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理想を夢見ながら行動を、デンマーク学生が心配する未来と憤り

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
「ユートピア」(理想郷)という作品が世界建築国際会議にある理由とは 筆者撮影

「北欧諸国の中でも、デンマークの人は『ユートピア』(理想郷)という言葉を口にするし、フェスなどでのイベント会場でも『ユートピア』がテーマになっていることが多いな」

筆者のその印象は、ユネスコ世界建築首都に選ばれたデンマークの首都コペンハーゲンでもまた体験することとなった。

国際会議UIAの会場では、緑・黄・紫など、カラフルな布のトンネルが静かに揺れていた。このアート作品の題名もまた『ユートピア』である。

筆者撮影
筆者撮影

製作したのは、デンマーク王立美術アカデミーに通う大学院生のサークルだ。取材に応じてくれたのは、「アカデミー気候グループ」(Akademiets Klimagruppe)に所属する3人だった。

左からカロリーネ・リンベルさん ソフィエ・ピル・グラウさん、カロリーネ・イルストゥンさん 筆者撮影
左からカロリーネ・リンベルさん ソフィエ・ピル・グラウさん、カロリーネ・イルストゥンさん 筆者撮影

この団体は、「サステナビリティについてもっと学びたい」というフラストレーションが溜まって、大学生と院生によって設立された。

異なる専攻科目の学生同士が知識共有し、持続可能な社会をテーマにトークショーなどのイベント運営をしている。そう説明してくれたのは建築専攻の大学院生、カロリーネ・リンベル(27)さんだ。

テキスタイル・インスタレーション作品は、コロナ直前に手掛けたもので、学校やフェスで展示後、今回の国際会議でも招待された。

リサイクル素材で作った、布のトンネル

たくさんのセッションが続く会場、筆者が情報でいっぱいになった頭でこの中に入ると、ちょっと落ち着いた 筆者撮影
たくさんのセッションが続く会場、筆者が情報でいっぱいになった頭でこの中に入ると、ちょっと落ち着いた 筆者撮影

「建築家やデザイナーとして、違う世界や違う未来に向かって、夢を見ながら飛び込めんで、ちょっとだけ前進できるような空間をつくりたい」

そういう思いで、リサイクルした布をサステナブルな色で染めている。

グラウさん「好奇心とリラックスの間を往復できるような色を選びました。夢をみるためにはリラックスできながら、同時に新しいアイデアに辿り着けるように挑発させられる必要もあります」

そう語るのは、ファッション・テキスタイルデザイン専攻の院生、ソフィエ・ピル・グラウ(28)さんだ。

リラックスと挑発の狭間で

「黄色は自分自身と先端の間を誘発させて、新しい思考を生み出させる色。カンフォートゾーンから出るために、見る者を落ち着かせない気持ちにさせる目的が黄色にはあります。青などはリラックスして落ち着かせる色です」

「常に人間ファーストでなければいけないのか、それともカエルや蛇など他の物を優先することは可能か」

静かな空間で、ずっと遠くの夢のような世界に思いをはせる。深い思考が可能で、リラックスもできる。今日感じたことを振り返ることができる空間を作りたいと話し合って完成した作品だ。

中に穴のような空間を作ったのは「アイデアが小さいものから大きいものへと変化する『旅』」を象徴。

布の中に入り、色に飲み込まれる体験によって、インスピレーションを得られるような驚きの空間にしたかった。

未来がどうなるか心配

グラウさん「時に、地球温暖化によって、全てに望みがないかのような気持ちにさせられます」。

だからこそ、「解決策に向かって夢見ながら前進するために、サステナブルな世界を理想郷のような目線で見ることができるような」作品を作りたかったと語る。

「皆さんの周囲や同世代は未来のことを心配しているという感覚はありますか」という筆者の筆問に対して、「すごくあります」と3人は声を揃えた。

グラウさん「だからこそ、互いをサポートして、理想郷を夢見ながら動いてくためにも、このような学生団体の場所が必要だったんです」

デザイン専攻の大学院生カロリーネ・イルストゥン(27)さん「夢や希望を語り合うだけではなく、異なる学科で学んでいるからこそ、互いの知識も共有することができます」

筆者撮影
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北欧は汚染国であり、「小国」を言い訳にしている

あぶみ「北欧というと、日本では幸福な国、親にとって育児しやすい国、環境に優しい国というイメージがありますが、そのことをどう思いますか」

眉をひそめながらグラウさんはこう答えた。

「でも、最も汚染をしているのは私たちの国です。だからそれが私たちにとって大きなフラストレーションになる。特にデンマークとなると、『小国だから』という言い訳をするけれど、それこそが何よりの大きな虚言だと思います。私たちはもっと行動するべきです」

あぶみ「『小国だから』というのは私も北欧各国で取材中によく聞く言葉なのですが、その考え方は皆さんにも影響を与えていますか?」

グラウさん「ええ、私たちの大きな一部だと思います。アイデンティティでもあるけれど、間違った使い方をしていると思う。気候のために十分に行動しない理由にしている」

イルストゥンさん「同時に、小国だからというのは、国をまとめるためにも使われていますね。首都に住んでいても、国内の遠くに住んでいても、私たちの間の距離は近いと」

「学生、一般市民として何ができるかを私たちはよく話し合っています」とイルストゥンさんは話す。

グラウさん「何より必要なのはファッションやテキスタイル、建築業界に対する規制だと感じています。サステナブルな建築な素材利用をしたくても、多くの規制が壁となります」

3人はデンマーク政府の気候対策にはフラストレーションも覚えるが、一般市民にできることもたくさんあると語った。

筆者撮影
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気になるデンマークのユートピア現象

北欧諸国はさまざまな世界的調査でトップ常連となりやすい。北欧モデルともいわれる独自の政策や福祉制度などが発達する背景には、「理想に向かって前進する」マインドセット、理想やユートピアを大事にする傾向も関係していると筆者は感じている。「理想にはもしかしたら最終的には届かないかもしれないけれど」、「高い目標や夢があるからこそ、そこにたどり着くまでに成長する」と。

「達成できそうな社会」ではなく、「達成できないかもしれないけれど、本音の理想」を追求する姿勢が、気候危機という大きな課題を背負う世界が今必要な心構えなのかもしれない。

デンマークで「ユートピア」という言葉をやけに耳にすることが筆者は気になっており、これからもユートピア現象は追っていきたいと思う。

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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