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ヒントはマリメッコ、サウナ、教育?フィンランドのリスクや挫折を乗り越える力はどこから 後編

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員
リスクを負い、失敗ありきでイノベーションを起こすヒントはマリメッコに?筆者撮影

フィンランドで起業しやすい土壌が育っている背景として、「失敗・挫折してもOK」というカルチャーについて、筆者は取材を続けた。

前編では、祭典スラッシュ、若い人材を育てる、ノキア(NOKIA)の成功と挫折の歴史について触れた。

首都ヘルシンキで有名なサウナ施設「ロウリュ」で身体を温め、バルト海の冷たい海水で冷えた後、筆者は併設するレストランで現地の人々と夕飯を楽しんでいた。フィンランドの政府系機関「ビジネス・フィンランド」のVR部門で働くアンティ・サルミネン氏は、まさにサウナこそがフィンランドで事業が生まれる理由の一つだという。

すぐにアクセスできる自然とサウナで静かな時間、オン・オフを切り替える

「フィンランド人はサウナ中はお互いを知らなくても、沈黙の時間を平気で過ごすことができる」と話すサルミネン氏 写真撮影:Kari Ylitalo
「フィンランド人はサウナ中はお互いを知らなくても、沈黙の時間を平気で過ごすことができる」と話すサルミネン氏 写真撮影:Kari Ylitalo

実は、フィンランドの豊かなエコシステムの理由にサウナを挙げる人は多い。この質問をしたら、現地の人のほぼ全員がサウナを口にするほどの確立だ。

サルミネン氏「都市からでも森林にはすぐにアクセスできる。電車の車窓から見えるのも森林ばかり。『いつでも自然に行ける』という意識は常にあります」

「森林や自然に行くことはサウナだけでなく、釣り、狩猟、コテージで休憩することも意味します。私も所有するコテージで仕事をすることが多いです」

サルミネン氏が所有するコテージ、中にはサウナもある Photo: Antti Salminen
サルミネン氏が所有するコテージ、中にはサウナもある Photo: Antti Salminen

同氏「自然やサウナでは大勢の人から離れて、ひとりにもなれるし、沈黙することができる。フィンランド人は話下手と言われやすいですが、単に寡黙なだけ。完全な沈黙の中で、意識をオフにして、コテージにあるサウナで裸で静けさを楽しむのです」

写真:Harri Tarvainen & Visit Finland
写真:Harri Tarvainen & Visit Finland

同氏「社会がデジタル化され、誰もがつながっている現代だからこそ、スマホやネットから離れ、深い沈黙に意識を置くことが大事なのです」

どうやら静けさを過ごす、時間の使い方がフィンランドの人は違う。ここにもヒントがありそうだ。

誰一人取り残さない教育

フィンランドのヴァットゥニエミ小学校での国語の授業。ノートパソコンを使いながらゲーム感覚で文法を学ぶ 筆者撮影
フィンランドのヴァットゥニエミ小学校での国語の授業。ノートパソコンを使いながらゲーム感覚で文法を学ぶ 筆者撮影

サルミネン氏は続けてフィンランド教育の独自性を挙げる。

  • 教師を評価している(教育を受けた才能ある人材)
  • 優秀な教師が子ども・若者を「良い市民」として育てている
  • 「良い市民」とは「間違ってもいいんだよ。失敗しても、誰もあなたのことを笑わないよ」
  • ゲームや議論などで創造性を育み、「ひとつの正しい答え」「暗記」にこだわらない
  • 優秀な教育制度で素晴らしいエンジニアパワーが育成されている(ノキアが代表例)

そしてフィンランド教育を総合するのが「誰一人取り残さない」だ。フィンランドの教育制度を調べたことがある人なら、耳にたこができるくらいに、何度も聞かされる言葉だ。間

違えたり失敗を繰り返す人がいても、冷たい目で見ない・見放さない、サポートする教育環境が、若者が起業をしたがる風土につながっているという。

そして、この教育制度の特長に「英語教育」を筆者は追加したい。

高い英語レベル

スラッシュでの共通言語は英語で、フィンランド語スキルは求められない。交渉やコミュニケーション、通訳なしで自分で英語で話すスキルは必須だ 筆者撮影
スラッシュでの共通言語は英語で、フィンランド語スキルは求められない。交渉やコミュニケーション、通訳なしで自分で英語で話すスキルは必須だ 筆者撮影

筆者の意見だが、北欧諸国の方々は日常会話を英語でするスキルが高い。イノベーションやスタートアップ業界で、この高い英語スキルが当たり前の環境は有利に働いていると思う。

気軽に言語をスイッチできる人たちだからこそ、「まだフィンランド語で話せない」という移民や外国人、外国企業とも言語の壁を通り越して意思疎通ができる。そもそもフィンランド語は難解な言語でもあるので、仕事の話ができるまでには相当の努力と月日がかかる。

英語での情報収集もできるので世界情勢の流れについていき、その先を見据えることができる。

「英語でもいいよ」という空気が浸透しているからこそ、「フィンランド語はまだ話せないけれど、能力はもうある」という人材を雇用できる。実際、筆者がフィンランドでスタートアップを取材していると、社内には高確率で英語で働いている社員がいる。

この国の人が「フィンランド語ができないと困りますよ」という空気を出していたら、経済成長はこれほどのスピードで進まなかったのではないだろうか。

失敗体験が投資家を魅了する

「なぜうまくいかなかったかを理解し、失敗から学び、次の日に成長していればいいのです」と話すストランドマン氏 筆者撮影
「なぜうまくいかなかったかを理解し、失敗から学び、次の日に成長していればいいのです」と話すストランドマン氏 筆者撮影

研究結果を商業ビジネスに活かす手助けをするヘルシンキ大学イノベーションサービスのヤリ・ストランドマンCEOは、「失敗をしたことがある経験は重要であり、素晴らしい失敗はなおかつ良い」と取材で話す。

「失敗経験があるほうが、どのような課題と向き合うことになるか分かっているという意味にもなるので、投資家を引き寄せることもできます」

「フィンランド人は確かに失敗を恐れる人々ではありません。それでもこのような雰囲気ができるまでには長い時間がかかりました。ここ10年の進化はすさまじく、スラッシュができてからは起業に失敗はもともとセットとなり、失敗を受け入れる空気が若い世代にも広がりましたね」

成長中のスタートアップとコラボする、大手企業の先見の明

「スピンノバ」(SPINNOVA)は今フィンランドやファッション業界で注目のスタートアップだ。サステイナブルな方向転換が必要とされるファッション業界では、持続可能な繊維素材が求められている。

マリメッコは木造由来の繊維を作るスピンノバと2017年から共同開発、商品化に取り組んでおり、2022年8月から初のコレクションが特定の店舗で並ぶこととなった。

注目すべきは、まだ試行錯誤の段階だったスピンノバと共同開発することを、大手のマリメッコがリスクをとって選んだことだ。

この木材が下の写真の素材に大変身する。スピンノバ素材は、従来のコットン素材よりも水の消費量を約99.9%抑えている 筆者撮影
この木材が下の写真の素材に大変身する。スピンノバ素材は、従来のコットン素材よりも水の消費量を約99.9%抑えている 筆者撮影

左から右側へと、このように木材から布の形へと変えていく 筆者撮影
左から右側へと、このように木材から布の形へと変えていく 筆者撮影

マリメッコとの小規模な「カプセル」コレクションでは、素材の内訳は約20%がスピンノバ素材、残りはコットンで、そのうち約70%がオーガニックコットン素材となる 筆者撮影
マリメッコとの小規模な「カプセル」コレクションでは、素材の内訳は約20%がスピンノバ素材、残りはコットンで、そのうち約70%がオーガニックコットン素材となる 筆者撮影

「スピンノバの素材を見た瞬間に、共に発展の旅路を歩みたいと思った」と話すのは、マリメッコの商品・素材開発主査のパウリーナ・ヴァリス氏だ。

「マリメッコは顧客にもっとサステナブルな選択肢を提供したいと思っていた」と話すヴァリス氏 筆者撮影
「マリメッコは顧客にもっとサステナブルな選択肢を提供したいと思っていた」と話すヴァリス氏 筆者撮影

スピンノバの最高技術責任者であるユハ・サルメラ氏は、数年前の同社の繊維は今よりも質が良いとはいえず、商品として出せるレベルではなかったと振り返る。

木材は布になる前に、ネバネバ状になる。「人体には無害ですよ」と自らの手で触って説明するサルメラ氏 筆者撮影
木材は布になる前に、ネバネバ状になる。「人体には無害ですよ」と自らの手で触って説明するサルメラ氏 筆者撮影

サルメラ氏「当時は、他の企業であれば、我々の繊維を手にした瞬間に話を断るほどのレベルでした。しかし、もっと先を見据えていたマリメッコは『ここはスタート地点』と、共同開発に乗り出すオープンマインドな姿勢をもつ素敵な企業でした」

まだ商品として世に出せる段階ではなかったのが、写真の青色と赤色の「ウニッコ」柄ジャケット。確かに色もまばらで素材は雑だった。完成して今回商品として出すコレクションが左のベージュ色だ 筆者撮影
まだ商品として世に出せる段階ではなかったのが、写真の青色と赤色の「ウニッコ」柄ジャケット。確かに色もまばらで素材は雑だった。完成して今回商品として出すコレクションが左のベージュ色だ 筆者撮影

スピンノバは今やアディダス、ザ・ノース・フェイスなどのパートナーブランドを持ち、ファッション業界に革命を起こそうとしている。まだ土から芽を出したばかりの頃のスピンノバの未知数に気づき、根気強く共同開発を続け、木造由来の繊維コレクションを出すまでに至ったマリメッコ。

このように、スタートアップに最初から完成形を求めずに、秘めた可能性に気づくセンス、他社との協力、リスクをとる覚悟が大手や既存企業が備わっていてこそ、まさしくイノベーションが起こるといえるだろう。

他にも様々な要素が重なり合い、フィンランドのビジネスイノベーションを生み出すエコシステムは成長し続け、今や世界にPRできる新たな北欧モデルとなった。

フィンランドの人のような失敗体験を恐れないマインドセットはどのように自分は育めるだろう、と考えてみた。まずは、スマホやメディアから距離を置き、静かな空間に身を置き、時間の過ごし方を変える。これならまずは今日からでも挑戦できそうだ。

ノキア栄光と挫折が「失敗してもOK」風土を生んだ?起業国家フィンランド 前編

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会役員

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信15年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。ノルウェー国際報道協会 理事会役員。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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