑いと内省の両方を提供する破壊力を持っている。

アンナ・へーガードは実在した女性で、アメリカ領ヴァージン諸島における奴隷制廃止の重要人物である。1790年、自由な混血の女性とデンマーク人の白人男性の間に生まれた彼女は、ショルテン総督の愛人という地位を通じて、アメリカ領ヴァージン諸島の歴史の流れに大きな影響を与えることになる注目すべき女性に成長した。

ショルテンとの親密な関係によって、当時の女性、ましてや有色人種の女性には珍しい影響力を持つようになったアンナ。彼女がそばにいたことで、ショルテン総督の見解は変化していき、やがては奴隷が個人財産を所有する権利を保障し、奴隷個人が自由を購入できる制度を設けるなど、奴隷の境遇を改善することを目的とした改革を実施し始めた。

しかし、本作ではアンナが常に「素晴らしい」人として描かれているわけではない。アンナ自身も権力者の愛人として奴隷を所有し、権力に溺れるひとりである。黒人でありながら手にしている「白人性」、抑圧される者がいかにして抑圧する側となるのかが本作では滑稽に描かれている。

デンマークの風刺文化に溢れた作品

北欧の中でもデンマークは風刺やジョークが好きな国民性に溢れている。筆者もデンマーク人にインタビューしていると、ところどころで冗談が出現するのでカルチャーショックを受けることがある。フィンランド人やノルウェー人はそれほど冗談を言わないからだ。その風刺文化は本作でも見事に発揮されている。

デンマークでは「誰もが平等だ」と誇らしげに登場人物が語る場面では、奴隷にされた人々が交互にカメラ目線になる。黒人の子どもは。顔を白く塗られて演技を強制される。

本作はデンマーク語で「風」、英語では「帝国」(Empire)と名付けられている。物語では、奴隷の子どもたちが白人に「風」をおくるために「扇風機」「扇子」の仕事をしている。

「地上の楽園」かのように描かれている舞台演出にも注目だ。鮮やかな色彩で描かれた波立つ衣装、豪華な家やケーキと、まさにそこは「パラダイス」。だが同時にむち打ちにされる黒人奴隷の悲鳴が響き渡る、美学と対照的な奴隷制度の暴力性は忘れることができない印象を与えるだろう。

奴隷制度下で無視できない首吊りなどの残酷なシーンは、白黒のイラストで描写されている。ノルウェーの映画祭Oslo Pixの上映で舞台挨拶に来た監督は、「残酷な事実から目をそむけたくはなかった」と、イラストという手段を用いたと説明した。

目を背けたい自国の歴史に光を当てた異例の作品

本作は北欧評議会の映画賞2023年のデンマーク代表のノミネート作品でもある。植民地支配や奴隷制度の歴史を描くとなると、深刻で暗く、性暴力や血という残酷なシーンが続き、屈辱と恥の歴史の糾弾となりがちかもしれない。テーマを耳にしただけで、映画を見ようとは思わない人もいるかもしれない。だが、本作は豪華な舞台衣装と風刺文化を組み合わせることで、不条理な風刺映画となり、デンマークで話題を集めることに成功した。

異例の映画作りが映画館に足を運びやすくし、見た人が奴隷の歴史を話題にし、「忘れられていた歴史を掘り起こし」「内省につなげる」という異例の社会現象を起こしているのである。

Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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