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充実した「8-8-8」時間配分に影響を及ぼす、北欧ならではの都市景観とは

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
建築事務所BIGによる緑の屋根に圧倒される集合住宅「8TALLET」筆者撮影

北欧を観光したことがある人は、街歩きをしながら風景を撮影したのではないだろうか。現在、各国で急速に進む都市開発だが、北欧ならではの傾向がある。

「北欧の福祉景観」、英語で「ノルディック・ウェルフェア・ランドスケープ」(Nordic welfare landscape)という現象を知っておくと、いつかまた北欧の街を歩く時に深い考察ができるかもしれない。

デンマークの首都コペンハーゲンは、ユネスコの世界建築首都2023に指定された。7月に開催された国際会議では、「北欧の福祉景観の変化」というセッションがあった。

今回の記事で私たちが理解したい言葉は3つある

  1. 「8-8-8」という時間配分
  2. 北欧の福祉景観、英語でノルディック・ウェルフェア・ランドスケープ
  3. コペンハーゲンの「フィンガープラン」計画

北欧の幸福な暮らし、生産的な働き方につながる「8-8-8」のために

住宅街前に設置された石や木。子どもたちが楽しそうに遊ぶ光景が頭に浮かぶ。それにしてもコペンハーゲンというのは道路などに石を置くのが好きだと前から感じている 筆者撮影
住宅街前に設置された石や木。子どもたちが楽しそうに遊ぶ光景が頭に浮かぶ。それにしてもコペンハーゲンというのは道路などに石を置くのが好きだと前から感じている 筆者撮影

20年代に広まった「8-8-8」という考え方とは、「8時間は寝て、8時間は働き、8時間は自分のために使う」という時間の捉え方やライフスタイルのことだ。

この「8-8-8」という時間配分は、筆者が住むノルウェーよりも、デンマークの人が口にすることが多いなという印象を受けている。

このうち8時間の「自分の時間」は、運動したり、遊んだり、リラックスしたり、余暇を過ごすなど、レジャーという点で非常に重要な時間だ。日本の人はこの8時間が抜けており、働きすぎているといえるだろう。

身体的にも精神的にも健康的であるためにも、「充実した8時間」を過ごすことが鍵となる。そこで、日常的に時間を過ごす都市景観、住宅地やオープンスペースの在り方が影響してくる。そう話していたのはコペンハーゲン大学のEllen Braae教授だ。

社会民主主義的 福祉国家モデルがもたらす、子どもと自然へのアクセス

Kalvebod Faelled学校の校庭の周囲にはフェンスはなく、誰もが自由に出入りできる。通学する子どもだけではなく、近所の住宅街の子どもも自由に遊べるようにとの配慮からだ 筆者撮影
Kalvebod Faelled学校の校庭の周囲にはフェンスはなく、誰もが自由に出入りできる。通学する子どもだけではなく、近所の住宅街の子どもも自由に遊べるようにとの配慮からだ 筆者撮影

同氏は北欧の建築事情を説明するうえで、まず「社会民主主義的 福祉国家モデル」という用語を出した。

北欧諸国では主に社会民主党が政権を担い、国家が主役として市民に福祉サービスを提供してきた。福祉は貧困層だけではなく中産階級にまで拡大。誰もが福祉国家の一部として、税金を納めることで、その一部が再分配されるようになった。

再配分された「公共のために公共の資産によって作られた景観・風景」を、教授は「北欧の福祉景観」という現象として説明した。

この北欧の福祉景観では、「自然へのアクセス」と「子ども」が大事な要素となる。

北欧では、家族の経済状況などに依存せずに、教育を受ける子どもの権利が大切にされる(だから教育費などは無料)。だからこそ、車が通らずに子どもが安心して自由に遊べる空間、子どもを対象とした公共スペースは北欧モデルを維持するうえで必要な戦略となると。

片手を広げた「フィンガープラン」計画は自然へのアクセス権

国際会議UIAのセッション、自然とどのように共存していくか、デンマークのモデルはフィンガープラン計画 筆者撮影
国際会議UIAのセッション、自然とどのように共存していくか、デンマークのモデルはフィンガープラン計画 筆者撮影

さらにコペンハーゲンでは「フィンガープラン」計画というものが知られている。5本指に沿って交通インフラを整備し、その間に大きな緑地を設けるというコンセプトだ。このモデルにより、居住地から自然への距離を簡単に縮めることができる。

北欧の都市では、緑に囲まれたオープンな公共空間が大切にされている。都市開発のために一部の緑を増やすならともかく、木々を伐採・移動させるなどとなると、住民は怒り、地方選挙にも影響を与えることは珍しくはない。「フィンガープラン」という基盤があるおかげで、都市でも市民は平等に自然にアクセスすることができているのだ。

都市開発が進むオァスタッド地区(Orestad)。住宅街のすぐ隣に緑の自然が広がり、市民が自転車で移動している 筆者撮影
都市開発が進むオァスタッド地区(Orestad)。住宅街のすぐ隣に緑の自然が広がり、市民が自転車で移動している 筆者撮影

このように北欧建築や都市開発の基盤には、資源と機会を平等に分配するように作られた福祉景観がある。

だからこそ、充実した「8-8-8」、「自分のための8時間」を過ごすためには、子どもが安心して過ごせる空間、自然へのアクセスなど、北欧の福祉国家モデルを基盤とした都市景観が必要不可欠、というわけだ。

市民が充実した8時間を過ごすための景観の再構築

斬新な都市開発が進むコペンハーゲン。特徴的で派手な建物の目の前では市民が湾岸でスポーツを楽しんでいる 筆者撮影
斬新な都市開発が進むコペンハーゲン。特徴的で派手な建物の目の前では市民が湾岸でスポーツを楽しんでいる 筆者撮影

今回セッションを聞いていた筆者にとっては、充実した「8-8-8」という時間配分のためには、「都市景観がいかに影響するか」という視点は新しく、勉強になるものだった。

だが、このような北欧の福祉景観の価値観は「もはや今の市民の価値観やニーズとは一致しないのではないだろうか」ということもセッションでは触れられていた。

誰もがアクセスできるはずの公共の公園であったはずが、実際にはそのエリアの住民にしか使用されていなかったりする。

今後の福祉景観の再構築は、建築家や専門家のみではなく、より市民が深く関わる必要があるのではないか、ということも議論されていた。

オァスタッド地区(Orestad)の都市開発計画は抜かりがないと思われていた。だが開発が進むと、想定外の「空き地」が出現。このエリアはこれからどう活用するかは市民と共に民主的に決めていく 筆者撮影
オァスタッド地区(Orestad)の都市開発計画は抜かりがないと思われていた。だが開発が進むと、想定外の「空き地」が出現。このエリアはこれからどう活用するかは市民と共に民主的に決めていく 筆者撮影

Photo&Text: Asaki Abumi

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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