NATO加盟申請・トルコと交渉中に、まさかのスウェーデン政権危機 大事な時期にどうしてこうなる?
フィンランドと共にNATO加盟申請中のスウェーデンにまた政権危機が起きている。
9月に国政選挙を控え、NATO加盟申請中という時期に、なぜこのような事態に陥ったのか?
発端は現地の議会では極右にあたるスウェーデン民主党の不信任案の提出だ。
簡単に流れを追うとこうなる。
再犯防止が不十分とされた法務大臣に不信任案
6月2日、コロナ禍の政府対応と再犯防止を巡って、スウェーデン政府の対応が不十分だったとする調査報告が国会に提出される。
責任者として批判されたのはモルガン・ヨハンソン法務・内務大臣(社会民主労働党)。同氏は2014年から大臣としてこの領域の責任を担っていた。
「スウェーデンは暴力団員の国となった」と、スウェーデン民主党が法務大臣に不信任案を提出。主張は、ヨハンソン法務大臣の再犯防止対策が不十分だから。
首相は「無責任だ。それなら政権を辞任する」と苛立ち
社会民主党の党首でもあるマグダレナ・アンデション首相はこの不信任案に対して、記者会見で苛立ちを隠すことはなかった。
NATO加盟申請中に「無責任な行為だ」と野党を批判。もし法務大臣が不信任案決議されたら、政権を退陣すると表明。
だが、その後、複数の野党が不信任案の賛成を表明。
無所属議員の1票がすべてを決める異例の事態に
スウェーデンでは与野党の議席数に大差がないため、野党が法務大臣の不信任案を可決するためには合計175票、つまり「あと1票」が必要。
その議員はクルド人の人権を守ることに熱心な政治家
この1票を握るのが無所属のアミーネ・カカバーヴェ国会議員。
同議員は2008年に左翼党の議員として当選。だが2019年に党と対立・脱退して、異例の無所属議員となった。
カカバーヴェ議員は与党側に票を投じる条件を提案。NATO加盟申請でトルコの要求に応じないことを望む。
同議員はイラン生まれで、90年代にスウェーデンに難民としてやってくる。スウェーデンでのクルド人の人権を守ることに熱心な政治家だ。
カカバーヴェ議員はもともとアンデション首相にとって命綱のような存在だった。
与野党の議席数が近いことから、スウェーデンでのクルド人の人権を守ることを条件に、カカバーヴェ議員は現政権に有利となるようにこれまで票を投じてきた。
だが、その後、ロシアのウクライナ侵攻が始まり、NATO加盟申請問題が浮上。
カカヴァーヴェ議員のかつて所属していた政党は反NATOを表明していた。
トルコのエルドアン大統領はスウェーデンのNATO加盟を承認する条件として、スウェーデンにテロ組織の支援停止と、トルコに対する武器輸出制限の解除を求めている。
5月20日には、ストックホルムのトルコ大使が、「トルコ側がスウェーデン政府に対して身柄引き渡しを要求する人名リストのなかにカカバーヴェ議員の名前がある」と発言したと、ウェーデン通信社が報じていた。その後、トルコ大使は「誤解が発生した」とリストに議員の名前があるという発言を撤回した。
つまり、カカバーヴェ議員はトルコとNATO加盟申請を巡って、重要人物としてすでに話題となっていた。
そこで、スウェーデン民主党の法務大臣への不信任案が発生。
同議員の1票で政権解散となるかが左右されることに。
無所属議員が政権の運命を握るという異例の事態となった。
「トルコの条件に応じないなら、首相の味方になる」
スウェーデン在住のトルコ人からは、すでにNATO加盟のために、関連団体への補助金停止など、今後トルコ人にとって不利な状況になるのではと心配する声が報道されていた。
カカバーヴェ議員は政権解散とならない1票を投じる条件として、政府がトルコの条件に応じないこと。つまり武器輸出制限の解除をしないこと、さらに多くのトルコ人グループをテロ認定しないことを要求した。
スウェーデン政府が解散する可能性はある。
9月の国政選挙までは現政権が暫定政権として発足することは可能。
しかし、暫定政権ではNATO加盟申請手続きには悪影響がでる可能性がある。
アンデション首相にとっては、これは「トルコとNATO、もしくはカカバーヴェ議員のどちらかを選ぶ選択だ」とも現地メディアでは例えられている。
野党からは「NATO問題と法務大臣の不信任案の一件を混合しないで欲しい」と首相に対して批判が出る。
まだどうなるか分からない、スウェーデン政権は辞任するのか?
運命の日は7日、国会での不信任決議案の採決だ。
カカバーヴェ議員は「どちらに投票するかまだ決めていない」と現地メディアに話す。議会をあえて棄権する可能性も出ている。
野党はモルガン・ヨハンソン法務・内務大臣が辞任するならば、「国政選挙前までにこれ以上の不信任案は提出しない」とも条件を提示している。
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どうしてこれほど大事なNATO加盟申請中でトルコと交渉中に、スウェーデン国会お馴染みの与野党の駆け引きが勃発するのか。
9月の総選挙を目前に、北欧諸国は一旦夏休みに入る(政治家も夏休みはしっかりとる)。夏休み前に各政党の手腕を国民に発揮したいとはいえ、まさかこの状況でも不信任案&政権危機のドラマを生むとは。
スウェーデンは与野党の議席数が大差ないため、これまで何度か政権危機が起きていた。
ノルウェーでは「スウェーデンでまた政権危機だ」と報道されるのもお馴染みだ。
今スウェーデン国会で起きていることはノルウェー政治では見ない現象なので、カルチャーの違いにも私は驚きながら、事態を観察中だ。